カル会

芸術家日常

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こんな名前に

  一度家に帰ってからまた晩飯を食べに外に出るのが億劫なので押し寿司を買って帰ってきた。押した寿司だから押し寿司。握った寿司だから握り寿司。ううむ、なんというシンプルな考えだ。私が寿司の黎明期にかかわっていたらこんな名前にせずにもっと凝った名前にしていただろう。「飲める寿司」とか「ラスコーリニコフ」とか。でも残念ながら私はちっとも寿司の黎明期に係わりがないので現代の寿司を喰うだけである。ああ、酢でしめてある。全くよく考えたものだ。「酢でしめる」というのは初めて考えた奴はふざけていたとしか思えない。白米に酢を混ぜるだなんて阿呆じゃないか。私がカレーを食べる時に白米に酢をバンバンかけはじめたらどう思う?どうも思わないか。いや、つまらないことを聞いた。失敬失敬。ちょっと疲れているのかもしれないな。今日は早く眠ろうかな。眠りねーむーる、うなら、ほいな、東京おーんーど。ほいなほーいーなー。
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  1. 2008/09/30(火) 20:49:05|
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魚と空

休日日記。
  朝から作品制作にかかる予定だったのだが天気が悪すぎる。午前の自然光で撮ろうと思っていたのに全く異常気象という奴か。ただの雨か。ともあれ思い通りにならん。だがしかし、これが案外好機なのかもしれない。私には考えておかねばならないことが意外と山積してそのままになっている。たとえばデコスクールへの体験入学の日にち、コンタックスのマクロレンズ調達交渉、着物の納期確認と新規発注、と色々やることがあるのだった。あるのだったがダラダラしていると昼時になってしまった。そうなるとまた困るのが空いた腹の持ち込み先である。ただ、困ってばかりいても腹は満たされないのでとりあえず目黒駅の方に歩いていった。全くあてがなかったわけではない。風の噂で目黒駅近くに中々良い揚げ物を喰わす揚げ物屋が出来たという話を聞いたのだ。「揚げ物屋」というのも少し珍しい。天ぷら屋ならば割りとそこここにあるし、肉屋の店先でコロッケやメンチを揚げているのもよく見かけるが「揚げ物屋」とは珍奇なことよ。雨の中を歩くこと10余分、地下一階のその店に私は下って行った。そしてメニューをもらうとなるほど揚げ物しかない。そして決して天ぷらではない。フライだ。フライズだ。私はその中から「鶏と魚のフライ」を選ぶ。なんというか叙情的な名前ではないか「鶏と魚のフライ」、間に「空と海」が入ればますます叙情的だ。「鶏と魚と空と海のフライ」。いやー、すごいスケール。スーパースケールな揚げ物はなるほど、レベルの高い揚げ物だった。「フライ専門店」ということでライバル店がいないのも強みだろう。今度はエビフライを食べてみたい。フライといえば、ですものね。エービーエービービーエービーエー。おー、アイム・エービー。
  1. 2008/09/30(火) 12:07:46|
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バーベキュースポットが

  カレーを食べるつもりはなかったんだ。鶏肉か、鶏肉に準じたものを食べようと思っていたんだ。でも私が何も考えずに歩いたルートに鶏肉を扱う店はなく。全くないわけではなかったのだけれどそれは焼き鳥屋という奴で、しかもこの「焼き鳥屋」というのが厄介もの。普通の外国で「焼き鳥屋」と言えばなんだい手頃で良いですな。バーベキュースポットがあってそこで鳥を焼いてくれるのだな。と思われそうなものですがここニッポン、おジャパンで焼き鳥屋というとそれは一杯飲み屋の場合がほとんどなのです。そういう店は酒飲みにはいいけれど一人で飲まない人間である飯島にとっては大変不便だ。一人で良い気分になって何が楽しいんだとか考えてしまう。一人でいるのだから勉強や修行すやれば良いのに、などといらぬことを考える。そんな飯島に一人で一杯飲み屋は全く向かないので結局鶏が食べたいのに鶏が食べられずに私はカレー屋でカレーを食べた。カウンターのみの小さな個人経営の店のようで客が一人しかいないから気軽なものだと思ったらばその女性客、店員と良い仲になりたいのかこうイラッとするようなアプローチをずっと従業員に行っていた。ああ、なんかアレだ。いやーんな感じだ。カレー自体もなんだか主張がなくイラッとする。イラッは言い過ぎだが付け合わせの花らっきょうがパリパリでなくヘナヘナでそこはイラッとした。ああ、イラッ。するする食べて外に出る。自宅に戻り、二度と行かないように「飯島夕食メモ」に書き加えておこうと思ったらすでにその店が登録されていた。メモにつけても読み返さなけりゃ意味がない。なくても良いのだ意味なんて。どっこい生きてる、シャーツのーなーかー。
  1. 2008/09/29(月) 22:19:50|
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右から左に動かして

  二時から休憩でござまして。そうなるとええ、毎度の事ながら困るのが昼飯処の話です。世間一般の善男善女どもは二時などというヤクザな時間には既に昼飯を食べ終えておりまして、そのような時分はせっせと仕事に勤しんでいる。パソポンの画面を見ながら指を動かしていたり書類を右から左に動かしているのだ。おお、文明社会。そんな時間に私は外へ放り出されて「飯でも食っていろ、このごく潰し!」と声なき声に糾弾されておったのですが似たような境遇の持ち主はいるもので、たとえばそれは同僚。もちろん飯島に比べれば数段光り輝く存在ではあるのだけれど同僚もやはりたまに午後二時に昼休みの報を受けることがある。そうなれば困るのもお互い様さ。そこで情報交換をしてみると徒歩10分程度のところに午後三時まで開いているなかなかよろしい風情のハンバグー屋があるというではないか。人には聞いてみるものだ。ぶらり雨の中をハンバグー屋に歩いていく。水が滴る中を歩く10分というのは意外と長い。アイポッポでもあればよろしいな、などと考えているとハンバグー屋にたどり着いた。入って食べるはハンバグー。ポークソテーやステーキなんぞもおいしそうなオーラを出してメニューの中から私を眺めていたがそこは初志貫徹のハンバグー。それも特製しょう油ソースという和テイストあふれる和バーグだ。厨房からぺったんぺったん言う音からしてうまそうではないか。ぺったんぺったん。可愛くもある。出てきたハンバグーはぺったんからは想像も出来ないほど黒く力強く、そしてじるじる凶悪な音を発していた。それはまったくうまそうであった。ナイフを入れてみるともう肉汁が大変。あ、もったないもったない。ハンバグー型のペットボトルかとおぼゆしきほど。味付けもねー。スーパーストレートジャパニーズスタイルっていうの?ハンバグー単品だと味が濃ゆいけれどもご飯と合わすと丁度フィットするサンデーモーニングジャズのような小粋なスタイル。へへ、やるじゃんね。夜に来てステーキを食べてみたいぜなと思ったのでその旨を教えてくれた同僚に伝えると「お、じゃあ行きましょうよ。」行きましょう「11月の下旬に」下旬に。というわけで11月の下旬にステーキを食べることになった。私が小学生なら耐え切れないほど遠い約束だが既に私は小学生を十数年前に引退している。それでも11月下旬は少し遠いように思った。
  1. 2008/09/29(月) 14:30:03|
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一言「スブタ」

  チャハーンでも食べて帰ろうかしらん。左様なことを考えながら歩いていた。歩いてたら中華料理屋が出てきたのであははん。チャハーンならばやはり中華料理屋でございましょうな。そう考えて入っていったのだけれど口をついて出てきたのは一言「スブタ」。酢と書いて豚の「酢豚」。なんだ、体はそちらを欲していたのか。だったらそのように申してくれれば良かったのに。というか申したから酢豚になったのか。ここの酢豚は店主と女将で味が違う。私は女将の味の方が好みなのだが今日は店主の旦那の方がいた。あら残念。でも最近は店主の酢豚を食べていないからどんなだか忘れてしまった。忘れていたけれど目の前に出てくれば思い出す。おお、これぞこれぞ。女将の酢豚はパリパリだけれど猛烈に熱く、その熱気でのどの70%以上の損傷を受けることがしばしばだけれど店主の酢豚はそんな気遣い無用の食べやすい酢豚。そして片栗粉の量が多く、餡のねばりがえらいことになっていた。おお、これぞこれぞ。そして私はやっぱり女将の酢豚の方が好きだ。酢豚は値段が20円値上がりしていて軽いショックを受けた。確か前に訪れた時も同じことでショックを受けた。安上がりなショック体質、飯島でございます。
  1. 2008/09/28(日) 22:07:42|
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日曜テルヒコです。

  日曜テルヒコです。飯島です。そしてウンジャラゲな感じで働いては涙している飯島ではございますが昼時になりましたので仕事の手を休めて外に出るのはございました。やーん。会社からどれくらいだろうか200~400歩ほど歩いたところにある弁当屋チェンーで昼飯を買う。「どうしてもこれが食べたい!」というものがどうしても無かったのでそんな私のためにあるのか幕の内弁当を購入した。幕の内弁当は飯島が中学生くらいの時分に何の因果かでお爺様に買ってもらったことがあるのを最後にまったく幕の内とは縁の無い生活をしていたので実に十数年ぶりの再会ともいえよう。もちろん当時の弁当と再会したわけではない。私が中学の頃に食べた弁当は既に私の一部になっており、更にそのほとんどすべては新陳代謝によって飯島の外で飯島以外のものになったりエネルギーになったりしている。だからまったく別の幕の内弁当との再会だ。そういう名前のものに偶然であったということだ。さっそくオヒスに戻って食べてみたのだけれどこれ、本来暖かくあるべきはずのものが悉く冷たかった。冷やし焼き鮭、冷やしおでん、冷やし梅干、などりなどり。ああ、これだから私は今まで幕の内弁当を食べなかったのだ。それぞれのおかずが他のおかずに依存して一品が持ち合わすべき強さが分散してしまっている。人に期待をして自分が手を抜く。まったくいやらしい奴めらだ。私はそうは、あるまいぞ。ケーキのように一人立つ。
  1. 2008/09/28(日) 13:20:32|
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買ったヘボ飯

  夕飯はヘボなものを食べていた。昼飯に文句をつけて勝手な行動を取っていた飯島だが別にこだわらないときはこだわらない。「あたしってこだわるときはこだわるんですよねー」ってそれは当り前です。みんなそうです。ちなみに今回は自宅に戻ってから写真の作品制作に熱中しだしてしまったが故に夕飯にこだわることができなかったのだ。だからスーパーで買ったヘボ飯を食べた。でもいいんだ。私が選んだものだから。写真の制作は途中で機材が必要になって中途半端なところで断念した。写真というのは様々な機材が必要な芸術なのでこのようなことが往々にして起こる。とはいえ機材があれば問題ないのだ。ネットで探して購入しようと思ったらば私の機材はそうだ、忘れていた。既に倒産してしまった会社の機材を使っているのだった。ああ、割と困った。こうなったら新しくワンセットそろえなおすしかないのだろうか。ああ、そうなるとますます困るぞ。誰か私に現金で50万円ほど都合していただけないだろうか。
  1. 2008/09/27(土) 21:57:05|
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チョコレートを握り

  昼時なれど撮影は続いた。そして午後もまだ続くのだがとりあえず昼飯をご用意してありますので、と言われたのだけれどそんなものに従う飯島ではない。だってどうせご用意されているのはコンビニエンスおにぎりとかコンビニエンスサンドウィッチとかなのだろう。せっかく苦手なヘラ宿くんだりまでやってきたのだからヘラ宿的な昼御飯を食べなくては割に合わない。そこでご用意の方は完全に無視してキャッフェで勝手に昼飯を食べていた。相変わらず協調性のない男である。だから映画ではなく写真の道にいるのだ。そしてゆるゆると食事をし、途中表参道で買い物をし、のんきな感じで30分以上遅刻をして第二の撮影場所にやってきた。別に何とも言われないところが「映画」って感じだ。私の撮影だったら時間に厳格な飯島のことである。激怒して持っていたチョコレートを握りつぶして遅れた奴の先祖歴々からの悪口を言って精神を破壊しているところだ。でもまぁ、少し悪い気がしないでもない。そのせいだか元々だかはわからないが午後は出番が全くなかった。こっそり帰ってしまおうと思ったらそこを見つかって新たな役を私に課す。しかも「エアー羽子板」をしてくれなどという無茶。あたしゃこう見えても写真家だよ。それに前後の整合性がまるでない変な役だ。ともあれ全力でやったらなかなか評判は良かった。にも関わらず撮れたあとの絵を監督が見て。「ここだけ意味がわかんないな」と申して結局丸カット。そして私は役割を終えて帰るのでした。電車に乗って。
  1. 2008/09/27(土) 17:13:31|
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ヘラ宿?しかも

  映画と言うのだろうが、動画だろうか。どちらだか知らないが動くものを撮影する何かが原宿であった。そしてそれにどうですか?飯島さんも出てみませんか?という誘いがあったのだ。普段の飯島であれば「ヘラ宿?しかも撮影隊と一緒?ご勘弁願いたいね」とにべもなく断ってしまうところだが最近の飯島は来年の個展に向けて何が何でも作品が必要で、そのきっかけになりそうなことなら片っ端から参加しているのだ。というわけで私も撮影に参加する。当初は午前10時からと聞いていたのだけれど前日夜に「午前8時から」と急遽変更の連絡を受けて一瞬ぶち切れたがゴネたら私は朝10時で良いことになった。だので午前10時に行ってみると「飯島さん、午前10時で正解です。」と言われるくらい大幅に撮影が遅れているのだった。10時についても早すぎるくらいで待って待ってその上でようやく自分の出番数分を得る。映画のエクストラさんは「待つのが仕事」と言われているのがよくわかった。変な待ち時間なので本を読むこともできずふわふわとした時間を味わった。そんな閑雅な時間の過ごし方をしていると「ああ、最近の飯島は忙しかったなぁ」などと感慨にふけることができる。更に他の出演者と話をしながら新たな制作プランも思いついた碌でもないアイデアだがそれを実現させるところに芸術家としての飯島の妙がある。帰りに生魚を一匹とまち針を大量に買って行こう。
  1. 2008/09/27(土) 12:30:42|
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一つとゼリー

  昼飯を食べ過ぎた。出てきたものを食べただけだが量が素晴らしかった。飯島にはトゥーマッチ素晴らし過ぎた。だから夕飯の量を減らさねばならない。特に昨日の飯島はケーキを四個食べてそのあとパンをモリモリ食べていたからカロリー的にはだいぶだらしのないことになっている。だからこそ今日の飯島がしっかりせねばならん。というわけでおにぎりを一つとゼリー状ダイエット食品を夕飯とした。あとは水でも飲んでいよう。明日も休みだが調子に乗ってまたケーキに手を出さないように気をつけよう。原宿に行く予定だが原宿にはザッハトルテの名店があるな。渋谷まで歩けば本格的なクレープ屋があるな。広尾まで足を延ばせばベイクドチーズケーキとタルトのおいしい店があるな。負けるな飯島誘惑に。もしくは負けて堕ちていけ。見てて楽しい方へ行け。
  1. 2008/09/26(金) 21:37:03|
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スナックさ。

  昼休みが午後二時からだとろくな店が開いていない。だが私の腹は残念なことにいつもよりも一時間分はゆうに腹が空いている。いわゆるグーググー、というやつだ。でも店を選ばなければいくらでも食べるところはある。しかし歩いている男は飯島なのだ。店を選ぶ男なのだ。とはいえ粋がってみたところでやはり午後二時の話である。開いている店はチェンー店ばかり。ここはもう仕方がなかろうまい。とあきらめかけたところで一軒のスナックに行き当たった。スナック屋ではないよ、スナックさ。スナックと言えば仕事を終えた老若男女が癒しを求めてやってくるカラオケなどが置いてある小粋なお酒飲ませ屋さんだ。そんなところで昼飯とは。昨日あんなに「謙虚になりました」的な日記を書いたのにまたしても端から侮って「スナックの昼飯何するものか」と軽く見てしまった。そして飯島またしても後悔しきりである。ああ、馬鹿にしてすまなんだ。悪いのは飯島でございます。手足を千切って鮫のエサにしてくださいまし。ちゃんとした昼飯を作っておりました。手間を惜しまぬ豚のしょうが焼き、大振りなポテトコロッケ、冷凍ではない揚げたてのカニクリームコロッケという早々たるランチングメンバーズ。それに茄子の煮びたしと白い米が脇を固めている。いや全く脱帽である。恐れ入った。恐れ入り母神だ。量も多く、途中で気持ちが悪くなるほどだったがそれは飯島が小食なせいであって成人一般男性ならほどよく満足するだろう。そしてスナックなので椅子がふかふかで気持ち良い。思ったよりもくつろいでしまったな、と時計を確認して外に出るとはてな。携帯電話の時間と店内の時計がずれているようだ。店内の時計が10分ほど進んでいる。なるほどこれなら仕事や終電に乗り遅れない。つくづく気の利いた店だと飯島感心しきりである。
  1. 2008/09/26(金) 14:32:10|
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へへ。ガラスケース

  パンを大量に買ってきた。白金台にある何の変哲もないスーパー。このスーパーに併設されているパン屋が実は何の変哲もなくない。スーパーなパン屋だという噂を聞いたのだ。とはいえやっぱりスーパーに併設されているパン屋である。私の長い経験から大したパンでは無いのだろうと鼻に木をくくりつけて買いに行ったのだがどうだろう。へへ。ガラスケースの中に入れて神妙にしているがご覧よ。「ゆで卵とひき肉パン」「田舎ひじきパン」「ゲンマイ」どうも色ものばっかりじゃないか。これはイカンね。どうにイカンよ。そんな思いで一通り買って帰って飯島は泣いた。なんというおろかものだったのだろう、飯島は。心が洗われる。自らの馬鹿さを再認識させてくれるということはこんなにも素晴らしいことだったなんて。固定観念にとらわれるなと再三再四人々に言っていた飯島だが、飯島自身が最も不自由だったのではないか。たかだパンひとつ。されどパンひとつ。あるがままにパンを食べることの素晴らしさよ。もうどこで売られているパンも馬鹿にすまい。これからはパンに謙虚に生きていこう。パンあればパンを見る。すくすくとそして健康に。パンを食べて生きていこう。平気な気分で生きていこう。
  1. 2008/09/25(木) 19:28:01|
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入ってタルト

  講義を終えての帰り道、せっかくだから白金台に新しくできたケキー屋に寄って行く。以前はただの高級住宅街で何もない街だったのに近年開発著しい白金台だ。当然新進気鋭のケキー屋もバリバリ出来ている。そこで前から気になっていた店に行ってみるとどういうことか。営業時間が午後一時半までで長い昼休みをはさんで夕方からまたオープンするというパン屋にあるまじき変則営業時間を採用しているではないか。でもな、待てよ。なんだか客が中にいるではないか。これはひょっとして知らないふりをすればケキーが買えるのではなかろうまいか。そこで素知らぬ顔をして店に入ってタルト三個とパンを一個欲しい旨を伝えると、はいな、何のわだかまりもなくスルリと売ってくれるのでした。あら、頑固かと思わば融通のきく良いケキー屋。事前に調べたところによるとこの店は都内でも珍しいコンフィチュール(ジャム)に特化した店でケーキもタルトなどの焼いた菓子で名が通っている。とはいえ食べる飯島だってただものではないぞ。日本に帰って来てからだけで都内350件、1800個のケーキを食べている。舐めてもらっては困るのだ。買ったらさっさと自宅へ帰る。白金台は目黒の隣駅なので歩いて帰れると思ったら大いに迷ってしまい、一時間以上歩いたがともかく自宅にたどり着いた。さ、コーフィを用意してタルトである。タルトゥである。まずはイチジクのタルトを口に入れたのだけれども、ああ、東京のうまいところは大概食べつくしたつもりの飯島でしたがわたくしはまだまだ傲慢でした。なんという香り、生のイチジクにはないこの芳醇さ。そしてこの食感はどうだ。イチジクとしての独特の舌ざわりを残しながらもコンフィチュールとしての滑らかさ。タルトとの整合性も素晴らしい。二つ目に食べたレモンのタルトもまったくねぇ。イヤになっちゃうよ。こんな店があるから私はケーキ行脚をやめられない。三個目以降は晩に回した。日記を書いていてもニヤニヤする。なんという不気味な男よ。
  1. 2008/09/25(木) 15:49:12|
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いかにヘマ

  今日が噂の講義の日である。てっきり自分一人で行って王様のような扱いで教壇のところでふんぞり返っていれば豆腐みたいな札束を渡されて「お車代でございます」となり、そのまま手配のハイヤーで帰れると思っていたのだが、キチンと写真協会の人と私と学校の間に立った編集者がやってくるのであった。私からすると「そんなに信用がないのかい?」といった具合だが口に出して聞いてしまうと「はい、大変信用がありません」と言われそうなので黙っていた。ともあれ三人組であれば飯島が途中、いかにヘマをしたところで必ずやフォローが得られるから安心と言えば安心だ。だが逆にすべてを見失った飯島が途中で講義を放棄し、歌ったり踊ったりすると生徒からは大喝采を受けるかもしれないが常識的な社会に属している彼らから「飯島発狂」の認定を下されその場で飯島は両脇を持たれて退場することになりかねない。そうなると今後このような仕事は二度と回ってこなくなる。だから気が詰まると言えば気が詰まる。でもいいや、何にも考えずにやっていればなんとかなるだろう。そんな感じで生徒たち(小学生)の前に立って写真について語りだす。最初から最後まで行っていることは一つしかなかった。「自分を信じて好きなものを撮れ」。それだけだった。子供に語るのだから楽と言えば楽だ。だってもともとそんなことは言われなくてもわかっているのだから。だが大変と言えば大変だった。だってもともと理解していることをもう一度理解させなければならないのだから。ともあれさしたる問題もなく講義は終わった。ファミレスに場所を移して飯島の初講義の印象を聞いてみると写真協会の人は「初めてだし、いいんじゃないですか。」と優しい。だが詳しく聞いてみると私以上に緊張していてろくに講義中の記憶を持っていないのだった。一方編集者の人は手厳しく「もっと少人数でなくてはダメだ」「あんまり伝わっていなかった」「もっとアクションを重視して」とえらいダメ出し。そうか、アクションか。私は精神論と抽象論ばっかりでアクションは伴ってないからなぁ。今度から抽象的なアクションができるように勉強しておきます。
  1. 2008/09/25(木) 13:04:58|
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中華に走る

  昼に食べられなかったものを夜に食べよう。すなわちコンビニエンスパスタを。と思っていたのだけれど終業時間直前、同僚に新宿の中華料理屋の話をしていたら困ったことに中華料理が食べたくなってきた。夕飯というのは普通、一食しか食べないし食べられないのでどちらかを選ばなければならない。ここで飯島、十分はゆうに悩んだだろう。この十分が長いのか短いのかはわからない。結果として、コンビニエンスパスタを選んだ。なぜなら日記に書いたときに下の日記と整合性がよくなるからだ。下の日記でコンビニエンスパスタを食べようとしているのにいきなり中華料理を食べていたら読者は「なんだってこいつは心変わりの激しい男だ」と鼻息を荒くされてしまうかもしれない。好感度が落ちてしまうかもしれない。本当に好感度のことを考えているならこんなことは書かない方が良いのかもしれない。ともあれ明太子パスタを買いにコンビニエンスに寄るとあろうことか明太子パスタはすでに売り切れていた。ええい!私に明太子パスタをすすめた同僚がきっと買い占めて帰ったのだな!私に恨みはないだろうがしかし奴はかなりの巨漢だ。パスタを全部買ってしまうということもありえることだ。ここでパスタをあきらめて中華に走るのもありだろうがもう心をパスタに合わせてしまったので売れ残っていたナポリタンを一つ買っていく。そして自宅で食べたのです。ああ、中華料理にすれば良かったとか思うわけです。今日はカキフライに心を残したりなんかしたり後悔の多い日です。明日になったら忘れるだろう。
  1. 2008/09/24(水) 21:37:55|
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「サシミーマーケット」

  同僚がコンビニエンスで明太子パスタを買うのだと言って私よりも早く昼休みに出て行った。なるほど、それはちょっと良いアイデアだ。私もその考えをもらおうかしらん。そんなように考えていると私の昼休みが始まった。同僚が言うところによると同じコンビニエンスでも味に高低があるらしく「サシミーマーケット」という店舗が一番うまいらしい。しかし会社からそのマーケットまでは少し距離がある。だがうまいもののためならまず金をかけよ、次に手間をかけよ、最後に心をかけよ、と飯島が言っているのだからそのくらいの労苦はなんということはない。ぽつぽつ歩いていくとしかし、心にかかる店が多い。その中で一軒「アジたたき定食 800円、カキフライ定食 850円」と書かれた店の前で飯島の心はポキリと折れた。ああ、コンビニエンスはいつだってコンビニエンスな時期に明太子パスタを食べられるだろうけれどアジとカキは今だけだ。地球の自然環境も壊れつつある今、来年も食べられるとは限らない。コンビニエンスの明太子は石油か何かで割りとどうにかなるかもしれないが今日のところはアジである。カキである。というわけでコンビニエンスは忘れ去ってしなびた感じの居酒屋でアジのたたき定食を食べる飯島があった。なぜか壁には志茂田景樹氏の色紙や芸能人の写真が張ってあり、ただの居酒屋ではないところをアッピールしていたがかもし出す全体的な雰囲気はどう見てもただの居酒屋だった。そこで食べる私はアジ。お味の方は良い感じ。新鮮だな、死にたてだな、という風情である。行き過ぎたたたきのせいでアジが極度の細切れになってしまっており、実際のところはよくわからなかった。悪くはないオーラは出ていたのだが。とはいえアジ、やはりたたきすぎである。箸でつまむには少々難があるサイズだったので手が疲れた。カキフライならばこのような労苦は無かったかもしれん。明後日、また来るかもしれん。(明日は五反田の仕事が休みなので来ることはありません。あしからず。)
  1. 2008/09/24(水) 13:32:41|
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オイリーでジャンキー

  映画を見ていたら昼飯時が過ぎてしまった。そして渋谷で祝日で昼飯となるとろくな飯屋がやっていない。平日だって若者に媚びたようなオイリーでジャンキーなものばかりだしああイヤだ。そんなにイヤならとっとと根城の目黒に戻ってしまえばよさそうなものだがこれでも飯島、渋谷には仕事の用件もあって来ているのです。だから「落ち着いて昼飯が食べられないから」などと言って帰っては飯島の信用問題にかかわる。でも変な店で飯を食いたくない。微妙な漢心で歩いているとキャッフェの看板が雑居ビルの前に出ているじゃないか。ほう、いわゆる「お家系カフェ」という奴だな。当たりはずれもあろうがとりあえず喧騒からは縁が遠そうだ。ふらりと入ってランチの「骨付き鶏のトマトソース煮込み」を頼む。何かに緊張していたわけではないが間違えて「『鶏つき肉の骨』をください」と言ってしまったが「お客様のおっしゃったことを通さなくてはいけない」と変な気を利かして「鶏つき肉の骨」を出すようなことはなかった。一般常識を持ったキャッフェだったのだ。そして私はキャッフェのランチなのだから勝手にコーフィがついてくると思ってデゼールにエクレアを頼んだのだけれどこれがびっくりコーフィがついて来なかった。ディドゥンカムウィズ。とはいえエクレアが目の前にあるのにコーフィを改めて注文するのは癪だ。狂ってる。だからエクレアだけをモリモリ食べてやった。結構おいしかったのに味気ない食べ方をした。そしてエクレアにばかり注視したせいで肝心のランチの味をすっかり失念してしまった。割と結構まずくはなかったと思ったような気がした。敬具。それから私は明後日に控えた写真の講演の準備をする。ほとんど全く準備らしいことをしていないのだが他の人は何を準備しているのだろうか。しゃべればしゃべるほど哲学的・抽象的になっていく私ではそもそも用意らしいものが用意できないのだ。とにかく暴走しないように、それだけを気をつけていよう。明後日か。ああ、明後日か。
  1. 2008/09/23(火) 17:31:03|
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化学調味料の入っていない

  各国の世界遺産でロケをし、この時代にあって一切CGを使わずに美しさを追求した映画を渋谷でやっている。という話を聞いて飯島が出かけていく。美しいものには飯島、目がないのでございます。しかもただ美しいだけでなく「自殺願望のある青年と少女の交流による魂の救済」的ないかにもいかにもな味付けがなされているというではないですか。ええ、飯島好み。というわけで他県民が渋谷にやってくる前、スーパー早朝に映画館にやってきた。そして見た。その物語、派手ではないが確かに美しい映像美に溢れていた。美しいのと派手なのはまた別の話ということが知れた。しかし地味だ。美しいのに地味なのだ。映画というフォーマットではなくむしろ写真とか止め絵の方が良かったんじゃないかと思ったほどだ。それとももしかして非は自分にあるのかもしれぬ。私の身体がCG映画に慣れ過ぎて加工されていない映像では物足りなくなってしまっている可能性も否めない。化学調味料の入っていないラメーンの味が感じられないような、そんな悲しい感性に私は落ち込んでいるのではなかろうか。月をに見とれて詩情をそそられ、そよぐ風に心身をいやすような生活よ。ああ、感性よ。渋谷の真ん中で悟りが欲しいと駄々をこねる。
  1. 2008/09/23(火) 13:21:46|
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月も昇った

  昨日からパスータが食べたかった。昨日の日記は「酢豚が食べたい」とか言っているがそれはそれでウソではない。昨日の日曜に私がどんなにパスータを食べたがったところで結局のところパスータ屋が休みなのでそもそも欲しがらなかったのだ。人間はまず、手に入りそうなものを欲しがるものです。いくら私がアメリカ合衆国全土の土地が欲しいと言ってもそれはまず不可能であり私があと500年長生きしてもやっぱり無理なのだ。同様に日曜日にパスータを求めてもそれは手に入らない。そして日をまたがって本日である。月曜。太陽は昇った!月も昇った!鯉のぼりも!あとふかふかのセーターも!ということで意気揚揚とパスータを食べに行く。食べるのはいつものようにトマトベースのボスカイオーラだ。ボスカイオーラ、よく頼むので名前を覚えているがどういう意味なのかはさっぱりわからない。私が食べ始めると隣に人がやってきてイカスミのパスータを食べだした。これがまた黒くてうまそうなのだ。あんなに魅力的な黒を私は知らない。この気持ちは何?まるで、アレのようだ。女学生。イカスミの黒の黒いこと。天使の輪ができているようだよ。ああ、あれは美しい髪の毛にできるものでありイカスミパスータが美しいときに使ってはおかしい。天使がただのもじゃもじゃした小麦粉を打ち延ばしたようなものならイカスミパスータに対して「天使の輪」と言っても良いのだろうが天使は普通人間状に描かれているものな。イカスミのパスータじゃなくて皿の上に人間の頭髪がもっそり乗っていてそれが美しければ「天使の輪」と言ってもよいのだろう。私はこれでも国語に厳格なのですよ。そんなようなことを考えて私は自分のボスカイオーラを食べていた。今度やってきたときは間違いなくイカスミのパスータを食べてやろう。ここの店員どもは私がトマト系のパスータしか食べないのを影で笑って「赤茄子坊主」とか呼んでいるからイカスミなんか頼んだらきっと度肝を抜かれるぞ。何人かは死ぬぞ。そして救急車が呼ばれてパスータどこの話じゃなくなって私は結局イカスミのパスータは食べられないんだ。全く人生ったら無常この上もない!
  1. 2008/09/22(月) 21:39:54|
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弁当を高圧プレス

  雨が降っていたからです。寒かったからです。以上の理由から私は会社から離れた場所にある飯処へ行かず、近くの弁当チェンー店に行ったのです。やってきてみるとなにやら幟がそこいら中に立っていて新商品を「新商品ですよ!」とあたり一面に猛アピールしていた。なるほど新しいものが出来たから浮かれているのだな。ふふふ、ういやつ。私もどうれ、乗っかってみよう。と一つその新しい商品であるところの「豚を焼きましてそれを塩ベースで味付けましてな、その出来上がったナニを白いナニ(米)に乗せて黒いナニ(弁当箱)に入れました。(商品名失念)」というものを買ったのでした。買ったからにはそりゃ食べますよ。「弁当を買って川に捨てるのが趣味です」なんて、いくら飯島がひねくれているからって食べ物を無駄にするようなことはしない。同様の理由で買った弁当を高圧プレスすることもないしスーパーカーを用いて時速260キロで弁当に激突することもない。残念ですか?ああそうですか。普通にオヒスの一角で弁当を食べるのでした。思っていたよりも肉々感があり、「死んだ豚を食べている!」という喜びと征服感を強く感じられた。窓際で食べていたので雨が降っていたのがよく見えた。音はしない。音がする雨の方が個人的には素敵だと思うのだけど私の意向と自然のいとなみはあまり関係が無い。せめて屋根の無いところに行くと音がするかもしれない。しとしと。
  1. 2008/09/22(月) 13:10:12|
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カロリーやらロー

  仕事の後は近所の中華料理屋で酢豚を食べようと思っていた。思っていたのだけれどかなわなかった。なぜなら私が酢豚を選択しなかったから。そもそも中華料理屋に行かなかったから。というのも理由がありましてな。仕事がそろそろ終わりそうな頃に同僚がやってきて「あ、飯島さん。クッキー食べます?」「あ、飯島さん。ビスケットどうですか?」「あ、飯島さん。クッキーもっとどうですか?」と言われるままにそれらの焼き菓子を食べ、更に個人で所有していたチョコレートを一枚食べてしまったら酢豚分のカロリーを全部間食で取ってしまったのだ。だから私はノンカロリーやらローカロリーやらの味気ないものをコンビニエンスで買い込んできて自宅で食べ込んだのだ。食べながらしかし、何かが悲しい気分になったのでそうだ、友人と一緒に明日は飲みに行こうとメールを打ったら速効で断られた。そういう時もある。明日も一人。全裸でも一人。
  1. 2008/09/21(日) 21:22:12|
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edokkoの血

  「時代を動かした」と言われたラメーン屋が「もう時代を動かし終わった」という噂を聞いたので仕事の合間、昼休みに食べに行く。以前は地平線まで延びた行列と東京中に支店を出すその剛毅な姿勢から「太陽の沈まぬラメーン屋」と称えられたかの店であるがすでに太陽は沈んだようでいたるところにあった支店は影も見えず、ここ本店も行列どころか家族連れが一組麺をすすっているだけである。ともあれ一時代を築いたラメーン屋だ。そこらのちんけなヘボラメーンとは別格であろうことは想像に難くない。私の「あんまりラメーンって好きじゃない」の気持ちを覆しておくれ!なんてドラマチックな心持を抱えてカウンター席に座って塩ラメーンを頼む。醤油で産湯をつかったようなedokkoの血を引く飯島のこと、基本的には醤油ラメーンしか食べないのだが「当店の代名詞!」とまで言われたら頼まざるを得ない。三人称単数。ということでやってきたのは塩ラメーンだけれど、見た目はトンツコに激似である。まるで蒼井優と宮崎あおいの如く似ている。ほかの人は「全然似てない。すぐわかる。」と言うのだけれどどっちも「あおい」だし私はまるで見分けがつかない。あおい輝彦はすぐわかるのだがあおい輝彦はどちらのあおいとも競演しない。ともあれ今回飯島が賞味するのはあおい某ではなく塩ラメーンだ。ちょっと箸でつまんでちゅるちゅるっと口から喉に通してみるとなんだか完成直前のやや固めのチキンラーメンのような食感のような気がした。「の」が多い。ちょっとスナック菓子のようだ。ラメーンというのはもしかするとスナック菓子の延長ではなかろうまいか。これって実は大変なことを気づいてしまったのではなかろうまいか。だがきっと私はまだきっと私はまだきっと本当においしいラメーンというのを知らないのだろうな。行列ができている店には入らない主義だし。今度東京に核ミサイルが落ちて人口が八分の一くらいになったら行列もたいしたことが無いだろうから行ってみよう。核ミサイルが落ちないようなら仕方が無い。ラメーンには縁が無かったと思ってあきらめよう。あと核ミサイルで私が死んだら当然だけど行けないわな。死んでからでも入れる店とかがあれば重宝するのにねぇ。
  1. 2008/09/21(日) 13:38:48|
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焼肉を80

  先ほど買ってきたプリンやらゼリーやらを持って祖父母の家に行く。すると事前に通達していたからか夕飯を用意して歓待してくれた。もともと巨大プリンが食べたくて、でも一人では食べ切れないので敬老の日をかこつけてお爺様方と分けて食べようと本心のところを言えばそういうところだったので助かった。いきなりプリンとゼリーを開陳し、さぁ食べたまえ、では色気が無いし私も食べる気にならない。ということでまずは夕飯である。相変わらずオイリーものが大好きな人々で油でメタメタになった焼肉を80過ぎたお爺様やお婆様が食べていた。私はしかし、あんまり油があれなので食べられなかった。はやくプリンが食べたいなぁ、なんつって思いながら食べ終えてプリンを食べた。ああ、6人前くらいのプリンだったので6等分して一人前を食べたけれど3人前くらいならぺろりといける感じだった。だっておいしいから。おいしいものは三人前までイケルって、常識ですよね。冷蔵すれば二日もつプリンだったので一人で全部食べられた感じだ。ああ、くそっ、と自らの軽率さを嘆いたけれど思いのほかお爺様が気に入ってしまいいくら食べても「あれ、さっきの食べたっけ?」と申すので少し背筋が寒くなりました。また買ってこようかね。
  1. 2008/09/20(土) 19:48:48|
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紅茶ミルクゼリー

  東京で五指に入る、と言われるケーキにやってきた。「ケーキ屋」と聞いていたのでケーキ屋だと思っていたのだが行ってみるとあんまりケーキ屋ではなかった。いや、ケーキ屋ではあるのだけれど。私の知っているケーキ屋はほれ、どこもガラスケーキの中に10から20種類のケーキが入っているのだけれどこの店がせいぜいが5種類くらいしかない。しかも半分以上がゼリーとプリンだ。どんだけぷるぷるしたものが好きなのか。そりゃ私だってぷるぷるは好物だけさ。イートインできるようなのでゼリー三個とプリン一個をその場で食べる。ゼリーヌ、おお、ゼリーヌ。ぷるぷるしている。口に入れると驚くほど速くとける。ええ、さっきまでぷるぷるしていたのに口の中でどうなっているのです?ねぇ、ちょっとどうなっているのです?男一人でゼリーをモリモリ食べてテンシオンが上がっては店の人から気味悪がられるのでなるべく無表情で食べていたがたまに抑えきれずににやっとする。ふふふ。紅茶ミルクゼリー、ブラッドオレンジゼリー、そしてグレープフルーツの果肉入りゼリー。柑橘系で似たような味を間違えてセレクトしてしまったのは私の失態だがそんなことは問題にしないぐらい心に響く。私が甘いものを食べ始めた当初の目的を思い出させてくれた。私は感動したかったんだ。ああ、心が震える。ゼリーのように。そんな感じで途中まで純真に「おいしいおいしい!」と思っていたのだけれどさすがに四個連続でぷるぷるしたものを食べていると精神的に何かがおかしくなる。目の前のものがすべてふるふる震えているように見える。手に触れるものの現実感が次第になくなっていく。麻薬のような所業である。ちょっとこれは誰かに食べさせなければ人間としてどうかしていると思い、お土産にプリン5人前とゼリー3個を買った。さすがに買いすぎた。祖父母に分けよう。敬老の日は5日くらい過ぎたがまぁ、老人を敬うのはいつだって良いことだろう。ゼリー喰え、喰って長生きしろ。
  1. 2008/09/20(土) 15:11:49|
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あるかと思ってメモ

休日日記。
  台風が来るとかなんとか騒がれていたので仕事の予定も全部キャンセルして自室に引きこもっていようと思ったらおい、なぁ、どうしたことか。まさかの日本晴れである。いきなり宙に浮いた一日が出来てしまった。だがここで焦らないのはさすが、大人の男飯島である。「こんなこともあるかと思ってメモ」を見る。するとそこにあらわれたのは「まだ見ぬケーキ屋たち」リストである。その中で目黒から最も近いもの、奥沢のケーキ屋に行く。私はずっと「奥沢」というくらいだから奥沢は東京の奥地、わけのわからない県の県境にあるのかと思っていた。だが最近になってようやく奥沢は目黒から目黒線で数駅の20分もかからないところだと知り、俄然行く気になっていたのだ。ということでやってまいりました奥の沢。とはいえ空きっ腹にケーキを入れるのはあまりにもケーキに対して無礼である。ケーキというのは完全なる嗜好品、決して昼食のような生活必需食ではないのだ。だからまずは喫茶店に行く。はて、昼飯を食べに嗜好品であるコーフィを売る店に入るとは飯島、気でも狂ったか。いえいえ、元々です。ここの一階がパン屋になっていて、そこの絶品パンをバンズに使った喫茶店オリジナール・ハンバガーを出すという話を私は、誰が、私が聞いたのです。そして実際に食べてみたらなるほどね。やっぱりパンが違うと違うね。私は日本のファーストフードバ-ガーチェーン店の何がイヤだってあの根性の無いバンズがイヤなのだ。アメリカの食べ物はまずいまずいと言われるがハンバガーはうまいぜよ。その一端を担っているのが誰あろうバンズの親方なのだ。親分!それを軽視して中身ばかりゴージャスにするからバランスの悪いヘボバーガーになってしまう。だがこの店のバンズのしっかりしていることよ。中身よりも強い。だから間に挟まっていた揚げたフィッシュの印象が驚くほど小さく、「良質なパンを食べた」というような記憶しか残らなかった。ま、おいしかったから良いけど。それから私はバーガーを食べに来ることばかり考えていてこの店が喫茶店である、ということをほとんど忘れていたのだがやっぱり喫茶店ですな。ですがな。とってもフルーティで飲みやすいコーフィなの!「これ、黒いマンゴージュースだよ」と言っても通じるくらい。やっぱり通じないくらい。ともあれおいしいコーフィなのでした。マンゾクゥー。店を出て少し奥沢を歩く。なんだか良い街だ。台風一過のせいで空気が澄んでいるせいもあるかもしれないが非常に住みやすそうだ。何より駅前にキャッフェがたくさんあるのが良い。目黒なんか都心の駅なのにキャッフェが少ないからどこも大混雑しているのに。いずれ私が何かの手違いで億万長者になったら奥沢に別荘を買おう。そしてぶらぶら歩こう。出し忘れた手紙がカバンの奥でひしゃげていたので駅前のポストに投函した。明後日くらいまでに届くといいな。
  1. 2008/09/20(土) 12:10:52|
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ライスもしくは白米

  何かを、中華を、もしくは定食を、雨の中を歩くながらバラバラになった思念を抱いていた。とはいえ五反田の職場と目黒の自宅は思ったよりも近くにある。何も考えずに、もしくは考え過ぎながら歩いていると意外と一瞬で着いてしまうのです。だから油断をせずにあたりをうかがうと一軒の中華料理屋があるではありませんか。中華料理、だと少し私の心が望むものよりもコッテリし過ぎているような気がしたましたのですだけれどその店はほんのりジャパニーズテイストを帯びていたのです。なぜならその店は日本国内の店だったからです。ともあれ何はともあれ店に入るとすべて日本語でメニュールが書いてあった。南無三!寝過したか。いいえ、ケフィアです。そこで私はAセットというものを食べた。Aの内訳は肉野菜炒め、餃子、スープー、漬物、そしてライスもしくは白米と呼ばれるご飯。だったのです。食べて私はなんだか懐かしい気持ちになった。私がもっと小さな私だった時に私の家の近くにあったような私の中華料理屋のような、そんなような気がしたのです。なぜなら壁にそのようなことが書いてあったのです。ここの店主は近所の中華料理屋がつぶれてしまい、それがあまりに悲しかったので自分でその中華料理屋を再建しました。らしいの旨のことが壁に書いてあったのです。これを読んで郷愁を感じない人間は人間として大切なものが欠けている。もしくは欠けていない。そんな感じでちゅうちゅう食べてぬらりとなった飯島は液が染み出るように夜に溶け出してスーパーに寄ってから帰る。なぜスーパーに寄ったか。それは明日台風がやってくると聞いたから。世に言う買い溜め。でも一食分しか買わない。台風は過ぎてゆくものだから。一食分で事足りると飯島は断ずる。足りなくなったら謝ろう。誰に、自然に。そして私は死ぬかもしれん。
  1. 2008/09/19(金) 22:12:53|
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日本国ではコイン

  ノライ弁。つまり私はノリ弁を食べた。本当はノライ弁ではなく、もっと何か心にギュッと来るものをトゥーザマウス。口にしたかったのだけれど空から大量の水は降ってくるし、上役からは「飯島の昼は二時にやってくる」とか宣告をするしで結局は会社近くの弁当チェーン店くらいしか選択肢がなくなってしまったのだ。ええい、こりゃこりゃ、えい、こりゃこりゃ。そしてチェーン店に来てみれば、あほうれ、ノライ弁が安いじゃないのさ。巷で騒がれているワンコインランチの半額で弁当を売っている。ワンコインと言っても日本国ではコインの中では一番高いコイン、500円硬貨のことを指すのが通常でありこの場合のワンコインも500円を意味している。そのワンコインの半コインは250円だけれどこれは最小でもサンコインである。だからなんだと言われればなんでもない話なのだがワンコインよりも安いサンコイン。ほほえましいような気持ち悪いような若干の面映さ。オヒスに戻って弁当を食べた。ノリの下にかつぶしが引いてあり、それがまた良い感じのような邪魔くさいような面映さ。面映さ(おもはゆさ)。250円の弁当で三食を済ますと知っているか750円で一日を送れる。昼に節約したと思って晩に三千円くらいのハンバーガーを食べてしまう飯島には関係のない話だけれど。
  1. 2008/09/19(金) 14:10:55|
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覚してミス

  中途半端な気持ちでパンを買う。そして自宅へ戻ってパンを食べる。今日は夜に仕事の電話がかかってくるので心を落ち着かせて夕食も食べ終えて待っていなければならない。ああ、そういえば私はまたミステイクをしましたぜ。飯島は全くミステイクの多い人生を送っておりましてな。初対面から2~4回対面までは飯島のことを「しっかりした人だ」と思うのだけれど5回目くらいから「怪しいぞ」と思うようになり10回を超えると「なんとも頼りのない人だ」と思われるようになる。できるなら最初の一回目くらいから「なんだかヘボな人が来たぞ」と思われたいのだけれどきっとメガネをいつもしているせいだろう。勘違いされることが甚だしい。そんな感じで今日もヘボ島のヘボなところが発覚してミステイク。少々意気消沈してパンを食べる。そろそろ電話がかかってくる。まだかなまだかなー。学研の、マナカナまだかなー。
  1. 2008/09/18(木) 21:12:32|
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びしょのレーヌー

  麻婆丼と鶏そばのハーフ&ハーフを食べる。なんだか東京は物騒なことで近々タイフーンが来ると聞く。その影響で雨が降っているのだが昼休みにちょいと出るだけならば、と日本の気候を舐めてかかったらば舐めたなりの罰を受けた。会社を出てちょっとするとザンザと野郎めが降りかかり飯島びしょのレーヌーである。そんな中で一件、定食屋の暖簾をくぐると「あ、すんまちん。もう終わっちゃっポンのですよ!」などと言われる。時分の頃は二時を過ぎ、である。ぎゃっ、である。だので雨の中をまだまだ歩いてようやっと開いていたのが麻婆豆腐専門店。半地下の店内へそろりと侵入してそろりと注文する。麻婆丼と鶏そばのハーフ&ハーフを。しばらくすると麻婆丼がやってきた。ハーフだと思っていたがこれはこれは、思っていた以上にハーフである。むしろ三分の一的な量ではあるまいか。一口二口食べていると鶏そばも来た。こちらもなんだか三分の一風味。あら、案外少ないのね。とあきらめ気分でいたらばもう一つ、杏仁豆腐がやってきた。これは四分の一くらいの大きさがある。三分の一が二つと四分の一が一つ。かなり「一」に近づいた。お味の方もさすがは専門店だけあってそこいらの中途半端な和田アキ子的な麻婆豆腐とは一線を画している。やるじゃんやるじゃんジャンバルジャン。鶏そばは普通でしたが引き立て役としては良い感じの性格俳優。そんな飯島、満腹で店を出ると強まっていた、それは雨。走るでもなく歩くでもなくゆるゆると早足で進む。オヒスに着く頃には傍目でそれとわかる程度に濡れていた。15分で乾くほど。15分で乾いたほど。
  1. 2008/09/18(木) 13:31:33|
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殴打は専門外

  温厚で知られた飯島ですが、昨日は久々に本気でぶち切れた。何にって洗濯機にだ。壊れたのか知らないが勝手に人の衣類を茶色くしやがって。完全にとさかに来た飯島は洗濯機の首筋をつかむとそのまま振り下ろし、膝で洗濯機の胴を思いっきり突き上げたのだ。これには洗濯機もたまらず倒れこむかと思いきや、意外と平気な顔で突っ立っている。更に激怒した飯島に殴る蹴るの暴行を受けたがそれでもけろりとカエルの面にしょんべんである。素手での殴打は専門外とはいえ武術を修めた人間からここまでやられて何もしないとは逆に人間が出来ているのかもしれぬ。洗濯機の癖に。ともあれこの洗濯機は昨日、水道工事の人間がいじってからおかしくなったのだ。彼らは今日も来る。だが私は今日は仕事で出ている。そこで留守番に母を呼んだ。だので母に私の見立てと意見を彼らに伝えてもらうことにした。何があっても今日中に洗濯機がなんとかならない。早いところ洗濯を完了せねば明日は着るものが無い。いざとなったらコインランドリーだがコインランドリーは我が家の近くには無く、徒歩で10分くらいはかかる。ええい、どの街角にもコインランドリーがあったNYが懐かしいわい。ともあれ自宅に戻って洗濯機を確認する。私の言ったことが母にキチンと伝わり、それが水道工事の人に通っていればなんらかの手が打たれた可能性はある。だが現実の現実は母にすら私の思いは伝わっておらず、なんだか問題が増えた状態で飯島の前に提示されたのでございます。感極まった飯島はもう倒れてしまおうかと思った。とりあえず明日は仕事を休んでしまおうかと思った。そして一日泣きくれていよう。ああ、洗濯機が動かないよう。風呂場の排水管が詰まっているよう。脳みだれて、脳みだれて、心、みだれて。
  1. 2008/09/17(水) 23:03:07|
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写真家で着物デザイナーで何かそんなようなものです。

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