カル会

芸術家日常

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和主

  最初は「大陸焼きそば」というかた焼きそばを食べるつもりだった。でも気が変わった。昼に油気の強いものを食べたらもう食べたくなくなってしまったのだ。こういう時はうどんだろう。お腹にも見た目にも優しいうどんだろう。そして私はうどん屋に行くのだけれどうどん屋は混んでいた。100%混じりっけなしに混んでいた。すべての席がふさがっていた。そこへ飯島が乱入して「生きて今、席を立つか。五秒後に死体となって席から引きずりおろされるか。どっちか好きな方を選んでいいぜ。」とショットガンを装弾するようなことはしない。私は平和主義だしショットガンは持っていないのだ。だからうどん屋に入るのは諦めて近所の中華料理屋でチャハーンとみず餃子を食べていた。平和主義的な夕飯だ。そして家に戻るとトレーニング用のシャツが届いていたので着てみると寸法を間違って注文をしてしまったのか妙に身体にぴったりしている。恥ずかしいほどボデーラインが強調されている。これではあんまりみっともなくて着ていけない。もう痩せるしかあるまいて。ああ、トレーニングウエアーを着るためにトレーニングをするという価値の逆転が起こっています。私の中で何かが動こうとしています。大きくて丸いものが動こうとしています。そんなことを考えながらフィナンシェを食べる。砂糖をたっぷり入れたコーフィを飲む。肥えろ飯島、天地の間で。
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  1. 2009/03/31(火) 20:35:40|
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もなく「た

  「たらこスパゲテー」か「ハムカツとクリームコロッケ」か。社員食堂で飯島は大いに揺れた。ぶわんぶわん揺れた。隣の人にガンガンぶつかって「チッ」と言われたり女子が横に吹っ飛ぶくらいに揺れた。普段の私ならばこの二つが並んでいれば一も二もなく「たらこスパゲテー」だが今日は夜にかた焼きそばを食べようと思っているのだ。そうなると麺類が昼夜でかぶる。それもこの社員食堂には「湯切らずのトムおじさん」と勝手に私が呼んでいるジョーカーがいる。彼がパスタを担当するとまったく湯切りをしないのであらゆる麺類が水浸しのでろでろになってしまうのだ。見れば今日もいるじゃないか。そうなるとハムカツとクリームコロッケになりそうなものだがよく考えよ。かた焼きそば、というのは実は揚げた麺のことだ。昼夜で揚げものが被るではないか。そんな高カロリーヌな生活をしてよろしいのか、飯島よ。昔だったら多少の押し出しがあった方が威厳があってかっこよかったのかもしれないがこの今の時代は少しでも腹を出すとやれメタボだなんだと包丁を持った悪い奴らがやってきて出てきた腹を切り落とす。すると私は内臓がぴょこんと飛び出してあれよという間に死んでしまう。困るねぇ。死んでしまえば困るも何もないけれど私は今少し生きていたいよ。ちょっぴりやりたいことが残っているのさ。というわけで私はハムカツとクリームコロッケを食べることにした。言ってることとやってることが全然違うのが飯島の人間としての特権だ。何も合理性を追求するだけが人間ではない。ハムカツはいつも通りくどくて閉口したがクリームコロッケには少し驚いた。普通だったのだ。社員食堂で普通のもの!昼休みを終えてオヒスで同僚に「クリームコロッケが普通だった!」と申すと向こうさんもやはり興奮しながら「確かに普通だった!」と乗ってきた。別の同僚が憐れむような眼で我々に視線を落として。
  1. 2009/03/31(火) 13:29:22|
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動感はつ

  カジキよぅ。カジキマグロよぅ。大きな海を泳いでいたと思ったらばざっくりモリの一刺しで絶命したかと思ったらば氷でカチカチに固められてヤッポンという島国にやって来たのです。その島で死体をバラバラにそれこそ200人が一時に食べられるぐらいの大きさに切られたと思ったら東京は北区のオヒスで変な液体にからめられて火であぶられる。意識は最初のモリの一突きで終わっているだろうし自分の身体の二百分の一がどうなろうと魚類的にはどうでもいいことなのかもしれないがそんなこんなで長旅を終えたカジキが私の目の前でくったりしていた。海を泳いでいた時のあの躍動感はつゆとも感じられず、料理人の愛のない調理法によって随分パサパサにされてしまっている。それでも君はおさかななのだね。食べれば広がる、海はよぉー♪牛肉でも豚肉でも羊肉っぽくもないところがまさに魚肉っぽい。もっと「元は生きている存在だった」ということを意識すればこんな手抜き料理にならないと思うのだけれどどうしてだろう。社食作りってそんなにも人の魂をすり減らすものなのかしら?食材とキチンと向き合ってあげて。私が死んだら、おいしく食べてほしいもの。パンに挟んで飯島サンドとかにもして欲しいな。すぐに売り切れるのはいいけれど、ガツガツ食べずになるべくゆっくり味わってほしい。そして最後に私とは全然関係ないデザートを食べて食事のことはすっかり忘れる。そういう人に、私はなりたい。
  1. 2009/03/30(月) 13:15:21|
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パリで、な

  パンばかり食べる。なぜならパンが好きだから。今日はカツサンドを買ってきて食べていた。カツサンドはパンと言ってもあまりパンらしくないがパン屋で売っていたものだしパンに挟まれているのでパンとしようじゃないか。それに食後はデザートパンが待っているぞ。そちら方面のパンは買うつもりはなかったのだけれどショコラデニッシュがあまりにもパリパリで、なんていうかこう、わかるかな、こう、良い感じに空気を含んだいたのだ。これはもう私が買ってやらねばならない。だって空気がこう、入っていることはあまりないのだし後数十分もすれば空気が抜けてしなしなのヘボングパンになってしまう。早く私の口に収めなくては!そんな使命感に駆られて買ってきたパン。よろしくどうも、飯島です。よろしくと言いながらも早くもパンにかじりつき五分後には腹中に収める。残酷な人間ですよ、飯島は。とはいえパンに人権なし。私がどう食べようと私の勝手なのだ。この世はパンに冷たい世の中だ。日本でパンの地位向上のための「パン革命」が起きるまでは私は態度を改めるつもりはないね。私にとってパンはただ食べるためのものだ。悪かったな。パンがこのブログを読んでいたら激怒するかもしれないが構わない。パンに自宅を特定されて爆弾を送られてしまうかもしれないが構わない。完全にパンを侮っている。飯島がパンに殺される日は、あるいはもうすぐなのかもしれない。
  1. 2009/03/29(日) 19:02:12|
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ぜか85

  大塚に来た。用があってやってきた。だがその前に私にはすべきことがある。食べるべきものがある。昼飯サンバイザー。サンバイザーは関係ないけれどとにかく昼飯だ。うなぎでも食べようかね。手近にあったうなぎ屋に入ってうな丼を頼む。うな重は安くても1260円なのにうな丼だけなぜか850円だ。確かに一般的にはうな重とうな丼ならうな丼の方が安い傾向にあるが、それだって容器が違うだけなのだ。ほとんど値段は変わらないはずなのになぜこの店は400円以上も違うのだろう。不思議に思ったがきっとそういう流儀の店なんだ。そう思って頼んでみたが出てきたものを出てきて飯島、サッと顔が青ざめた。これは、、、ひどい。日頃、社員食堂で出てくる昼飯を口をきわめて罵っているがその罰が巡り巡ってやってきた。このうな丼、食べる以前の問題がある。うなぎの量が、うなぎの量が、丼の上四分の一も乗っていないのだ。四分の一以下というのは想像するのも難しいだろう。例えるなら日の丸弁当。あれは真ん中に梅干しがぽっちり乗っているだけだが、あれがうなぎだったらと想像出来れば私の目の前の状況の8割は説明がついたようなものだ。そう。かほどまでに状況は悪い。これはもう決してうな丼ではない。ただのうなぎのタレ飯だ。850円でもとんでもなく高い。私には280円くらいの価値しか見出せない。食べてもまったくの飯ばかり。さる料理評論家の本に「その店の真価を知るにはメニューにある一番安いものを頼んでみるといい。そこが一番手が抜ける場所だ。お客さんをどう思っているのかが如実に出る場所だ。」とあったのを思い出した。ええ、まぎれもなくひどい店です。食べ手をバカにしている。せめて注文の時に一言言ってくれるか写真を載せてくれればこんな間違いは犯さないというのに。ここで何か別のおかずになりそうなものを頼むのも業腹なのでそのままもさもさ食べていた。こんな私を厨房の人は不憫に思ったのかタレが濃い目にかかっている。しかし濃すぎてしょっぱい。タレ丼と割り切っても微妙である。ああ、うなぎを食べに入ったのに猛烈にうなぎが食べたくなっている自分がいる。もっとうなぎを!目には目を!歯には歯を!飯島にはうなぎを!世界よもっと丸くなれ!
  1. 2009/03/29(日) 12:48:25|
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皮」「クリ

  結局ケーキを二個食べてきただけで自宅に戻ってきてしまったがそういう人生もありだろう。間違った人生というのは存在しないのだ。あるとしたら周りの人間がそう言っているか本人がそう思っているかのどちらかでしかない。私も今日は「ケーキを食べに出た」のだと思えば全く問題なく有意義な一日を過ごしたことになるのだ。ああ良かった。助かった。飯島の毎度ながらの問題の解決方法である。哲学による解決。あるいは屁理屈による解決。でも食べたケーキのうちの一つは本当においしかった。もう一つの方はそれなりにおいしかった。おいしかった方はすなわちエクレアである。だがただのエクレアではない。豪華なエクレアだった。普通エクレアは上から「塗り」「皮」「クリーム」「皮」という非常にシンプルなものだが私が食べたものは「皮」、そういきなり皮で「塗り」がなかったのだけれど問題はそこではない。「皮」「ナッツ」「クリーム1」「クリーム2」「カラメルソース」「皮」だったのだ。おいどうだい!テンシオンが上がるじゃないか!上がらない?ああそう。悲しい人生ね。ともあれそのエクレアで今日の私は救われたのだ。いい気分で自宅に帰ることが出来たのだ。家に戻ったらもう外に出たくないと外にいる時から思っていたのでおにぎりを一杯買っておいた。おにぎりに囲まれて暮れる土曜。明日は日曜。
  1. 2009/03/28(土) 19:28:38|
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回のキー

  実は水道橋には武術に使うグローブやら何やらを買いに来たのだった。ここに専門店があると古い雑誌の切り抜きから知ったのでそれを持ってやってきたのだ。だがやってきたのはいつもの飯島である。地図はあれどちっともたどり着かない。どうしたものか。ああ、そうか。今回は雑誌の切り抜きを持っているのだからそこに載っている電話番号に電話をすれば良いのだ。いや全く人類の文化はいつだって出来そこないの飯島を助けてくれる。だが今回はその限りにあらず。「・・・電話番号は、現在つかわておりません・・・」そうか。そうだったのか。今回のキーポイントは「古い」雑誌からの切り抜きだったのだ。店はとっくのとうに潰れておったのだ。私がいくら探しても見つかるわけがない。だがそうだ。ここ水道橋からお茶の水は一駅の距離であり、お茶の水はなぜだかスキー用品の店が異常に多かった。スキーはもうシーズンオフだろうからきっと他のスポーツ用品を売っていよう。グローブくらい2,3件回れば扱っている店くらい出て来よう。そんな軽い気持ちで歩いて行った飯島さんですが、またもや現実という固い壁にぶつかって縮こまりえーんえーんと泣くのです。どっこにもグローブは売っていない。未だにスキー用品ばっかり売っている。そのうちの一軒にダメもとで入り、この辺で武術用グローブを売っている店を聞いてみたが「この辺りにはスキー用品の店しかありませんねー。後楽園の方はたくさんあるのでそちらに行かれてはどうでしょう。」と言われた。そうか、後楽園なのか。他に手がかりのない私はさっそく地下鉄に乗って後楽園に行ってみたけれどどういうことかね。ただボヨーンとでっかく東京ドームがそびえたっているだけでどこにも武術用品店がない。そういえば私は何回か後楽園駅で降りたことがあるがそんなものがあったなんて記憶にもない。どうしよう。どうしよう。めそめそしてきた。今日はもう諦めて明日にしよう。ちょっと遠回りして飯田橋から帰ろう。その途中に武術用品店があるかもしれないし。しかし私の選んだルートはやはり全然ダメダメで白壁と石垣しか見えないのでした。ああ、私は一体何をしているのだろうか。何のために生きているのだろうか。ああ、ケーキ屋だ・・・。そうか、ケーキのために生きていたのか。入ろう。食べよう。ケーキ。二個。
  1. 2009/03/28(土) 15:18:29|
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ヒスの同

  用があって水道橋にやってきた。なんだかイヴェントがあるらしく人の出がすさまじいが私の用とは関係ない。だがその前に例のアレ行ってみよう!そうさ、腹ごなし。いつもの昼飯さ。普段は社員食堂でご飯を食べ、罵詈雑言の嵐をブログに書き連ねオヒスの同僚が読んだりして「何もそこまで・・・」と職場の空気を悪くしているのだが今日は休みなので外で食べられるから安心だ。どれだけけなしても誰も傷つかない。でもできることなら誰もけなしたくないの・・・。知ってる?人を殴る時は殴った方の手も痛いの・・・。でも当然ながら殴られる奴の方がもっと痛いけどな。そんなわけで私はハンバルガーを食べるのでした。それもチェンー店のものではなく今流行りの「高級ハンバルガー」と言う奴だ。一個千円くらいの。水道橋駅のすぐ近くの店に入り、私はチーズバーガーを頼む。店内はいかにもアメリカンアメリカンしているが私は知っている。アメリカで食べるハンバルガーで日本で食べるようなおいしいハンバルガーに出会うことはないということを。だから私は本場とは程遠いがそれゆえに高い完成度に達しているハンバルガーを祝福しながら食べる。この店は具がバラバラになってやってきた。そして「もし全ていっぺんに食べるんでしたらこれをご利用ください」とハンバルガー用の特殊なナプキンを置いていく。というかハンバルガーをパン、野菜、バーグ的な部分、とバラバラで食べてどうしようというのか。ご飯を頼んでそれぞれをおかずにすればよいのか。ともあれあたしは一般的なウェイで行くよ。すなわち一つに大合体させてそしてイントゥーザマウスするけぇ、姉ちゃん見とってや。ガブリ。むしゃりむしゃり。おお、こいつはまぎれもなくハンバルガーじゃあ。どすこい。よっしゃよっしゃ、ハンバルガーじゃあ。もろ手を挙げて踊り出したら自然とご覧よ阿波踊り。わりかしうまかろうも。なんというか荒い。その荒っぽさがうまいんじゃ。ハンバルガーに計算されつくした味わいはいらんのんじゃ。そんなもん、こうしてこうしてこうしてこうじゃい!食べ終えたらだらだらせんと店をば出るぜな。このハンバルガー屋の近くのマッキングドナルト・ハンバルガーチェーンは列が異常なことになって膨れ上がって道路にまで飛び出していた。おまいらこっちの店ば入られよ。マッキングドナルトは水道橋でなくともそこいら中にあるのだから。でもこっちの店に入ってきたら人が多くなって飯島は不機嫌になる。やっぱりマッキングドナルトにいろよ。お互いあまり密着せずに生きていこうじゃありませんか。
  1. 2009/03/28(土) 12:55:50|
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てびゅ

  飯田橋にうまいうどん屋がある。そういう噂を一ヶ月くらい前に聞いた。すぐにネットで調べて地図をプリントアウトしカバンの中に入れっぱなしになっていたのだが今日はその地図が役に立つ。ついに行くのだ。うどん屋へ。もう長いことカバンの中に入っていたので角が擦り切れてへろへろだが今日一度行ってしまえばもう地図なんていらないさ!飯島脳が覚えてしまう!だがしかしまず最初の障害が飯島を悩ませる。水だ。大量の水が天から降りてきて飯島を水で包んでしまうのだ。水の中だと人間は息が出来ないのが通りでありしかも水は冷たい。お湯ではないのだ。これは風邪をひいてしまうね。だがうどんのためならなんのその。飯島は動く。中々のスピードで動く。飯田橋で降りてびゅんびゅびゅーん。うどん屋めがけて一陣の風のように。迷うこともなくうどん屋にたどり着いた私はしかし、そこで第二の障害にぶち当たったのでございます。「本日貸し切り」。ずどーん。この障害で飯島撃沈。ええい!ええい!唐突に貸し切りにするのなら店主も店員もキチンと祈りおれ!「今日、うどん屋に来ようと思っている人」全てに夕方の営業が貸し切りであることを脳に直接届けるんだ!それが店主としての責務じゃなかろうか!私は絶望と雨にまみれてずぶ濡れていた。このままメェグローに帰ってはくやしさから必ず風邪をひいてしまう。そうはいくまい。そうだ、私の飯島グルメメモは何もうどん屋一軒だけが書かれているのではない。他に飯田橋は何がある!というわけで私は一軒の洋食屋に入るのだった。ここは安くておいしいと評判の店だ。どれどれどんな具合かね。私はとりあえずミックス定食というものを頼むと読みかけの小説を読んでいた。読むこと4ページあまり。目の前にはミックス定食があった。左手にタルタルソースとウスターソースの両方がかかったメンチ、下になんだかわからないさつま揚げ的なもの、上にから揚げ的なものとスパゲティーナポリタン、右にスタミナ炒めと上下左右から攻め込んでくる凄まじいミックス感だった。モーニング娘とエグザイルとダ・パンプが集結した感じ。どれもこれも人数が多いけれどテイストがどことなく似通っている感じ。一口食べてそして思った。「濃(コ)!」なんという力強さ。おそらく店主はここ数年、場合によっては数十年味見をしていないのではあるまいか。世の「男の子」たちの味覚に合わせているつもりがとんでもないところへ進んでしまっている、しかし、周りの若いものどもはモリモリ食べているのだから彼の感覚は世間には通用しているようだ。ただ、私にだけ通じないようだ。どうも、世界に取り残された飯島です。とりあえず「全部食べた」ように見えるくらいまでは食べて店を出る。雨は少し弱まったようだ。電車に乗って家に帰る。食べたかったな、うどん。来週だな。生きていよう。せめてそれまで。
  1. 2009/03/27(金) 20:50:55|
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ツの風

  同僚とカツ丼の話をしていたら折り良く社食でソースカツ丼が供されていた。へへ、これは運命かもわからんね。早速私はソースカツ丼を一つ見つくろってもらったのだけれどこの運命は捨てて良い運命であったことが発覚した。驚くほどカツの風味がないカツだった。カツを食べているのに「ああ、カツ丼が食べたいなぁ」とずっと思わせるほどカツ丼らしくない。というかトンカツがトンカツではない。味と香りをこれでもかとそぎ落とした豚肉になんとなく形だけ小麦色のパン粉をはっつけたような代物で、とうていトンカツとは呼べない。そこにどばどばソースがかけられているので口中これソース一色である。ただソースを口に流し込んでいる。固形ソースを噛み砕いている。脳がしびれて食べながらぼうっとしてきた。ああ、トンカツ。食べるほどにトンカツが食べたくなる悪魔のトンカツ。先生、キチンとしたものが食べたいです。
  1. 2009/03/27(金) 13:27:24|
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スさんにセ

  から揚げ定食を中華料理屋で食べて帰る。ずっと仲違いをしていた中華料理屋なのだがそろそろほとぼりも冷めただろうと入ってみたらやっぱりほとぼりは冷めていた。というかここの店のウェイトレスさんからある日を境にひどく冷たい扱いを受けるようになってしまったのだ。理由はわからない。予想はつくが。ちょこちょこ利用していた中華料理屋さんでウェイトレスさんも私を覚え、二言三言喋るような間柄になったのだけれど急に事態は一変した。別に私はウェイトレスさんにセクハラをしたのでも妙な振る舞いを行ったわけでもない。だが、多分ではあるが、街中で手を振ったりなんかしている彼女のことを盛大に無視したのだろう。私は普段着が着物でひどく目立つため、目の前の人間の顔を見ているとほとんどの人と目が合ってしまい決まりが悪い。だから街を歩く時は全く人間を見なくなってしまったのだ。目の前の人間がどんな動きをしていても十数年来の付き合いのある親族でも歩いている時は全く気付かない。だからウェイトレスさんが私に対し何か存在をアッピールしるようなことをしても全く私には見えていないのだ。目が合ったように見えても内面の私はやっぱり何も見ていない。それで私の評判は知らないところで著しく低下することがよくあるのだ。だがもうそんなことがあってから一年くらいになる。ウェイトレスさんもきっと国に帰ってしまっただろう。もしくは私の顔は忘れてしまっただろう。というわけで入ってみたらばウェイトレスさんはおらなかった。ふぅ、助かった。そこで食べるから揚げ定食。懐かしいから揚げ定食。和風のから揚げにはない若干の辛味と軽味、小皿にもったマヨネーズ。ええ、好ましい。これはまた来ねばならんね。今度はこの「大陸やきそば」が気になるね。「最後までパリパリ!」だそうだ。最後までパリパリ・・・。かた焼きそばのこの言葉に何度だまされたかわからないけれどまたやっぱり騙されたくなるのが人情さ。来週に食べに来よう。手帳を開いてメモしておく。「たいりくやきそば」情熱だなー。
  1. 2009/03/26(木) 23:03:11|
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げろ!彼

  にくどうふ。肉と豆腐で肉豆腐。そりゃウナギとパイで肉豆腐にはならないわな。そりゃウナギパイだ。ちなみにウナギパイは夜のお菓子として有名だけれど本当にパイ生地にウナギを入れて焼いた料理も存在する。イギリス料理である。だがそんな洒落たものは社員食堂では出てこない。にくどうふだ。少しいやらしい響きのするエロ料理。ぷるりとした豆腐の上に肉をまぜた餡をかけたもので社食にしてはなんとなく気がきいている。スップーンですくいながら食べてみるとやっぱり今日のはちょっといいような気がしてきた。おお!なんか頑張ってるぞ、社食!と思ったけれど食べ進めていくにしたがって豆腐のヘボさが舌に残って徐々にげんなりしてきた。「まずい豆腐」というのは意外と精神にこたえる。豆腐というのは「意外とうまい」のが常であるような気がするのになんでこう味もへったくれもないただの四角い無精者にしてしまうのか。舌ざわりが悪い、旨みがない、スが出来ている。豆腐に謝れ!大豆に頭を下げろ!彼らがどんな思いで四角い姿になっているのか考えたことはないのか!ああ、普通はないですよね。私もこうして日記に書くまで一度もそんなことを考えたことがありませんでした。ああ、豆腐。なんだか口の中が頼りない。歯が歯ごたえのあるものを探してさまよっている。おいしい豆腐なら歯はこんな歯がゆい思いをしないのに。これが社員食堂。社員の情操教育なんて微塵も考えていないのさ。うまい食べ物が食べたいのよ。空はこんなに晴れているのに。うまい食べ物がここにはないの。せめて雨でも降ってくれれば泣けるのに。泣かない私はオヒスに戻る。午前と午後の記憶がない。
  1. 2009/03/26(木) 13:22:21|
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ィーズはニュー

  ハンバルガーだ。発進!ハンバルガー!そう、時代はハンバーガーですね。私はハンバーガーがないとダメな男なんですの。長いメリケン暮らしで最も頻繁に食べたもの、それがハンバルガー。本当は違うかもしれないがそうかもしれない。メェグローの駅前のウヘンディーズで食べながらまたもや過去を思い出してしまった。いやぁね。ウヘンディーズはニューヨルクに住んでいた時に最も近くにあったハンバルガー屋であるからね。一口食べるごとに頭をよぎる私の上を通り過ぎて行ったハンバルガー屋たち。インナナウト、カールズジュニア、ジャッキンザボックス、バーガーキング、ホワイトキャッスル、フジバーガー。彼らは今、何をしているんだろう?私のことなんて忘れちゃったかな。はなから覚えてないかな。ウヘンディーズのハンバルガーを食べながら目の前のバーガーを見ずに過去のバーガーを見る。私も爺になったものだな。振り返るだけの過去が出来てしまったとは。だが振り返るだけが飯島ではない。ウヘンディーズでさえ、見ろ。新作のハンバルガーが出ているじゃないか!と思ったら新作は「スーパークラシックバーガー」だった。ここにも過去を省みるものがいる。原点回帰。そういう考えもあるいは良いのかもしれませぬ。
  1. 2009/03/25(水) 20:01:01|
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砕・玉

  社員食堂で海老カツを食べる。こいつを献立表で見た時は心が躍ったものだ。だって「海老」カツである。「エビカツ」ではないのだ。そう!海が老いると書いて海老!ブラックタイガーとかちんまいエビはカタカナのエビだが、漢字の海老は伊勢海老とを始めとしたゴージャスでキラキラした海老たちにしか許されない。彼らがひとたび味噌汁にでも降臨されると途端にその味噌汁が一挙に一万円くらいになるスーパーマグナムな奴らしか名乗ることが出来ない至高の漢字なのだ。人間で言えば「代表取締役」という肩書きに匹敵する。そんな嫌らしい漢字を使われた海老カツなのだからさぞやスペクタキュラスなのだろう。社食なのに今日だけは8000円くらい取られるのだろう。でもいい。それでもいい!と、意気込んで社員食堂に入ってみると飯島の期待はいつものように粉砕・玉砕・粉微塵に吹き飛ばされた。ただの平べったい揚げものではないか。もしかしてあの高貴な方々はすりつぶされてしまっているのか?よよよ、なんとも落ちぶれたお姿で。ぐったりと力なく横たわる海老カツの宮様にさっと手を寄せ伸びてきたその手をガブリ。食べる。ほげー。海老感ゼロ。ただの白身魚のすり身フライだ。飯島の鍛え上げられた味覚を総動員しても海老の風味は感じない。高貴な方が落ちぶれた、というよりもそもそも高貴でも何でもないその辺のおっちゃんがただその辺にいるだけ、的な風情。海老である必要性すらない。食べれば食べるほど海老から離れていく。人生に不条理はつきものなれど、海老を語って海老でなし。この不条理は心を冷やす。
  1. 2009/03/25(水) 13:49:05|
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てのラメー

  ラメーンを食べる。先週だか先々週に中途半端なつけ麺を食べてから私の中のラメーン欲がおり火のようにくすぶっていたのだ。そこでラメーンさ。普通のラメーンが食べたかった。いわゆる支那蕎麦的なあれである。だから私はメェグローで最もか、最もから二番目くらいに古いラメーン屋に入った。ここは私の知っている限りでは親子孫と三代続けてのラメーン屋だ。今日入ってみるとその四代目らしき人が手伝っていた。おお、私は歴史の証人になる!その四代目は十代後半から二十代前半くらいの可愛らしいメガネ女子だった。ぶっきらぼうな感じが既にラメーン屋の主人としての才能を感じる。そこで私はチャシューメンを食べたのだけれど本当はネギチャーシュー麺(辛)が食べたかった。でも食べられなかったのだ。それには語るも涙の物語。実は本日、飯島さんのマンシオンは大規模な水道管工事を行っていて飯島家は水が全く使えないのである。だからここで大汗の出る辛いものなんぞを食べでもしたらシャワールが使えないのに大変気持の悪い思いをせねばならなくなる。ああ、あかんがな。というわけで普通のチャシューメン。それでも割りと汗をかいてしまった。これは久しぶりに銭湯にでも行くしかあるまいかな。そんな思いで自宅に戻り、なんとなく蛇口をひねると普通に水が出るのであった。あら。話と違う。もしかして今日の「日中だけ」断水だったのかもしれない。それでもシャワールを浴びている時に水が出なくなったら一大事だ。泡だらけの飯島だけが取り残される深夜、という抒情的な状態になってしまう。でもシャワールはやっぱり浴びたいのでよく考えながら浴びるとしよう。今、浴びているこの瞬間に断水になっても絶対に後悔しないよう哲学を組み立てながらシャワールを浴びよう。私の物事の解決方法はいつもこんなだ。
  1. 2009/03/24(火) 20:58:23|
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たものをパ

  社食でなく、外で食べる。外、と言ってもオヒスの外は一面の東京砂漠であり建物はたくさん建っているいるしその中に人間が蠢いているのだけれどご飯を食べられるところは全くない。だが、ゼロではない。そこがまた東京砂漠だ。あるにはあるが、どこにでもあるものしかない。とはいえどこにでもあるものをあまり食べない私であればたまには良いかもわからんね。というわけでオヒス近くのダイエーイに同僚と入る。そして同僚は先週私が食べたグフグフバーガーで鶏を辛くしたものをパンで挟みました的なバーガーを、私は餃子定食を食べる。同僚は終始渋い顔をしながら食べていたので、どうしたのかと聞いてみると「そんなにうまくない」という至極当たり前のことを言う。わかるわかる。私も先週食べたけど私もそんなにおいしくないと思った。でもそこで安易に相手をわかった気になってはいけない。人間対人間は常に理解できないラインのせめぎ合いなのだ。特に私は昔から他の人とは全く違う一般常識の中で生きているようなのでやはり安易に人に同調してはいけない。ともあれ今日の私には餃子定食があるのだ。これがしかし、ものすんごい量のニンニクが入っていた。こんな危険な分量のニンニクを女子供が手軽に食べられる餃子の中に入れてはいけない。今日の私の席は両隣が休みなので人に迷惑をかけずに済んだが今少し間が悪ければ私のあだ名は影で「ニクジマ」となっていたことは想像に難くない。食べ終えてから同僚とクレープでも食べようかという話になったけれど店の人がいない。少し待ったが戻ってこない。このままでは仕事に遅れるし、全然求める人がいないクレープ屋のクレープというのはあまりおいしそうでないのでオヒスに戻ることにした。途中で一本百円でジュースが買える自動販売機があったので缶コーフィを買った。百円という他より二十円ばかり安い値段のせいだろうか。少しぬるい缶コーフィだった。
  1. 2009/03/24(火) 12:41:08|
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そこは人

  ナポリタンスパゲテーの上にハンバグーが乗ったものを食べた。いかにも男の子が好きそうな料理だが実は飯島、こう見えても男の子なのである。だからついついそういうものが食べたくなっておいしくいただいてしまうのだけれど食べ終わるといつも過剰に摂取してしまったカロリーヌのおかげで自己嫌悪に陥る。そんな気分になるのなら食べなければ良いのだけれどそこは人間。弱い飯島は簡単に欲に溺れて堕落してしまうのだ。克己心で自分をキラキラに輝かすことができるのは一ヶ月に2日もあれば良い方だ。あとはずっと堕落している。その堕落に手を貸すのがわかりやすい悪魔ではなくナポリタンスパゲテーなのだから世紀末である。しかもハンバーグが乗っているのだから新世紀である。だがこの洋食屋が出来たのは戦後のことなので世紀の真ん中である。つまりヒゲの聖人が死んで100年単位で悪いことが起こったり良いことが起こったりするということはまずないわけで世紀末も新世紀もこれといって差のない一連の時間の流れなのである。えらそうなことを言っているが気を抜くとすぐナポリタンとハンバグーはやはりやりすぎたと自己嫌悪に陥ってしまう自分がいる。今日も矮小な飯島です。夜が更けていく。アイポッポのバッテリーは切れている。音の出ないアイポッポにイヤホーンをつないで耳に差し込む。何も聞こえない音を聞きながら自宅へ向かう坂を登って。
  1. 2009/03/23(月) 20:27:22|
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上に核

  厚揚げと鶏肉の味噌炒めを食べた。まずそうな外見だったがやっぱり中身もまずかった。世の中はまずいものでも大手を振れる。いやはや全く恥の無い世の中である。そもそもまずそうだったのだから別のものを食べれば良かったのだけれどそうはいかない。だって厚揚げと鶏肉は私の好物であるのだ。だから例え見た目は絶望的でも中身はきっと希望に溢れていると思ったのだ。だが現実を見よ。これが何十年も生きてきて飯島の世界だ。現実なのだ!いつか頭の上に核爆弾が落ちてきて死ぬと思ったら全然落ちてこずに年ばかり取るこれが現実なのだ!真綿で首を絞められるような悲劇。誰もかれも何もかも忘れながら少しずつ心を削っていくニッポンの現状。病んでいるのは世界ばかりではなく個々の個人。そして厚揚げと鶏肉の味噌炒め。こんなことなら職場近くにある唯一の飲食物提供施設であるダイエーイに行って餃子定食でも食べれば良かった。ちなみにわたくしはつくば万博が開催されている時に「大英博物館パビリオン」を「ダイエー博物館パビリオン」だと思い込んでいた。生家の近所にあるダイエーがもっと大きくなったものがつくば万博にはあるのだと胸を躍らせていた。ともあれ厚揚げと鶏肉の味噌炒め。ひどくまずく、無味乾燥でイラッと来た。目の前に最近私の同僚になった同僚が座って来たので私の人生を軽く開陳すると「見た目よりも深い人だ」という言われた。私の見た目はそんなに浅薄なのかねぇ。もっとこう、黒目と白目を入れ替えたような顔になればしっくりくるのかもしれない。あ、ちょっといいな。黒目と白目が入れ替わったような顔。そういう芸が出来る人はぜひ飯島に教えていただきたい。2500円までなら教えてもらい賃を出すよ。なんなら月謝として毎月払うよ。その代り二ヵ月で出来るように教えてなー。
  1. 2009/03/23(月) 13:47:05|
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人は「おぬ

  何かこう、米が三角形に握られていて中心に具材の入ったような料理が食べたいな。そういうものはどこかで売っていないか。近所にあるコンビニエンス便利店ならば色々取り揃えているし、そういうものがあるかもしれないと試しに入ってみたらあったのです。世間の人は「おぬぐり」と言っているその三角形の米握りが。早速買ってきて食べてみた。それだけでは少し恐ろしいのでサモウィッチも買ってきた。こちらは英国の食べ物でパンで具材を挟んだ簡易食料だけれど、外から挟んである具が見えるのが心強い。「おぬぐり」に古釘が入っていたら誤って飲んでしまうがサモウィッチならば外から見えるので大丈夫だ。古釘は避けて食べればいい。だがおぬぐりには別に古釘も毒薬も入っていなかった。ああ良かった。飯島は今日もなんとか生きのびた。野菜ジュースも一緒に買ったので飲んでみたらば意外とリアルに野菜なのでははぁ、21世紀の野菜はドロドロになった状態で市場を回っているのだな。と危うく納得するところだったが存外そういう話は世間では一般に知られたことなのかもしれない。飯島の不勉強で世間からどんどん爪はじきにされていく。おお怖い。21世紀は変化が激しくて嫌だね。雨も降ったりやんだりを繰り返しているよ。そして明日から飯島家は水道工事に入るのです。見知らぬ男どもが私がいない間に部屋の中を蹂躙する。恐ろしいことです。それまでに部屋を片付けようと思っていたのに思っていただけで部屋の中は結局何も変わっていない。乱雑な自室の真ん中でため息をつき、意味もなく夜が更けていくのをただうっとりと見過ごしている次第でございます。
  1. 2009/03/22(日) 19:46:16|
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ラパラ(踊

  目が覚めると身体が痛かった。病気か!?違うね。ただの筋肉痛だ。子供の頃は筋肉痛がひたすら呪わしかったものだが今は違う。耳を澄ますと筋肉の弾ける音が聞こえるようだ。ああ、なんだか涙があふれてくるよ。「新しい力が内から湧き上がってくる!」「飯島はまだ成長するというのか!」そうですよそうですよ。私はまだ先に進めるのです。全くありがたいことです。何も願わずに手を合わせる。そんな私はえっちらおっちら服を着て外に出るのです。今日は何軒かギャラリーヌを回る予定。とはいえ春のうちは外に一時間以上いると花粉症の薬の効果が切れて飯島は生ける死人になってしまうので恐る恐る外に出る。だが今日は雨が降ったりやんだりしていてあまり花粉が飛ばない気候なので助かった。ゆるゆると外を歩ける。そして一件目のギャラリーヌへ行く前にまずは腹ごなしといたしましょう。駅と自宅のちょうど中間のところにある中華料理屋にふらり私は入るのです。家を出る時はメェグロー駅前で餃子でも食べようかと思っていたのだけれどそこまで強固な意思ではなかったのであっさり覆って全然別の店で角煮チャーハンを食べる。見た目はなんだかまずそうなチャハーンだったのに食べたら意外とパラパラ(踊りではありませんのです)でそして角煮の量が丁度いい塩梅で入っていたのでおいしいのでした。角煮チャハーンだからと言って角煮をゴロゴロ入れられると食べにくくて口の中がしょっぱくなってかないません。そんな感じでふなふなスプーンを使っていたら奥様ばなり数人やってきて隣で何か熱心に話を始めた。私は何かテニスサークルの帰りだと思ってあまり注意を払わずにいたのだけれど奥さまの口から「マイトレーヤ」という言葉が出てきたので驚いた。知っての通りマイトレーヤとは「弥勒菩薩」を指す言葉である。だが一般人はそんなことは知らない。ただ、仏像マニアの飯島さんや宗教の研究家、そして新興宗教でそういったフレーズを多用するところがある。いずれの人だ。飯島さんは私本人だから無いとしてももしやいずれ名のある研究者か!であればお近づきに・・・。と思っていたのだけれど聞いていると何やら宇宙からのビームをみんなで受け止めてそれをゴセイドウとかいう行為をすることによって全員でいい具合に使うというなんだかよくわからない話をしているのであった。私は角煮チャハーンの代金を支払って一軒目のギャラリーに行く。現代芸術を展示していてこちらもまたよくわからなかった。「死んだ後のペットの世界」を表現しているようだが「死」自体をあまりに観念的にしてしまってただの感傷の世界になっている。世の中には宇宙からのビームが思いのほか溢れているようにみゆる。
  1. 2009/03/22(日) 13:30:15|
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うち。シュ

  髪をちょっと切った。そしてパンを食べる。駒込でパンを買って来たのである。でも何パンを買ったのかすっかり忘れてしまった。両方ともまんまるいパンで外見的には全く変わらない。食べてみたも似たような味であんまりよくわからなかった。片方がトマトが入っていて、もう片方はトマトが入っていなかった。でもいいんだ。食事のメインはそこではない。食後のケーキにメインがある。三個のケーキを私はそして食べる。シュークリーム、フランボワーズムース、ピスタチオのケーキ、である。今日はあんなに頑張ってイスラエル武術でカロリーヌを燃やしたのにこれで台無し。むしろ悪化させている。お金を払ってカロリーヌを燃やし、またお金を払ってカロリーヌを摂取する。げに理解しまじき現代人の心のうち。シューとフランボワーズムースは結構普通だった。シューは本当に取り立てるところはなかったし、フランボワーズムースは手を入れ過ぎてバランスがおかしい。中にチョコレートクリームが入っていたけれど、これはちょっと主張が強すぎたね。ってんでピスタチオのケーキにたどりつく頃にはまぁ大したことのないケーキ屋だったのかな、と思っていたんだけれど一口食べて私は正坐をした。やや!このピスタチオの風味!そして食感・・・。中に入っているフランボワーズのコンフィチュールの出来も相当なもの・・・。甘く見ていた。ケーキだから甘いのは当然だけれど。私は甘くみていた。おそらくこの店は季節ごとのケーキよりもレギュラーメニューの完成度が高い店なのだな。これは飯島甘かった。ケーキばかり食べているので飯島が甘いのは当然なのだけれど。ああ、なんだかケーキを食べたら明日もケーキが食べたくなってきたよ。これは毎日武術を行って相当な勢いでカロリーヌを燃やさなくてはならない。半年後には大変な達人になっているかもしれない。インタビュアーが来るかもしれない。どうしてそんなに強くなったんですか?ケーキです。ケーキのためです。ケーキが食べたかったんです。そんな人生。
  1. 2009/03/21(土) 20:43:44|
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よそいき

  トルコ料理を食べる。丁度イスラエル武術を終えた直後なので「トルコってイスラエルと仲が良かったっけな。」とつい考えてしまうのだが別に店主どんなイスラエル嫌いでもいきなり殴りかかっては来ないだろう。そこで食べたトルコ料理を、私は初めて心からおいしいと思った。今まで私はトルコ料理は何回か食べてきたのだが、今日この時に食べたものと比べるとどれも「よそいき」のトルコ料理だったのだ。やってくる人々はトルコの異国情緒に触れてうまいまずいではなく「トルコ」という響きを料理の中に見出して食べる。そんな雰囲気の店が多かったのだけれど今日のは違った。庶民の香りがした。イスタンブールの雑踏がそこに現出した。市ヶ谷はもはやトルコです。ああ、初めてトルコ料理のなんたるかが理解できたような気がした。私はトルコに目覚めたよ。牛肉とトマトのヨーグルト煮込み。この店にまた行きたいがためにイスラエル武術の時間帯を変更してしまった。人は食によって生き食によって生かされている。
  1. 2009/03/21(土) 14:29:08|
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故の悲

  イスラエル武術を本格的に習い出した。今日がその初日である。どんなかなー。と思って参加してみたが、半分くらいのところで血圧が急下降してせいかそれとも酸欠になったのかわからないけれど目眩がして後はずっと座っていた。思いのほか体力が落ちていたようだ。そして久しぶりの激しい運動にテンシオンが上がっていきなり飛ばし過ぎて最初から全力でやっていたが故の悲劇である。パンチの練習でも素手で全開パンチを打ったものだから手の皮がずるずるに剥けてしまった。実は飯島さん、見た目よりもよっぽどハードパンチャーなのです。だから打撃練習の時はグローブが必須なのについすっかり忘れていた。そんなこんなで最後にまたちょろっと復帰して少しだけスパーリングをする。イスラエルの武術は人間の反射の動きを利用して無理のない動作が特徴的なのだけれど、私が今までやってきた武術は全部人間の理性によって恐怖心などをコントロールする類のものである。だからつい「反射的に」普通の人がいかない方向に行ってしまう。殴りに来ている人間のふところへ逆に飛び込んでいったりしゃがみ込むような大げさな動作で相手の視界から完全に抜けようとしてしまうのだ。だがこれはいけない。全然ダメだ。物事を学ぶのに過去を引きずっていてはキチンと一から学び取ることが出来ない。まず謙虚でなければ。過去にどんな武術の経験があろうともそれをひとまず捨てねばならぬ。武術の楽しさは過去を捨てることにあると言っても過言ではない。そこからまた出直して自分の城を築くのだ。そんなようなことを考えながら酸欠の私は座っていた。ボロボロになってしまったがそれでもこの武術を続けようと思う。可能性の芽は努力の積み重ねによってしか花開かないのだから。
  1. 2009/03/21(土) 11:46:55|
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たりげん

  なんだか少し疲れたようだ。いつもは2,3日に一回お休みを貰っているのだけれどここのところ立て続けに働いている。そして花粉のせいで体調は常に低調で頭痛があるのが当たり前の毎日を送っているのだけれど今日は特にひどいようだ。ぐったりげんなりしながら生きていた。それでも私の体調に関係なく地球は24時間で一回転する。朝が来れば夜も来る。昼飯を食べただけだと夜になって腹が減る。そこで近所のスーパーに出て何か食べるものを買ってきた。握った飯の中におかずが入った簡易飯である。それらを食べていると夜はどんどん更けてきて人に会いにロイヤルホステージに行く時間になったのだ。そうなのだ。人に会う予定なのだ。体調は低調だがそんなことを言っていたら春の予定は全てキャンセル。四か月に渡る超長期休暇を毎年得なければいけない。個人的には得たいのだけれどそうするとどうしてもホームレス的な生活にならざるを得ないので休暇は取らない。そして人に会ってなんやかや話をして途中、区議会議員の人が来てまた写真の話をして帰ってきた。焼きごてを作っているところを探すことになった。じゅうじゅうと焼く、こて。
  1. 2009/03/20(金) 23:26:06|
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反田の靴

  靴を買いに出る。今まで私が履いていた靴が徐々にボロボロになってきたためと、それから明日イスラエル武術を学ぶ時に室内用の靴が必要になったのだ。だが武術の時に履く靴ってどんなものを買えば良いのだろう。出て行った先で「あ、そうか。カンフーシューズというものが世の中にはある。」と気づいたのだけれど既に出て行った先でしかもそこは五反田の靴屋。場所がスブヤ辺りであったならばそのまま近くの中国っぽい店に入って訪ねることも出来たろうが五反田の靴屋では話はそう簡単には進まない。そんな気の利いた店は周りに一軒もないのだ。ただ、靴屋があるだけ。でもいわゆる商店街の端の方でしょぼくれた店ではない。ヘラ宿やら青山に支店のある店でデザイン性の優れた良い感じのものばかり扱っているのだぞ。でも逆にそこが私の判断をつかなくさせる。オサレな靴を履いてイスラエル武術というのはいいところが一つも無い。靴はドンドン痛んでいくしオサレな靴は機能性が犠牲になっていることが多いので私の足へいらない負担がドンドンかかっていく。でも練習は明日の、しかも朝なのだ。今日中に買わなければ間に合わない。これからスブヤに行くのか?いいや、行きません。なんだか体がだるいのです。花粉が飛び過ぎて私の薬の限度を超えている。勝手に汗が噴き出して気分が朦朧として涙が止まらないのです。そんな状態で靴を見ているので徐々に脳が回らなくなって来て目の前のランニングシューズを買う。今までの靴の代わりのものは結局買わなかった。帰りにパスータを食べようと思ったら「ダメだ!ここはもう一杯だ!」というような意味のことを言われたので目の前にあった居酒屋でランチを取る。豚のネギ塩ハラミ炒め定食というやつだ。男の子っぽい濃い目の味で、こりゃあ若い人に受けるとは思ったけれど私はあまり若い人の味覚を持っていないので胃にもたれた。早くうちに帰って空気清浄機の前で自分の命を見つめ直したい。
  1. 2009/03/20(金) 14:31:46|
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ている。カス

  職場の近くにオランダキャッフェがある。前から知っていて地図にしるしもつけていたのだけれど今までずっと星の巡りが悪く、行けずにいた。だが今日こそは!三連休の前日なので行ける気がする!というわけで今日に限って地図を自宅に忘れてしまったのだけれど脳の中のうろ覚えマップをつたって店まで行く。まず迷う。当然だ。なんといっても飯島だからな。迷わなければそれは飯島ではないのだ。だが三連休の前日だったからだろうか、少し道をくねくねした程度ですぐに店にたどりついてしまったのだ。なんという奇跡!知っているか?この世に神はいる!というわけでガラガラガラ。引き戸を引いて中に入って私は食べるね。晩飯を。晩の飯はクロケット(コロッケ)サンドである。ふふ!私は知っているのだよ。実はジャポン国の国民食であるコロッケはオランダの「クロケット」から派生した食べ物だということを!「そうじゃないよ」という説もあるにはあるが私はオランダから来たと固く信じている。カステーラ、ぽっぴん、ランドセル、ぎやまんの壺、ターヘルアナトミア、そしてコロッケ。あとメルヴィン・マヌーフ(格闘家)。いいじゃないの、オランダ。チューリップと麻薬だけじゃないよ。コロッケもあるよ。そのサンドを食べるよ。結構おいしいぜな。そういや一昨日くらいにハンバルガーチェーン店でコロッケバーガーを食べたけれどあれとはやっぱり違うね。でも少し似てるね。言いたいことは一緒だからね。でもな、オランダの実力はこんなもんじゃないんだ。私は知っている。オランダには「パンネクック」があることを。ふふふ。知るまい、人々よ。パンネクックという食べ物を知るまいよ!じゃあしょうがないこの飯島御大が御自ら御ブログで御説明をしようじゃないか。パンネクックというのはオランダ式のホットケーキなのだ。あら、簡単に説明が終わってしまった。だがこの「オランダ式」というのがわからない。オランダ式というのはランドセルにホットケーキを入れてぽっぴんを吹きながらチューリップを両手に持ってぎやまんの壺を蹴飛ばして麻薬で朦朧とした頭で「たーへるあなとみあ!」と叫ぶことなのか、と思う人は思うかもしれないが少し違う。そういえばオランダといえば風車もあったな。でもそれも違う。ホットケーキをクレープと見まごうほどに薄く焼くのだ。その上にベーコンやらちーずやらのおかずを乗せたりイチゴやらチョコレートやらアイスクリームやらの楽しげな甘いものどもを乗せる食べ物だ。どうだい?わくわくしてきたかい?そうかーい。そうなのかーい。私もさ!ちなみに今日の私が食べたパンネクックは上にチョコレートと生クリームとアイスクリームを乗せてもらったよ。ふふ!そこで私はついにオランダを発見したのだ。ああ、これぞオランダの麻薬!アムステルダム!レンブラントの見た光が私にも見えた!おお、神よ!目からビームが止まらない。身体から光が溢れて来る!そして私は食べ終えて帰宅。自宅に戻るといつまでも届かないと思っていた荷物がなぜか管理人預かりとなっていることが発覚。しかも管理人が一週間私に一言も連絡を入れてこないのです。ああ、管理人のクソ野郎。いきなり絶望のふちに落とされて配送会社に「二度と管理人に預けてくれるな。さっさと管理人の手から取り戻せ。」と文句を言ってベッドに横たわるのです。ああ、来てよメルヴィン・マヌーフ。来てよセーム・シュルト(格闘家)。
  1. 2009/03/19(木) 20:58:48|
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レーニン

  昼飯を食べながらボスと筋肉談義をしていた。ジムインストラクターの中ではぼんくらだったけれどジムの外に出てしまえば専門知識を持った素人なので結構重宝されるのです。食事でのカロリーコントロールなども元々食事好きなので得意な分野であり一緒に社食に入ってあれを食べろのこれはダメだの横からうるさく口を出す。そんな私はサーモンマスタードカツ。という油で脂の乗ったサーモンを揚げた最高に身体に悪そうでカロリーヌも法外に高いものを食べる。私の指導方法は米国式なのだ。別に指導者自身がマッチョボデーでトレーニング大好きなわけではない。ただ、「言っていることに従えばいずれ理想のマッチョになる」そういうタイプの指導である。「お前が言うなよ。まず自分がやれよ。」という言説を良く聞くが私はどうにもその理屈が好きになれない。そりゃあ無責任な人々が寄ってたかって好き勝手を並べるのは面白くないが一流の先生と一流の生徒は質が全然違うのだ。概して一流の生徒というのは一流の先生の実力を簡単に超えてしまうがしかし、一流の先生にはどうしたってなれない。むしろ苦労に苦労を重ねて専門分野では二流くらいにしかなれなかった人の方が良い先生になる。そんなような理屈で私は口だけで指導するのだ。私の腹がぶよぶよだろうがそんなことは知ったことではない。私の言うことを聞くのです。私の体型と理想のボデーがかけ離れればかけ離れるほど私の理論は純粋性を増し、夜空に輝くのです。ぴかりぴかり。美しいけれど誰も手の届かない夜の星。ぴかりぴかり。
  1. 2009/03/19(木) 13:34:13|
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当はパス

  ラメーンを食べた。本当はパスタが食べたかったのだけれどうかうかしていたらラメーン屋に入ってしまった。そこで私はつけ麺を食べる。この店のつけ麺は初めて食べるが普通のラメーンよりも100円高い。この高さがどう品物に反映されているのか私は常々疑問に思っていたのだ。だがやってきたつけ麺はどうにもいかにも残念でとても100円高いものとは思えない。信じたくないラメーンだった。なんでこう、黄色い麺がてんこ盛りになっているのだ。全く美しくない。なんだかラメーンの食料としての致命的な弱点「炭水化物ばっかり」が浮き彫りになっているようで全く食欲をそそられない。食べてみても「ラーメンを麺と汁で分けてみました」というただそれだけの味でひねりも何にもない。逆に驚いてしまった。食べ進めても変化がなく、これじゃあこの店も危ないな。それに客が晩飯時だけなのに私一人しかいない。食べ終えて店を出るまで結局誰も入って来なかった。向上心を失うと人間、あっという間に堕ちるのだな。一時期は行列の絶えない店だったのに今は影もない。私に行列が出来たことはないけれど私も墜ちないように気をつけよう。すでにどん底にいるという噂も聞きますがあるいはそうかもしれません。だとしたら努力するだけなので逆に楽ですな。とりあえず行列ができるように奮発してみましょう。
  1. 2009/03/18(水) 20:18:31|
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化的にダ

  昼が来る前に。午前10時の段階で私は既に死んでいた。魂的な意味で。肉体はほれこの通り、今でも頑健で日記もばちばちキィボードを叩いてパソポンからアップできちゃうくらいだけれど魂の方は午前10時に死んでいた。なぜなら花粉。そうね、この時期の花粉は飯島さんには辛いよね。そして黄砂。中国から飛んでくる災厄だ。このどこまでも世間の風に過敏で本来であれば広大な敷地をもったお屋敷の最奥の間でこっそり育ち、死ななければならないようなこの私がスギ花粉と黄砂のドゥーブルパンチに耐えられようはずもないのだ。医者からは一錠でも相当危険だと言われている薬をがぶがぶ飲んでそれでも効かずにぐったりと騒々しく私はくしゃみの海に沈んでいた。あまりの悲惨っぷりに周りの目は同情一色となり私は午前11時には昼に出ることを許された。そして何か花粉に効くものを何が何でも見つけてこなければならない。たとえばマスクとか。そう、マスク。私はひどい花粉症なのに自らの美意識のせいでマスクは絶対にしないのだ。この美しいご尊顔で常に皆様を幸福の光で照らすためではない。文化的にダメなのだ。どうしてもアメーリカというマスクはマスクが必要な専門職だけが身に着けるもの、という文化の元で思春期を過ごしてしまうと手術をするわけでも溶接をするわけでもないのにマスクをするのは偉く珍妙に見えてどうしても手が伸びないのだ。今日だってこんなに辛いのに結局マスクはしなかった。マスクがこの世に存在することすら忘れていた。そして11時に外に出た私は鼻に優しいティッシュを一箱買い、ついでに外でご飯も食べる。とはいえろくなご飯屋がない。あれば毎日社員食堂で昼飯など食べずに外食をしているはずだ。それが出来ないから社員食堂なのだ。とはいえ全く何もないわけではない。グフグフバーガーというハンバルガーチェーンがあった。そこでクロケット(コロッケ)バーガーセットとクレープを頼む。クレープ。頭が朦朧としていてつい頼んでしまったが別にいらなかったなクレープ。とはいえまずはクロケットバーガーを食べる。ふむ。ふむふむ。なんという中途半端さ。肉屋のクロケットならばまず相手にならないヘボクロケットだ。それが「クロケットバーガー」になることによって他の店にない独自性を獲得してそれなりの味になってしまっている。問題に対し終始逃げ腰で常に真正面に立たないことによって開発されたバーガーだ。ライバルがいなければ一位にはなれない代わりに最下位にもならない。問題をまっすぐに解決しないことの重要さを教えてくれた。だがこのクレープはいただけない。凡庸だ。あまりに凡庸でしかも全体的に程度が低い。妙にもっちりした生地は「おいしさ」をはなから理解していないし中身も向上心に欠けるへっぽこぶりだ。アピールするための芯を失っている。そんな私は職場に戻る。オヒスに入る前に「きんだんのくすり」を半分に割って飲む。医者から貰った秘密の薬だ。おかげで午後は楽になった。後で副作用が来る。知らない間に身体が壊れる。
  1. 2009/03/18(水) 12:01:56|
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らにポテ

  ハンバルガーを買って帰ってきた。いつもはその場で食べてしまうのだけれど「持ち帰ると味はどう変化するのだろう?」とどうでもよいことを疑問に思ってしまったので持ち帰ってみた。ハンバルガーだけだと変化に乏しいかもしれないのでポテトフライのチリソースがけも一緒に買ってきた。きっとその場で食べるより若干まずくなる程度だろうと思っていたのだけれど、変化は予想をはるかに上回っていた。若干どころではなく相当まずくなっていた。ハンバルガーは包みをあけると肉汁がこぼれおちてズボンヌを汚し、銀紙で包まれていたせいか全体が蒸れてパンがへなへなになっていた。その癖、徒歩で冬の寒空の下を10分も歩いてきたものだから周辺部は既に冷め始めている。良いところが一つもない。600円ほどのハンバルガーだったのだけれど価値としては320円程度に下落してしまった。さらにポテトフライのチリソースがけは輪をかけてひどい堕落ぶりでポテトとチリソースが混然一体となってしまいなんだかモサモサするだけの芋野郎になってしまった。スーパーの閉店間際にこんなやる気のない料理が一つくらいはあったかもしれない。そんな残念ダメダメな食事はそもそも私の下らない好奇心からの出発だった。まずくなるとわかっているのに止められない。きっとこの調子で死ぬとわかっているのにバカなことをして死んでしまうかもしれない。「万が一にも助かったらかっこいいかもしれない」などと思ってビルの屋上からジャンプしてみるかもしれない。でもやっぱり死ぬのだ。地面に激突して死ぬのだ。あーあ、やっぱり。それでも私はきっとさほどガッカリせずに律義に死んでいると思うのですよ。
  1. 2009/03/17(火) 20:11:24|
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写真家で着物デザイナーで何かそんなようなものです。

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