カル会

芸術家日常

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ん、胡

  土曜に食べた肉まんのせいで私の中の「まん脳」が活発に動き出した。もっとまんを食べたい。もっともっと。英語で言うとモア!そしてモア!というわけで私は三軒茶屋のまん専門店に行く。我が家の近くにもまん屋はあるのだけれどそこのまんはおいしい代わりにいずれも高い。そしてなぜか皮と中身の間に不思議な隙間が出来ていて損をしたような気分になる。だが三軒茶屋のところのは違う。中国人の人が、多分中国人の人だと思うが若干マレーシアの人のような感じの人が作っているまんであり非常にリーズナブルかつ中身が詰まっている。おいしさでは近所の店にはかなわないかもしれないがコストパフォーマンスとノリノリ感では三軒茶屋の勇である。というわけで肉まん、チャーシューまん、胡麻あんまんを買って帰った。そして食べた。肉まんはムチムチでエロうまかったッス。そしてチャーシューまんは信じられないくらい乾燥していた。ビアーとかあれば良いかもしれないと思ったがわたしはビアーが苦手だ。なぜなら苦いし色も可愛くない。そして余すところは胡麻あんまん。甘ければ甘いだけ素晴らしいと感じる飯島脳にとってはやはり素晴らしいものなのでした。それに胡麻だ。普通の餡よりも胡麻の分だけ気が効いている。ロシア語で言うとハラショーだ。歌を歌おう。まんを讃える歌を。ふかふかー。ほかほかー。
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  1. 2008/03/31(月) 20:11:38|
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かかのコ

  ああ、同僚が減っていく。昼間の仕事として三軒茶屋で仮の生活を送る飯島ではありまするが春のせいかドンドン同僚がいなくなっていく。そんな中で私はおぬぐうぃりを食べる。私はいつまでたっても減らない。常に放浪していた頃の私は周りの人間がくるくる様変わりをするのが当たり前だったのに、日本に来て随分私も人の情けを知ったものだ。とはいえおぬぐうぃりだって変わるもの。バイトの人が違うと握り方や塩の振り方に微妙な変化があって同じものでも味が違う。私も徐々に塩の振り方が変わってきているのかもしれない。うめおかかを食べる。梅とおかかのコンビネーションはいたく飯島の心を打つ。山のものと海のものが人間の手で組み合わさって天元妙珍なものとなる。人間のためのものとなる。本来の形というのはいかなる形をさすのか。死んでも死ななくても人間。
  1. 2008/03/31(月) 12:54:52|
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ュにパ

  新宿二丁目のイヴェントに顔を出す。場所柄からもわかるとおりかなり癖の強いイヴェントだ。とはいえここには着物屋の御曹司が顔を出したり日本舞踊の家元が来たりかなりムーチョスな人々がやってくるのである。私は営業活動の一環として、そしてイヴェントを楽しむために新宿二丁目こんにちは。DJがいた。ラッパーがいた。仮面をつけて前衛踊りをする人がいた。ポールに絡みつくドラァグクイーンがいた。片肌脱ぎで日本舞踊を打つ人がいた。スタイリッシュにパーカッションを奏でる三人組がいた。いやー、いた。人々が、いた。その中に私もいた。観客として椅子に座っていた。このままイヴェントは午前五時まで進むそうだが私は流石に私は無理だ。シータクで前述の社長は帰った。私は友人と供に電車で帰る。鼻歌が黄色い。脳の後ろに妖精がへばりついている。
  1. 2008/03/31(月) 00:45:56|
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ビのよ

  焼き肉を食べる。新宿で老舗、昔映画を観る前に桂なにがしが出てきて「焼き肉食べるなら丸ニャラ苑!」と申していた東京の生まれである世代の人々にとっては馴染みの焼き肉屋で食べた。とはいえ私は名前だけ知っていてその店が一体どんな焼き肉屋で何を出すのかはさっぱり知らなかった。知らなかったのだから入ってみればよろしかろうも、飯島の大概の活動は人類の最小活動単位の「一人」なので「焼き肉を食べる」という一般に多人数を必要とする行動は苦手なのです。だからこそ知らぬままに放っておいたところを今日、ようやっと体験でもって埋める日がやってきた。そこへ友とその親の社長と入り、そして私は黙っている。すると社長がモリモリ肉を頼む。飯島ならば尻込みしてエビのようになってしまいそうなメニュールの一番目立つところをポンポン頼んでいく。曰く、佐賀牛(塩)もしくは佐賀牛(タレ)。それは信じられないくらい脂が乗っていたのだけれどそれは信じられないくらい上品な脂だった。いくら食べてもいやらしくない。舌の上にも胃の中にも全く脂が残らない。素晴らしく爽やか。丸刈りにしたルー大柴のような・・・。表現を間違えたけれど兎に角良いものだった。だが社長の好みは特上カルビであり前述の佐賀牛であり、実は飯島本来が好みとしているハラミやホルモンなどの内臓系とは若干路線が異なる。とはいえ佐賀を押しのけて私は自我を通せない。「冷麺どう?」いいですねー。なんつって食べてはいるが私の心は千々に乱れる。いずれ一人で来てやろうと思ったり思わなかったり。
  1. 2008/03/30(日) 20:20:10|
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のほの

  やや、昼飯時!というわけで外に出る。そして何か食べたいものは無いかと目を皿のように(10年前まで『目を皿に』というのは目を横から見た時の皿のようにする、つまり細めることだと思っていました)して探す。一軒目の洋食屋は本日のランチとしてトンツカを掲げていた。ああ、トンツカはしばらく食べていないけれどツカカレーは一昨日の晩に食べたのだった。というわけで次の店の前に出ると「タラバガニのスープスパゲティ」とある。うーん、違う。自分の中にあるこのほの暗い物はもっと白くて粒々なもの、言うならばご飯的なものが欲しい。だから私は洋食屋に戻ってトンツカを食べた。一昨日食べたものに似ているので途中で飽きるのではないかと気を揉んでいたがそういうことはなかった。普通においしく全部食べた。肉は柔らかいと褒める人が多いけれど、私は割りと歯ごたえがある方が好きなので私好みのトンツカと言っても良いトンツカだった。ただ、衛生がすっとこどっこいな店で案内された席がタバコの灰だらけだったのでその旨をウェイトレスの婆さんに伝えると「心外な!」という表情で掃除を始めたのがアレだった。若者言葉で言う「微妙」だった。とはいえ食べてしまえば洋食屋に関わらずとも良い。鼻で提灯を膨らましながら小雨の街を歩く。雨脚が強くなる前に早足で家路へと。
  1. 2008/03/30(日) 14:11:57|
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にちょ

  肉まんを食べまん。以前、映画を観に行って空いた時間にちょろりと食べようとしたところ、意中の肉まんが売り切れていたので結局まずいタイ焼きを食べたのだった。だがそれ以来肉まんが気になって仕方が無い。とはいえ私が食べようとした肉まん専門店のものなのでコンビニエンスで買うのも気が乗らない。だがね、実はその私が買おうとした肉まん屋の本店は自宅から徒歩三分の位置にあるのだ。だからそこまで歩いていけばいつでも買える。しかし問題はそれだけでは解決しない。そこの肉まんは一個四百円近くする上に普通の肉まんの倍以上の大きさを持っているのだ。つまり、食べどころが非常に難しい。おやつとしては重すぎる。飯とするには軽すぎる。だが本日、体調不良で意識が朦朧としている時ならば、と店頭に行って肉まんを買う。よろよろしていたら自転車と二回ぶつかった。一回は警察官だった。微妙な表情をして、少し頭を下げて去っていった。私は一体どんな顔をしていたのだろう。
  1. 2008/03/29(土) 23:33:23|
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む。し

  ギャラリに行く。エマルジョン・トランスファーというポラロイドフィルムならでは技法を使った作家さんの作品を観に来たのだ。というのも私は写真家であるし、昔々の話ではあるが私もエマルジョン・トランスファーに手を出したこともあったのだ。なんというか、懐かしや。というわけでやってきましたおギャラリ様。入っていくとテーブルで何か書き物をしている女子がおり、もしやと思うと作家さんだった。そこで少し話をする。話しをしているとワインを出してくれた。お菓子も出してくれた。これはこれはどうにもカタジケナイ。ワインは一杯ほど飲んだ。もっと飲めば饒舌になって更に切れのある喋り口になったかもしれないが重度の花粉症の私はこの季節、ほとんどアルコールは飲めない。飲めば普通に死ぬ。私と同じ薬を飲んでいた人が非常な酒飲みで、医者の言葉を無視し続けて本当に死んでしまった。医者も全くすごい薬を処方するものだ。ともあれそういうわけでほとんど飲まずに退席する。他に色々と予定があって外出したのだけれど花粉、疲れ、寝不足が限界に達して自宅に戻って寝込む。しばらく唸っていると夜になった。
  1. 2008/03/29(土) 17:30:11|
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  餃子を食べる。別に餃子でなくても良かったのだけれど自宅を出てメェグロー駅への道を歩いていると「餃子もしくは別のもの」という思考になり、「別のもの」が決定しないままに駅前に出てしまったので結局餃子を食べたのだ。土日にランチを出すようになってから一度訪れ、客がいないので良い気分になったのだけれどもう土日ランチが定着してしまったのか店内は人で溢れていた。同じように溢れているなら猫で溢れているとかイルカで溢れているかしていれば良いのに、と思ったけれど猫で溢れていたら目の前の料理を持っていかれないようにするのが骨だしイルカで店内が満ちていたら磯臭くてたまらない。人で満ちているのが一番私にとってはマシなのかもしれぬ。その中で私は食べる餃子を食べる。横の人がわがままを言ってデザートを杏仁豆腐からよくわからないカエルの卵のようなものと交換してもらっていた。グロテスクでどういう食材かはわからないがしかし、うまそうではある。私も一つわがままを言ってみようかと思ったら店員「これで最後なので」と言って持ってきていた。この言葉を聞いているのにわがままを申し付けては本当にわがままだ。わがままを言うのはよろしいが言われるのはあまり好ましくない。だから結局何も言わずにいつもの餃子を食べる。店を出て、コーフィを飲もうと思ったけれどなんとなく何も飲まずに私は歩いて。
  1. 2008/03/29(土) 13:13:48|
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からカ

  昼によくカレーを食べている飯島ではございますが本日は夜もカレーと相成りました。なぜかと問われればなぜではない。飯を喰わねば人は死ぬ。死なぬためには食べねばならぬ。どうせ喰うならうまいもの。というわけで飯島が信用する洋食屋に入ってみたらばこの店の人気No.2のカツカレーがあった。そういえば私はこの店のカツカレーを食べたことが無い。というのも私はトンカツとカレー、別々に食べる事はあるけれど一緒の時は「反カツ派」としてかなりラジカルな行動も取っていたくらいカツカレーを敬遠しているからだ。とはいえバリバリの反カツ派だったのは今は昔の話。今の私は意外といけるんではないか。それに私はこの店を信用しているのだ。「裏切られても良い」という思いではなくキチンと期待をかけても良いのではなかろうか。というわけでいつものようにカレーを食べていたわけですがどうしたことかスイスイ食べられる。全然カツに対する抵抗が感じられない。そして目の前の皿からカレーが減れば減るほど本来であらば満腹していくのだろうが、どういうわけか食べれども食べれども逆に腹が空いていく。なんという恐ろしいカレー。私が信頼する洋食屋だけのことはある。とはいえ食事を終えてなぜか全く腹が満ちた感じが無いので大量に菓子を買って帰る。帰りのバスの車中で徐々に満腹感がこみ上げてきてああ、失敗した。菓子買いすぎたと夜の街。
  1. 2008/03/28(金) 22:43:52|
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良くテ

  またもやイヤらしいことにランチタイムを11時からにされてしまった。天下無双の外食男、飯島にとってこれほどの苦痛は無い。外に出ても暖簾を上げている店がまるで見当たらない。とはいえ捨てる神あれば拾う神あり、困り果てたわたくしの前に景気良くテラスをも解放している店があった。覗いてみればそこはKFC。ケンタルキーン・フライディド・チッキンだ。うまいともまずいともまだ申していないけれど名誉毀損で訴えられると怖いので仮名を使っておく。そこで私はケンタルキーン・ハンバルゲール。そう、ハンバーガーを買って行く。付け合せは揚げ芋。更に脇を固めるコーフィ。芋はいいよね~。朝から晩までずっとフライドポテトを食べていられたらどんなにか幸せだろうと思うけれど健康的には最悪だ。そんなことを考えているからパンクになれない飯島は。ここで「それは良い考えなり!」とか言って一日中フライドポテトを食べてこその真のパンク。ダメ野郎。だがパンクを極めようにも花粉症の薬のせいで酒も飲めないし日本ではドラッグの入手は困難を極めるのでどうせ中途半端なパンクにしかなれない。仕方ないので私は私で別の道を探す。真の飯島へと至る道を。
  1. 2008/03/28(金) 11:55:22|
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ら得ら

  職場の同僚と飯島会というものを開いて様々なものを食べている飯島氏ですが飯島会は巨大化してしまったため、「ちょっと業後に一杯飲みたいな」という時の瞬発力を失ってしまった。だが失ってしまったものばかり見ていては人間に発展はない。失くしたことから得られる新たな力が僕を生かす。というわけで「飯島会よりも小さな飯島会、略して『小島会』」というものを再編成した。今回はその第一段として「大阪からやってきた同僚に食わす東京の粉物」というテーマで三軒茶屋のお好み焼きに行く。「東京の」と言っている割には広島焼きの専門店だが営業しているのは東京だから東京の代表で出ていただく。食べたメニュールは山いもトロトロ焼、広島ネギ焼、うどんもちチーズお好み焼き、飯島オススメたこお好み焼き、の計四品。三人で頂いたのだけれどこれがまたムーチョスな分量だった。女子二人は三品目に入っていたモチにやられてしまって動けなくなったため、普段は小食で鳴らした飯島が黒一点ふんばりどころとなって縦横無尽に箸を振るってお好み焼きと相対す。一番最後のものを一番食べて欲しかったのにオーダーミス!とはいえ人間、間違いを重ねて強くなる。昨日の私はお好み焼きのオーダーについてあまりにも無知だった。だが、今の私は違う!違うということを断言できる。もう迷わない。モチを舐めるな、モチの腹だまりの良さは異常・・・。握り締めるその手の中に、モチ・・・。
  1. 2008/03/27(木) 21:00:29|
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っはっ

  昨日食べそびれた海鮮丼を、と今日も寿司屋へ顔を出す。出せば出してみたもので昨日のように人々が群がっている様子は無い。いやっはっほー。これなら食べれる食べられる。海鮮丼をアイキャンイート。浮かれず騒がず一人静かに店内に入るとしかしそこは雑踏の海。大げさな表現ではございますが兎にも角にも満員だ。満員、ということは欠員が出なければ飯島の尻の入る余地は無い。余地が無いなら作るのが飯島さ!飯島ウェイさ!と勢いをつけたいところだけれどそういうウェイは基本的に私の本道であるアートフィールドに限られている。日常生活でそんなことを言ってカウンターで海鮮丼を幸せに食べているおっさんにバックドロップをかましていては一生の大半を塀の中で過ごすことになる。そういうパンクな人生に憧れがないわけでは無いがそれよりかは塀の外の人生に飯島は魅力を見い出す。というわけでおっさんの一人が腰を上げるまで店の前で待ち、ものの五分も待たずに動いた腰が先ほどまで乗っていた椅子に自らの腰を乗せる。あとは食べるだけさヘイジュード。今昼の我が飯はネギトロ丼。ネギトロっつっても怪しげなチューブからひり出したマグロもどきではなく勢い良く近海を泳ぎ回っていたものを勢いよく殺して勢い良く練り潰した勢いのある死体である。わーお!死に立て!みたいなの。ありがとうマグロ、あなたの死に感謝して私は生きます。あなたの生きられない陸上で、私は肺呼吸をして今日も歩いています。マグロ分の人生を背負い、更に重くなった業と共に生きる。缶コーフィも飲んだのでコーフィ豆分の人生も共に生き切る。
  1. 2008/03/27(木) 12:20:46|
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ま「ム

  遠回りをして近所の弁当屋に行く。桜が見たくなったから。元々私の感性は長いアメリカ暮らしで何事も巨大でなければ感動しないというアメリカン感覚に鈍磨してしまったのだけれど今の職場の同僚が「桜!桜!」と事あるごとに桜にこだわるので私も若干ながら薄ピンクのチェリーブロッサムに興味を持つようになった。桜を見て「お!桜だ!」と思うようになったのはだいぶ進化した証拠である。以前であれば全く見向きもせず、花見の意味が理解できなかったのに人間変われば変わるものだ。このまま「ムーンウォッチング(月見)」や「ジャパニーズファイアーワークス(花火)」の風雅さも理解していきたいと思う。ともあれ弁当。私はスタミナ炒め弁当を購入し、帰り道はまた更に遠回りをして近所のお不動様の境内を渡る。やはりこの時期、夜も更けていたのに桜見物の人がそこかしこにおらせらる。その中を揺れる足元、飯島がするする滑って自宅へいたる。部屋で夕飯、りんりんと電話が鳴って。
  1. 2008/03/26(水) 21:29:54|
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リと入

  よっしゃ一番ここは海鮮丼でも食べて昼から活力をつけてやろうぜ。ホッホリッヒー(ドイツ語:意味不肖)。というわけで午前も11時半に噂の寿司屋に駆けつけてみるとあらやだ。どうしたこと?なぜか店の前に人々が一直線になって突っ立っている。バカじゃないの?なんで一直線になってるの?人々の顔を見てみると全員同じ方向を向いているのでどうやらこれは「行列が出来ている」と世間で言われているアレなのかもしれない。だとしたら私も後学のために列に入り込むのも社会勉強なのかもしれないが私はイヤだね。人間がダラダラ突っ立ってるところへ後ろについて同じ顔をして突っ立ってるなんて。そういうのはそういうのが好きな人がやればいいのさ!私は好きじゃない人なのでやらない。というわけで行列の出来ている寿司屋は避けて歩いていく。歩けば見つかる、他の飯屋が。スルリと入るとチャーシュー丼を商っていた。さっき私が食べたがっていた海鮮丼とはまるで方向性が違うけれど「丼」の部分だけが被っている。それも縁かな、よかれよかれ。おっさんにこれが欲しい旨を伝えると伝わったのかおっさんがチャーシュー丼を作り出す。しばらくすると目の前に丼。なるほど。飯の上にチャーシューが隙間無く乗っていてその上煮玉子までついてきている。これは思ったよりもチャーシーだぜ。食べてみるとグッと来てハッ。これってばラーメンは好きだけど麺が大嫌いな人が作ったチャーシュー麺みたい。それになんとなくバランスが悪い。味が濃すぎるのがメンライクだ。アイドンゲデッ。特に煮玉子がすごい。これ一つあれば白米を飯茶碗一杯半はいけるほどで玉子の漬け物と言っても良いくらいに味が濃い。私の身体はそこまで塩分を期待していないので身悶えする。多分あの煮玉子半分で細胞が四千個は死んだと思う。それでもなんやかやはありながらも丼を平らげ私は店を出る。できるだけ味の薄いラメーンを食べたいと、そんなような心が私の中に芽生えた正午丁度の三軒茶屋。
  1. 2008/03/26(水) 12:15:16|
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ルソー

  着物の仕事で外に出ていた。家に戻る折りにのりタルタルソース弁当を買って帰る。昨日もタルタルなものを食べたが今日もタルタルする。中国語で言うところの韃靼(だったん)ソースだ。ウソだ。適当です。ともあれのり弁というのは良いものだ。私がキャリフォルニアにいた自分はジャポンを思い出しながらよく食べていた。すでにジャポンに暮らしている私は逆にキャリフォルニアで食べたのり弁のことを思い出す。そういえばなぜかよく車の中で食べていたっけ。どうしてだか理由は忘れてしまった。昔の私は存外アウトローなところがあったのできっと何かめんどくさいことに巻き込まれていたのかもしれない。ボニー&クライド&のり弁。そして私は貰い物のマカロンを食べる。持って帰る時にカバンの中で揺れたせいか少し縁が欠けていた。
  1. 2008/03/25(火) 22:15:54|
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たのだ

  昨日はランチタイームが11時で飯島ガッカリでございましたけれど本日は少し遅まって11時半からになった。ああ助かった。外食派のわたくしが11時ランチではどこも食べるところが開いていないのだ。だが11時半ともなれば話は別である。大抵のところが暖簾を上げて客が来るのを今や遅しと待っている。待たれているので私は行く。どこへってそりゃカレー屋に。まずいことに私はカレーにはまってきたらしい。ジャポネーゼカリー飯はカロリーヌが高いので敬遠していたのだけれどちくしょう。日本で発展したものだけあって日本人の私にはよく沁みるのだ。いつものようにビーフカリーを食べる。前にチキンも食べたのだけれどやっぱり今の私にはビーフだ。男らしい雑味がたまらない。これを食べるたびにああ、私がアメリカ人でよかったなぁ、なんつって日本人ながらに思うわけです。そんな感じで味わっていたら窓から人が入ってきた。普通に入ってきてカレーを注文する。そんなような書き方をすると高いところにある窓から人がにゅるりと入ってきたようなイメージをするかもしれないがここの窓は素晴らしくでかく、扉の隣りに扉のような雰囲気で窓があるので扉感覚で人が入って来てしまうのだ。入ってきた人々はハンバグーカレーを食べていた。やはり男の子らしいものだ。女子用にピンクカレーが開発されればきっと売れると思う。売れないかもしれないけど売れると思う。
  1. 2008/03/25(火) 12:15:13|
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まいおか

  しゃけと唐揚げの弁当を買った。今までよく利用していた弁当屋のメニュールなのだがこんなにどこにでもありそうなものをまだ食べたことがないことに気がついた。気がついた瞬間に購入していた。私は全く唐揚げなどという若人好みの食材は好んでいなかったのだけれどそこはそれ好奇心。自宅で食べてなるほど納得どこにでもある味。飯はさすが米屋経営で素晴らしいのだけれどおかずのクオリティーがガッカリというあまり無いシチュエーション。うまい飯にはうまいおかずが必要という当然のことを思い知らされた。ともあれおかずの力不足というのは困った。我が家には他に食べ物はドラ焼きくらいしかない。だからドラ焼きをおかずに飯を食べる。というウソをつく。途中から茶をかけてドラ焼き茶漬けにしましたよ。というウソを重ねる。意味は知っているだろう。無い。
  1. 2008/03/24(月) 20:59:47|
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ムが

  今週からまた私のランチタイームが変更になった。しかも残念なことに11時から。弁当持ちで会社に来ない飯島としてはこの11時から昼というのは死活問題である。というのも外で飯を喰うのに11時から開いている店というのはどうにもこうにもろくでもない店が多い。全部が全部ろくでもないわけではないのだろうが、ほとんどの店はプライドではなく時給で動く人々がなんとなくポヤヤンとした料理を作っているのだ。ああ、昼に一度の活力タイムに活力が入らなければ終業までに身体が死ぬる。それでも少しだけ残された東京の良心に期待して雨のそぼ降る街に出る。早足で巡る。巡るがしかし、ファーストフードとかそういう店が開いているばかり。ファーストか、私はもうファーストに心が躍る歳でもない。たまに食べるのなら良いのだけれど心が動かない。イッダズンタッチマイハート。感動が欲しいのよ。毎日でも、ランチタイムに。でもそんな贅沢ばかり言っていると「そういうのは逆に魂のスポイルよ。」とかセクシーな姉さんに言われてしまうので定食屋チェーンで鶏南蛮定食を食べる。タルタルソースが、濃いタルタルが乗っていた。濃い割には風味は無い。知っているか?タルタルソースの語源はタタール人にある。韃靼人とも言われたモンゴル系の人々だ。ああ、草原をかけぬけるタルタルの風。私の心も連れ去っておくれ。なんつっていたらランチタイムが終わってしまうので自分の席に戻る。
  1. 2008/03/24(月) 11:55:25|
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んなト

  昨日水戸で買ってきた土産物を持って祖父母の宅を訪ねる。すると私が来るのを見越して寿司をとっていてくれた。なんともありがたいことだ。だがそこには母がいた。ああ、いた。と思ったらば私が祖父母向けに買ってきた土産を目ざとく見つけると勝手に箱を開け、水戸の和菓子を何の感慨も無く食べだしてしまった。「ああ、あんこね」と見ればわかるコメントはするがうまいともまずいとも言わない。この人は食い意地が張っているのにとても残念な味覚を有しており何を食べても味がわからない。うまいまずいが理解できない。昔はそれでひどいものを大量に食べさせられた。未だに「手料理」と聞くと背筋に電撃が走り「いいよいいよ、私が作るから」と自分で厨房に立つようになってしまった。そんなトラウマを私に植え付けた母は私が選びぬいた水戸の菓子を全て食べてしまう。「前にも食べた」とか言っていたがそんなはずはない。この菓子は水戸の老舗和菓子屋でしか売っていない。その旨を伝えると「そういえば前のと何かが違う」とか言ってまだモリモリ食べる。ちなみに私が買ってきたのはあんこと梅の葉を使った茶菓子であり単品連続でゴリゴリ食べるものではない。ハラハラしていたら祖父母が来て一個二個食べる。祖父母も「あんこだ」とか申している。なぜそういう感想しか出てこないのか。私も一つ食べて何か言おうと思ったのだけれど出てきた言葉は一つきり。「あんこだ」。菓子は置いておいて寿司を喰って帰る。パンを買って帰る。
  1. 2008/03/23(日) 22:22:35|
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から仕

  自宅で飯を作る。そういえば以前友人が「このインスタント麺がうまいぜよ」と申していたので買った麺がある。放っておくとまた賞味期限が切れてダメな麺になるのでさっさと茹でて食べてしまおう。というわけで茹でる麺。とはいえわたくし、インスタント麺は容器に直接湯を注ぐタイプのもの以外ほとんど食べたことが無い。だが勧められて買った麺は鍋に入れて作る式のものだ。よくわからないので説明をあまり読まずに適当に作ってみることにした。まず冷水と鍋を用意する。この冷水に麺をぶち込むのではないことくらいはなんとなくわかる。だからまず水を沸かして湯にしてから麺を入れた。だがしかし、ここで思いもよらぬことが起こってしまった。私があまりに巨大な鍋を用意してしまったことから水を適量で入れたつもりなのに横に広がってしまって乾いた麺が全然浸らない。とはいえ足し水をすると湯がぬるくなる。仕方が無いので乾いた麺をひっくり返しながら三分ほど待っていた。待ってみると意外と三分間は早い。出来上がった麺は入念にひっくり返していたもののまだ板状だった。とはいえ三分経ってしまったのだから仕方が無い。板にゴリゴリ噛み付いて飯とした。友人は「このインスタント麺がうまいぜよ」とか申していたが全然なにがうまいのかさっぱりわからないのだった。それから「裂くチーズ」だか「裂けるチーズ」だかという漢字で書くとなんだか物騒なチーズが冷蔵庫に入っていたのでそれを食べた。裂くのが面倒だと思って一口で噛み付いたらこちらもひどくまずかった。裂いてみるとおいしかったのだがなんともめんどくさい。やきもきしながらチーズを裂く。なんでこんなイライラする食品を売っているのか。
  1. 2008/03/23(日) 13:13:20|
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ほどピ

  メェグローに戻って飯を喰う。当初はご飯の上に生魚を乗せたものが回転している珍食品を食べようと思っていたのだけれど目当ての店は食欲が200mほど後退するくらいの行列に襲われていた。これは全く災難としか言いようが無い。仕方なく寿司屋の角にある洋食屋に入った。店の外に出ていたサービスメニューNo.1を頼もうと思ったのだけれど中に入るとそこら中に「旬のカキ始めました!」との貼り紙があり、それを見ていたらサービスメニューNo.1がなんだったのか忘れてしまった。忘れてしまったものは頼めないのでカキフライとレバー炒め定食を頼み、食べていた。思ったほどピンと来なかったのは元々生魚が食べたかったからか。異文化に触れたようで妙に疲れた。
  1. 2008/03/22(土) 22:55:24|
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はこの恩

  美術館に来た。今回水戸に来たのは美術館に来るためだったのです。というのも私の母の恩師の個展が開催されているのです。実はこの恩師、日本ではあまり名が高くないけれどアメリカやヨーロッパでは日本を代表する現代作家の一人として知られている。彼の作品を観て感想を母に語り、母はその感想を恩師に語る。というシステムが出来上がっていたのだけれど計算外の出来事が。本人がいたのだ。講演会をしていたのだ。せっかくだから私も参加した。会の後に挨拶などはしなかったけれどきっともう私の存在はばれている。なんと言っても会場で一人の着物姿、変な髪形、マスクで顔を隠しているが目元は昔世話をした母と全く同じ人間が最前列に座っているのだ。ともあれ講演を最後まで聞いていたら想像以上に時間を食った。土産を買って帰りの電車に乗ろうとすると目の前で電車が出てしまった。東京にいるときの感覚ですぐに次の電車が来るだろうと全く急がなかったけれど次は一時間後だった。缶コーフィを買った。マスクをしていたので全然うまく飲めない。半分くらい飲んであとは捨ててしまった。
  1. 2008/03/22(土) 17:06:35|
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ーの一

  水戸で昼飯を喰う。何か土地のうまいものを食べたいぜな、と思ったのだけれど水戸の名物と言うと私は納豆とアンコウしか知らない。できればそれらの専門店などがあれば嬉しいと思ったのだけれどどうしたことか納豆は小売店しか見つからず、アンコウは昼から食べる人間がいないのか土曜のせいか軒並み暖簾を下ろしていた。他に開いている店といえば中華料理屋ばかりである。水戸の中華料理がうまいという話は聞いたことがないがまずいという話も聞いたことが無い。とはいえなんだか旅先で食べるには味気ないのでしばらく街を彷徨っていると西洋料理屋があった。洋食屋、というわけでもないがフランス料理屋、というわけでもない不思議な佇まいの店だ。そこへ私が入ると空気が凍る。モヒカン頭に顔半分が隠れる巨大マスクが派手な着物でやってくる。あまりそういう機会はないのだろう。一人なのにカウンター席ではなく奥の4人用テーブルに連れて行かれた。直後に4人の客が入ってきて微妙な空気になったが私をカウンターに移そうという気は無いようで厨房の人々は極力私に触れないようにしているようだ。そして私はランチセットの白身魚のカレー煮を頼む。水戸、というとなんだかそれっぽい鮮度の良い魚が手に入りそうなのにカレーで風味を足してしまうのは不思議な話だ。ともあれランチメニューの一番上にあるのできっと自信があるのだろう。そのような思いで私はカレー煮を頼むとライスがついてきた。この米がまた尋常ではない量で盛られている。隣りの明らかに育ち盛りの青年の1.5倍はある。ああ、そういうサーヴィスは困るんだよ・・・。小食の私に大盛りはただの嫌がらせにしかならないんだよ・・・。しかも炊き方が適当でべちゃべちゃだ。本当に嫌なマネをしてくれる。それでも可能な限り平らげたが結構残った。すまない、米。でも炊かれ方に問題があるのだ。責任は私だけにあるわけでは・・・ああ、悪いことをした。そのような思いが顔に出ていたのだろうか。次にデザートとコーフィを持ってきた青年の腕が異常に震えている。これは絶対に、そう、デザート・コーフィ・砂糖壷は良いがその次のミルクジャーをこぼす。そのように読んでいたので右手にナプキンを用意し待ち構えていると、ホラ来た!ミルクジャーが盆から滑り落ちて私に向かってひっくり返ってくるではないか!まともに食らえば自慢の着物はミルクでべしゃべしゃ、阿鼻叫喚の巷になるが残念ながら幸運なことに相手は飯島である。飛沫はナプキンで遮って転がってきたミルクジャーは一回転もさせずに右手で止める。この冷静な対処に尚のこと混乱したウェイターは土下座をしそうな勢いで下がっていった。全くテーブルの掃除をせずに。そして厨房で怒鳴られていた。私のところへは別のものが来て清掃をする。そして店を出るまでに80回以上は謝られた。そんなに恐縮されるのならむしろミルクを浴びた方が良かったのかもしれない。料理は値段の割りに別においしくなかったし。
  1. 2008/03/22(土) 13:32:41|
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本を留

  実は飯島、キャリフォルニアと東京にしか縁がないような日記ばかり書いているが高校の頃は水戸の学校に通っていた。それこそめざましテレビが始まる前に、冬場は太陽が昇る前に家を出てひたすら電車に揺られてロシア文学かフランス文学の本を読んでいた。留年せずに卒業したので都合三年間はほぼ毎日のように常磐ラインに乗っていたはずだったのだが、久しぶりに乗った電車の車窓から見える景色には全く見覚えが無い。というのも私が日本を留守にしていた間に茨城は大変発展していたからだ。それから電車に乗っている時は前述の如くずっと読書に勤しんでいたか寝ていたので車窓からの景色をまともに見ていたことが無いのだ。この関心の無さは相当だったようで駅名もまともに覚えていない。なにこれシンセーン。高校の三年間、私は何をしていたのだろうか。死んでいたのではあるまいか。水戸で降りてもやっぱり記憶の中のものと全然違う。それに、人々が私を見る目がやけに怪訝だ。ああ、そうか。メェグローにいると私が左側だけモヒカンの頭で奇妙な着物を着ていてもそこは都会のこと、さして奇異な目で観られることも無い。けれどここは県庁所在地とはいえ一地方都市。私のようなすっとこどっこいな人間には慣れていないのだろう。とりあえず地図を手に目的地へ向かう。水戸芸術館へ。インターネットで確認してプリントしたのだが縮尺を間違えたようでいくら歩いても目印にたどり着かない。東京は怖いが東京の外も怖いのだな。
  1. 2008/03/22(土) 12:17:09|
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へ行く

  数年ぶりにマスクを買う。普段であればどんなに花粉症の症状が重くても美意識を盾にとってマスクなんて見向きもしないのだけれどそうとばかりは言っていられない理由がある。というのもわたくし、本日は水戸へ参る予定なのでございます。水戸へ行く、それは茨城も奥の奥地へ向かうということ。密閉されたカーに揺られて行くのならともかく扉が開いたり閉まったりするほとんど屋外に近い状況の電車に乗るので花粉対策をせずにいると必ず死ぬ。断言しよう。絶対に死ぬ。なるほど私の飲んでいる薬は飯島専用の特別に強力なものだがそれでも屋外に一時間以上の滞在を保証してくれるものではない。私の花粉症は意外とシリアスな病だったのです。だが水戸まではメェグローからではどんなに急いでも二時間以上かかってしまうそのためのマスク。なんだか若干濡れていて「花粉を99.9%カット!」とか申している。着けてみるとなるほど、私が知っているあの四角いはんぺんのようなマスクとは全く具合が違っていてかなり「カットされてる感」がある。とはいえこのウェットな感じはアレだ。花粉以外にも酸素の吸入を妨げていて大変息苦しい。とはいえこれで水戸までの道は保証された。多分。山の手ラインから常磐ラインに乗り換える。そして水戸へ。あと一時間半。
  1. 2008/03/22(土) 10:06:42|
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子チェ

  餃子をもって本日の飯島の夕餉とする。つい最近もイェビスで餃子を食べたけれど何かが違ったのだ。そんな気取らんでくれ、ボーイ。餃子はワイルドで適当でなんかこう、イメージ先行の食べ物なのだよ。というわけで餃子チェーンで餃子を食べる。別においしいとかおいしくないとかそういうのとは関係ない餃子っぽい餃子を食べた。一つ目の餃子が非常にジューシーで、というかその餃子ジュースはただのお湯みたいで旨味にかけたのだけれど兎に角そのジュースのせいでいきなり口の中に火傷を負った。あとはなんだかよくわからない熱いものを口にぎゅうぎゅうつめて十余分。食べ終えるとバスに乗って帰る。音楽を聴きながら帰る。スーパーに寄ると背の高い店員がぬぼうっと立っていた。立っているだけで特に何もせずにいた。犬が吠えていた。
  1. 2008/03/21(金) 22:39:35|
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べてオ

  握り飯を食べ握り。よく飯島氏は握り飯を食べるなぁ、そんなに握られたものが好きなのか、ええ!?好きなのか。というか日本人で昼飯でそいで時間をかけずに、ということになると実はあまり選択肢が無いのだった。ランチタイムが三時間くらいあればワイン二杯とフレンチのフルコースでも平らげて良い気分でオフィースに帰ってこれるというのにジャパンは全く福利厚生が大した事ない国なのでそういうことをするとクビになる。実際私が従業員を持って彼らがランチタイムに二時間も三時間も帰ってこなければ怒り狂って憤死するであろうことは想像に難くない。だから私も頃合をみて握り飯を食べてオフィースに戻るわけです。上司が憤死して職場が死体だらけになってしまうと歩き辛くてとても働きにくい環境になってしまいますからね。缶コーフィをポケットに忍ばせて。
  1. 2008/03/21(金) 12:26:42|
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はノー

  ビェトナム料理を食べる。もうそろそろ打ち合わせることもなかろうと思うのだけれど別に打ち合わせないことがないわけでもないので晩飯を食べながら話をする。何を食べたかと言えば生春巻き、ヴィエトナム式・汁なし麺、野菜炒め、南国果物盛り合わせ(ライチ・ランブータン・ロンガン)さ。若干甘いものも入っているがメインとしてはほとんど甘くない、しょっぱい系のものばかりである。さしもの飯島もケキーしか食べずに一日を過ごすと身体を壊すので人間の三大栄養素+ビタミン群は取るのです。ケキーだけを食べて五年くらいたてば飯島の中の細菌やらが進化してケキーだけで生きられる進化型人間になれるかもしれないがその前に身体に異常をきたす可能性の方が強いのでそのようなことは行わない。こう見えても飯島はそこまでパンクではないのだ。髪型をモヒカンにしたって左側だけで右側はノーマルヘアー。それが飯島のプライド。間違ったバランスの取り方。というわけでビェトナム料理を堪能して家路に着く。パンを三つ買って帰る。
  1. 2008/03/20(木) 22:55:57|
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から飯

  着物に関する打ち合わせをする。待ち合わせたのはイェビス、やってきたのは女子、だから我々はケキーのおいしいキャッフェで打ち合わせをする。そうさ、わかってるぅー。男子と打ち合わせするとすぐに酒とかなんか申すけれど女子は大概ケキーが好きだから飯島大安心さ。というわけで二個のケキーを食べて我らは話す。お互い二個ずつなので四個だ。場所を変えてもう一つ食べたので総計五つだ。フレジエ、バラと杏子のムース、バナナパイ、りんごとキャラメルのタルト、バナナのパウンドケーキ、コーフィを一杯と紅茶を限りなく。やぁ甘いものは良いものだ。何が良いって甘いのがいいね。たまらんね。本当はもっともっと食べたかったのだけれどそれは社会人としてどうだろう。浮かれすぎていまいかと思ってこのくらいで止めておいた。話し合いはまだまだ続くのだ。晩になったので晩飯を食べにイェビスから中目黒へ歩いていく。次に食べるのは流石に甘いものではない。甘いものでないと嬉しい。そんなように思う。
  1. 2008/03/20(木) 18:35:00|
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るのエ

  昼飯としての昼飯を食べる。そして私はソバ屋にいた。何を食べるのか、そして私は何を食べるのか。と言って私はソバを食べる。ソバと、そしてそれからセットに小天丼を選んだのだ。するとどうだろう。ティービーで連続ティービー小説が流れていたのだけれどそれが終わったところで奴が来る。ソバが。バレンシアガ。ソバと小天丼が。しかしソバはなるほど理解できる。ソバ色の麺が束になっているからさ。でもな小天丼、君のアイデンティティーは何かと問いたい。問い詰めたいが、相手は人類ではないし日本語を解する能力があるとも思えない。だから問わぬ。君には小天丼、何も尋ねたりはしないよ。だがしかし、君のアイデンティティーは何か?だってあーた、ホワイト飯の上に乗っているのエビ一尾だけじゃございませんこと?それって天丼って言うの?え、ああ、言うの。そう、そうなの。ゴメンなさいね、声を荒げたりして。嫌だわ全く。死にたくなるわ。たまにだけど。だけど死なないわ。死なずにあなたを食べてやりましょう!がぶり、じゃぶじゃぶごくりごくり。天丼は口中に納められ咀嚼の結果半ば液状となりつつ喉を滑り落ちて飯島の胃の腑に到達。快哉を叫んだのでございます。わほーい。エビは一尾だったけれどおいしかったよ。ありがとう。ありがとーおーお。僕は忘れない。少なくとも今日一杯は忘れない。ソバも忘れない。かっこよかったよ。すごい盛り上がってた。山盛りだった。一緒に写メ撮りたかったけど忘れちゃった。でも大丈夫、ソバのことは忘れない。今日一杯は忘れない。明日になったら明日の出会いがあるからお互い綺麗に忘れようね。昨日という日が存在したから、今日があることを自覚して。
  1. 2008/03/20(木) 13:12:23|
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