カル会

芸術家日常

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た。こん

  食欲が沸かないのでヘボ飯を食べていた。こんな時に良いものを食べるのはもったいないので。食べながら今夜の撮影のことを考えていた。どんどん世界観がねじまがっていく。この方向性で良いのかどうかもわからなくなってきた。撮っている時に頭が痛いような気がするがよくわからない。ポケットの中に変なメモがたくさん入っている。これは私が書いたのだろうか。全部取っておいて後で額装しよう。写真を撮ろう。撮りに行こう。夜になるのを待っていたんだ。なるべく人に見られないように外出しよう。炭酸水を飲んでおこう。三脚を担いで旅に出よう。
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  1. 2009/05/31(日) 21:27:47|
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キだっ

  ちょっとした喫茶室で休んでいた。少し腹が痛むのでね。そこへコーフィの一杯でも入れて静養しようと思ったのだがコーフィである。正直胃に良くないことは知っている。知っているがつい飲んでしまう。ヤパンで紅茶を飲むとちゃんとしたところでないとひどいものが出てくるのでついマシなコーフィの方を頼んでしまうのだ。そして食べなくてもいいのにケーキまで食べてしまった。「シューラムレーズン」とかいう意欲作でシュー皮とラムレーズンクリームで層を作ったケーキだったのでつい惹かれてしまった。だが一口で絶望。なんでこのケーキを口に入れる一瞬前に世界は崩壊しなかったのかとうなだれるくらいひどいケーキだった。アイデアは良い。シュー皮とラムレーズンという組み合わせは素晴らしい。だがこのケーキはそれを思いついてなんとなく形にしただけでもう投げてしまっている。完成度がもの凄く低い。元気であれば食べながら殺意をたぎらせたであろうが、ここのところずっと体調が低空飛行の私では怒る気にもならない。ただじっとりと絶望の海に沈む。それでもなんとかフォークを動かし人並みに食べて店を出る。雨は上がっていたがまたすぐ降りそうな空模様である。自宅に戻る。バスで戻る。自宅最寄りのバス停のだいぶ前で降り、なんとなく歩いて帰る。その途中で知り合いに会った。会って嬉しくも悲しくもない本当に知り合い程度の知り合いだ。そこで何か立ち話をしたが歩きだした瞬間に忘れてしまった。自宅に帰って何かしていたはずだが何をしていたかも忘れてしまった。少しずつ私が死んでいるのかもしれないな。
  1. 2009/05/31(日) 16:08:12|
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番のオス

  世田谷にはもったいない街、三軒茶屋に行く。いつもこの街を目黒にくれないかなぁ、と思う世田谷区民に訴えているのだけれど未だにくれない。残念だ。その残念な街に新しく高級バーガー屋が出来たと聞いた。となるとミスターガーハンバーである飯島が出て行かずばなるまい。まいるな。というわけでバスに乗って三軒茶屋に行く。行った先でバスを降りると雨が降ってきた。ああ、そうか。そういえば天気予報ではそんなようなことを言っていたな。家を出る時に降っていなければ傘を持たない私なので出先で降られると少し困る。だが困るのは少しだけ。雨に濡れただけで即死するような体質でもないので身体をじめじめさせながら歩いてバルガー屋に行く。そこで食べるのはアボカドバルガーさ。「一番のオススメ!」と書いてあったので。安い居酒屋などに行くと「(利益率が高いので)一番のオススメ!」だったり「(作るのが楽なので)一番のオススメ!」だったりするのだけれどまさかハンバルガー屋でアボカドを大量に仕入れすぎてしまったため無理矢理オススメにしているとも思えない。きっと本当にオススメなのだろう。そのように勘ぐりの網をくぐりぬけてようやく頼むアボカドバルガー。それは割と巨大で、割と特徴的なバンズのハンバルガーであった。肉が肉厚でパンがフランスパン風(全粒粉!って感じ)。一口食べてみるとなるほどの特徴である。肉が厚いので噛み応えがある。だけど思ったほど肉汁が出ないのは良いことなのか悪いことなのかよくわからない。あとパンがフランスチックなのでそこが強いアクセントになっているじゃありませんか。フランスのハンバルガーみたい!そんな感じはまったくしないけど。フォワグラが挟まっててわけがわからないソースが上からかかっててエッフェル塔に突き刺してあればなるほどフランスっぽいかもしれない。だが目の前のそれはちょっとパンがフランス風なだけであり全然まだまだアメリカン。アメリケンだ!そんな感じでもそもそ食べたのだけれどもちょっとした個性はぽこぽこあるのに食べ終わると意外と印象に残らなかった。みたいな。いますよね、そういう人。パッと頭に浮かんでこないけど。食べ終えて外に出る。まだ雨が降っていた。雨の中を歩いていると何かが痛む。しくしく痛む。腹だ。最近ずっと神経性の胃炎を患っている。差し込むような腹の痛みといつも通りの三軒茶屋。屋根のあるところで休みたい。
  1. 2009/05/31(日) 12:27:05|
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屋はお

  チャハーンを食べようかと思っていた。だから私は中華料理屋に行ったのさ。メェグロ駅から自宅方面へ歩いて来て飯島家直前の「最後の砦」に当たる中華料理屋でチャハーンを食べようと思っていたらあろうことかその中華料理屋はお休みをしていた。そうだ。今日は土曜だったのだ。なぜかこの店は毎週土曜が定休日だ。料理屋の定休日は日曜が多いのになんとも微妙なフェイントをかけてくる。でもその最後の砦が休みだったのでもう後は自宅までノーガード。どこにも食事できる場所がない。こうなったらこのまま家に帰って腹ぺこのまま寝てやろうかと思ったがそれはいけない。イッツトゥーパンクね。健康のためにも夕食を食べるのが最良の選択肢。なぜならあなたもまた、特別な存在だからです。というわけで自宅からは一旦離れて近所のお弁当屋に行くのです。そこでスタミナ丼を買うのです。基本的な内容物は一緒なのだけれど毎回中身が違うちょっとアグレッシブな丼だが今日はこれまたくんくんに前に出た強烈な丼だった。ニンニクが凄いの。なんかごろごろしてるの。なんかお腹とか壊しそうな勢いね。デストローイ!ちゅうか。やっぱりパンク。食べ終えてハイテクなバンドエイドをヒジに貼る。昨日、道場でヒジ打ちの練習をしてからずっとずるむけなのだ。痛いのだ。今日、オヒスで消毒薬を塗りつけたらどうしてか激烈な痛みに襲われて一時間くらいヒジ中心の生活をするようになった。だのでハイテクなバンドエイドを貼ったのだ。聞くところによると自然治癒能力が高まるらしい。ピラミッドパワーだ!今の世は凄いなぁ。ピラミッドを建てなくても貼るだけでパワーが得られる。ヒジの痛いのはだいぶ取れて来たので明日も元気にヒジ打ちをしゅっしゅしゅっしゅ。見知らぬ人に打ち込んでいこうと思います。
  1. 2009/05/30(土) 23:03:36|
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ル。鉄

  オラ、レーカー食べただ。レーカー。俗に言うカレーだ。カ!レー!むぅぅぅぅあー!社員食堂のカレーだ!まずいぞ!なんでカレーでまずいんだ!カレーって言ったら大抵どこで食べたって結構おいしいじゃないか!お洒落キャッフェだってもっと凝ったカレーを出す!それがなんだ!お社員様の健康とやる気を管理すべき社員食堂でこんなすっとこどっこいな茶色飯を出すなんてどうかしてる!精神の均衡を欠いている!そして私にカレーを盛ったメタボ男子!盛り過ぎ!もの凄い盛り過ぎ!ノー自分基準!もっとよそってる相手の体格を見て!私はそんなに食べそうかい?そうでもないだろう。むしろ最近ずっと神経性胃炎で食欲が減退しているのだから食べなさそうじゃないか。そこを手前さんの都合で盛っちゃいけないよ。人間は一人一人が異なったパーソナリティーを持っておるのだよ。人はそれを「個性」と言う。そして盛り過ぎのまずいカレーを食べる飯島。ううう。あああ。多い・・・・。少し残した方が良かったのかもしれないが全部食べた。残すと「もったいない!」と言って匕首を振り回したり銃を乱射するような人もいるのだけれどよく考えてもみよ。私が全部食べようが食べまいが総体としての厨房のカレーの量はほとんど変わらず絶対に余って捨てられるのだ。私が残したところで実は社会に対する影響はほとんど全くない。いいえ、一人一人の思いが全体としての思いをつくるのです。そうなのかい、メーテル。鉄郎・・・。というわけでカレーを食べ終えてコーフィを飲む。部首について思いをめぐらしながら。ええ、そう。あの。漢字の。部首。
  1. 2009/05/30(土) 12:20:26|
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コ人の

  イスラエル武術の稽古の前にラメーンだ。あまりどっしりしたものを食べると稽古中に嘔吐して他の練習生に多大な迷惑をかけるので食べてもあまり嘔吐しなさそうなものを食べる。ビタミンも一緒に取ろうとネギラメーンを注文したのだがこのネギの量がすさまじかった。麺の量をはるかに凌駕する膨大なネギ。ただ、ネギをラーメンの汁で食べているだけではないか。口臭がどんどん絶望的なネギになっていくが私はどうする事も出来ない。ただ呆けたようにネギを食べる。ラメーンの味は一つもわからない。存分にネギを食べたな、というところで私はラメーン屋を出て道場に向かう。道場の受け付けの女子は背のスラリとした美人さんだ。キャリフォルニア時代のメキシコ人らしくないメキシコ人の知り合いにとても似ている。だが話し方と声質が別の知り合いの暗黒舞踏家にとても似ている。だからどちらかの関係者ではないかとひそかに思っているのだが未だにそういう素振りは見せてこない。今度スペイン語でいきなり話しかけてみるか暗黒舞踏的な白塗りで私がやってくるとボロを出すのではないか。というか普通に聞けば良い話である。でも聞けば聞いたで私の想像がそこで終わってしまう。だからあえて聞かないという選択肢を私は選ぶ。今日私が道場に行くと開口一番「おやようございます。じゃなくてこんにちはでもなくてこんばんは。」と言われた。私もつられて「おはようございます。じゃなくてこんにちはでもなくてこんばんは。」と言っていた。稽古はヒジを非常によく使ったのでヒジがずるずるに向けて血まみれになりました。先週休んでしまったせいか元々無い体力が更に落ちていて最後の方はちょっとしたことで尻もちをつく香港映画のダメな人みたいになっていた。ふぅ。ぺたん。ふぅふぅ。ぺたん。稽古を終え、ヒジ用の絆創膏を買って帰ろうと思っていたのに脳がふやけていて何も買わずに帰ってきてしまった。そのふやけた状態で何を思ったのか液体ムヒをヒジに塗りつけてしまい。声にならない叫び声を地上11階の自室で上げるのです。プラトゥーンのポスターみたいな恰好で無言の叫びを発していました。
  1. 2009/05/29(金) 23:14:24|
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なら磯

  アーモンドチキンカツはどうだろう。というかそれ以外で食べるものがどうにも微妙でそれ以外食べるものが無いと言っても過言ではなかった。最近は食べたいものが無いと小鉢と納豆を食べるのだが今日の小鉢はちくわ煮だ。そんなのってあるだろうか。ちくわ煮だ。個人的にはちくわには良い感情を抱いているとはいえあまり食卓でちくわと対面したくないものだ。居酒屋の突き出しやおでん屋であれば是非ともと言ったところだがまともな飯でちくわとはいやはやとんてん。そういうご家庭もあるのだろうけれど飯島家はそうではなかったのだ。飯島家の食卓は誰あろうこの飯島が管理していたのでつまりは私の好みなだけだがとにかく昼飯にちくわはいかがかと思う。どうしてもというのなら磯辺揚げにしろ。それならば十分おかずとして立ち上がってくる。制服姿だとパッとしないあの子が私服になった瞬間に輝き出す、みたいな。だがこの社食のちくわにそんな気の利いたところは一切ない。単なるちくわ煮。だから小鉢に逃げられなかった。そこで私はアーモンドチキンカツへと走る。カロリーヌ的には揚げ物の上にナッツ類という最悪のコンビネーションだが何も食べないよりはカロリー過多の方がほんの数ミリだけマシだとも言える。言えないかもしれないが私の価値観から考えればギリギリのところだ。味はいつものように絶望に色がついた程度でマがとてもズイ。あるいは普通だったのかもしれないが腐った私の魂ではキチンと受け止めることができなかった。さっさと食べてオヒスに戻る。「早いですね」と言われます。春なのに。春だから。ええ、もう春ではありませんね。春と夏の間です。ケモノが出るよ。
  1. 2009/05/29(金) 11:52:30|
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員の申

  雨の中を歩いて帰る。食欲はあまりない。だが何か食べよう。麺類ならつるつるしてる間になくなってしまうからいいんじゃないか。というわけでラメーン屋に入った。ここはラメーンもさることながら私はいつも豚の角煮丼(小)を食べるのだ。角煮はちょっぴりでいい。角煮の下の麦飯が私の好物なのだ。でもどうしたことか角煮丼がメニュールから消えていた。私の一足前に店に入ったサラマーリンもメニュールを見ずに「豚角煮丼!」と叫んでいたが店員の申し訳なさそうな目に打ち抜かれて消沈していた。私も消沈した。代わりに現れたのは「ドテ丼」とかいう何を想像すればいいのかすらわからない昭和臭のみを感じる奇妙なものだ。メニュールの写真も小さすぎてなんだかよくわからなかったので頼んでみるとドテ、つまりヒル(Hill)、翻って牛のアキレス腱らしいがそんな誰も食べない部分がおいしいのだろうか。食べてみたが別にやっぱりおいしくなかった。やたらとコラーゲンばかり感じるぷるぷるの珍物質でご飯に合わないし無駄にカロリーを摂取してるみたいだし気持ちの悪いことこの上もない。ラメーンはいつも通りだったけれどドテ丼のせいで大幅に評価が下がってしまった。食事を終えたのに損をしたような気分。人生は有限なのになんでこんなへちょむくれを食べねばならないのか。いや、このへちょむくれのおかげで私は真にうまいものに出会った時心から感動することができるのだ。人間は絶対の尺度を持てればそれに越したことはないのだが結局のところ大抵のものは相対的尺度でしか見ることが出来ない。そのための尺度を貰ったと思えば良いのだ。人生に無駄なことは一つもない。人生は無駄なこと以外一つもないとも言えるが。ともあれドテ丼。二度と食べるまい。そこを学習出来ただけでも御の字だ。
  1. 2009/05/28(木) 21:39:39|
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にもス

  油にまみれてペペロンチーノ。私が油まみれになっているのではなく、ペペロンチーノが油まみれだったのだ。そんなペペロンを出すのはやはり社員ズ食堂。他の品も残らず油っぽかったので仕方なくペペロンチーノなのにペペロンチーノも油チーノ。なんなのかね。ここの人々は油さえ与えておけば人間は動くものと考えているのかね。あたしゃ機械じゃないんだよ。機械だってこんなに油ばっかり与えたら胸焼けしてぶっ壊れるだろう。味は油のせいでよくわからなった。それから胃炎のせいで。どうにもストゥレースで身体が随分ポンコツになってしまい重いものや刺激の強いものが食べられなくなってしまった。世界一辛いという噂のブータン料理をそのうち食べようと思っていたのにこれでは当分食べられない。食事を終えてオヒスに戻り、同僚に「ペペロンチーノは油が凄いので止めた方がいいですよ」と言うと既に同僚は食事を終えていたらしく「豚の生姜焼きの油も半端ではありませんでした」と申す。上層部がきっと我々を太らせて食べようとしているのだ。剣呑ですね。剣呑ですよ。同僚と二人、困る。その同僚から唐辛子チョコレートを貰った。最近韓国に行って来たらしい。いいな、外国。私も行きたい。中東か東欧に行きたい。以前も中東か東欧に行きたいと日記に書いたな。うんうん。さすが飯島さん、ぶれてない。芯がある男の人って素敵よ。休み明けは仕事が多くて大変きついです。もう、ブワーって感じ。津波かよーって。海はいいけど津波は困る。中東や東欧の海は奥まっていてあまり津波がこなそうだ。行ったらお土産買ってこよう。中東名物の。なんだろう。らくだ?らくだを一頭買ってこよう。おいしく食べてね。
  1. 2009/05/28(木) 12:23:12|
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ッチも

  クリーニング屋に行ってからパン屋に行く。クリーニングパン屋だ!それは違うか。パンをクリーニングする店みたいだな。いや、案外流行るかもしれない。食べようとしたパンが落ちてしまった!そんなときにパンクリーニング。どうも、飯島です。みたいな的な。というかクリーニング屋はクリーニングに出したのではなく着物のお直しなのです。和裁師さんに頼むよりも安いので。その後はパン屋。普通にパン屋。パンを買う。サモウィッチも買う。そんで自宅で食べる。パンを食べると気持ちが落ち着く。ああ、パンがあってよかった。パンがなかったら私はきっと快楽目的で・・・。ああ、なんだか日差しがまぶしいわね。夜なのに。夜だから?そういえばわたくし、昨日病院に行きましてね。どうやら飯島さんの身体と精神がダメになりつつあるらしいのですよ。もうだいぶ前からダメだとは思っていたのですけどね。まぁ、やれるところまでは行きましょうと思います。写真がどんどん変化するかもしれない。私の心と体の変化がどれほど作品に影響を与えるのか。非常に興味深い。もっとボロボロになるとどんな作品が出来るのかな。今日はイチゴを壁にぶつけてできたシミの写真を撮っていたよ。途中で何かが背筋につきぬけて倒れそうになったけれど私は元気です。余ったイチゴは全部つぶして食べました。あれ。食べたはずなのにまだ冷蔵庫に入っている。
  1. 2009/05/27(水) 20:46:03|
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野のシ

  資本主義はどうかと思うけどシフォン主義はオーケー。バッチグー。いこうぜガンガン!というわけでシフォンです。ケーキの一種でふわふわふかふかするあのケーキです。ヘラ宿で用件を終えた私はその足で中野へ行き仕上げを頼んでいた作品を受け取り中野のシュークリーム屋に行く予定があらま、やーね。手元にプリントアウトした店の情報の書いてある紙をよくよく読んでみたら水曜定休のこと。そして今日は水曜という悲劇。あーあ、七分の一の悲劇。というわけで私は中野で出来上がった作品を受け取ると飯田橋に行ったのです。実は飯田橋に行く気はなかったのですが中野から電車に乗ると私は五分の三くらいの確率で行きたくない方向へ向かう電車に乗ってしまうのです。なぜなら私は行き先を見ずに電車に乗る癖があるから。今日もその癖のせいでなぜか千葉方面に行くことになり途中で気づいて飯田橋で降りたのです。降りたらじゃあせっかくなので飯田橋を堪能しよう。みたいな感じでシフォン。飯田橋は結構好きな街なので用がなくてもちょこちょこやってくる。前回来た時にそのシフォン屋は大変な繁盛具合で入れなかったのだけれど今日は大丈夫だろう。何せ平日の昼間だ。というわけでシフォンを食べていた。平日の昼間なのに店内は激混みで私は「ボンタンのシフォンをください」を四回言う羽目になったが外のテラス席で一人シフォンを食べる。アールグレイの紅茶も飲む。最近ずっと人生は生きてるだけで辛いと思っていたのだけれどそうでもないような気がしてきた。シフォンの軽さが私に翼を与えてくれる。思ったよりも私はスウィーツに依存して生きている。この世から砂糖がなくなったらきっと2,3週間で快楽殺人犯になってしまうだろう。人の首の骨が折れる音を聞かないと心が休まらないとかいう類の。そんで結局警察に捕まるか追いつめられるかしてでもその音がききたくて自分の首の骨を折る。そんな人生。それを喰いとめてくれるのがシフォン。ああ、シフォン!私はシフォンとして生まれたかった!人間を辞めたらシフォンになろう。そして人々を笑顔にして虫歯にして肥満にして糖尿病にしよう。楽しくなってきたぞー!
  1. 2009/05/27(水) 15:15:24|
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で止ま

  ヘラ宿に来た。そうさ、用があってさ。用もないのにヘラ宿なんか来ないから。平日の昼間なのでさほど人の出は多くないけれど制服姿の中学生みたな男女がウロウロしている。修学旅行か。関西からの修学旅行はインフル関係で止まっているらしいから皆東北の人間だな。ようこそ東京へ!ヘラ宿をブラブラするのは構わないが目黒には来るなよ!と、そんな中で私は昼飯を食べる。東郷神社の裏手にべらぼうにうまい鶏肉を喰わす店がある、という噂を聞いたので行ってみたら移転していた。移転先の地図が貼ってあったが地図の読めない私に見せたところでハトにカンディンスキーを説明するようなもので全く意味がない。結局、ヘラ宿に来るとよく使う自然食的な店で日替わりランチを食べていた。日替わりはステーキだった。日替わりのステーキにありがちな中途半端なものではなく、まさに「肉」という感じのステーキで量も多い。隣の男も同じものを食べていたがすぐに疲れるのか両手をだらりと垂らして「うー」と言っていた。確かにちょっと固い目だがそこほどまでに固いわけではない。むしろ弾力が良い感じで「肉、食べてらでー」的な男らしさを感じる。でもなんででしょう。テンシオンが上がらない。最近、食べ物であんまりテンシオンが上がってないかも。私は人からグルメだと思われがちだけどもそうではないのですよ。実は食べ物で感動したいだけなのですよ。そう、芸術の一環としての食事。だからどんなにおいしくても感動できなければ飯島的には不完全燃焼。「新しい価値観を提示できていない!」とかすっとこどっこいな寸評を書いてしまうわけです。だからグルメな人と会話をすると微妙に噛み合いません。お互い求めているものが若干ずれているので。でも話が出来るのは良いことです。最近、芸術に興味がないのは仕方がないにしても食べることにも文芸にも人間心理にすら興味がないという驚異の人間に出会ってしまったのです。ああ、この人はもう死んでるんだと思ってからその人が何を喋っても死体が喋っているようでまったく現実感がわかない。よく怒っているのだけれど話が全くわからない。人生のゲシュタルト崩壊。人はわかりあえるという幻想の前であわわあわわ。手を出しても突き抜けるそれは暖簾だからですか。
  1. 2009/05/27(水) 12:35:17|
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것이다

  자택에 있으면 갑자기 무사시 코야마에 새롭게 할 수 있던 「화카페」가 기분에든지 냈으므로 걸어 간다.그러나 우리 집으로부터 무사시 코야마라고 하는 것은 의외로 멀었다.40분 이상 걸렸다.그리고 예의 「동양1길다」라고말하는 아케이드의 산 중턱에서 소문의 화카페를 찾아냈다.무엇인가 단 것도 먹을까하고 생각했던 것이다 하지만 단 것은 기성의 드나트와 팥고물 봐 개 밖에 없었기 때문에 소문의 아이스 가루차를 부탁해 보았다.이전 이비스로 「티라테」라고말하는 헤보 음료를 마셨지만 아레에 비해 와 매우 확실히 하고 있다.제대로 하고 있다.보통으로 가루차다.마시기 좋고 개성도 충분히 느낀다.단지, 가루차이므로 조금 가루 같은 것이 난점이지만 코피와 같이 마시면 마실수록 반대로 목이 마르는 것이 없다.거기에 분위기도 훌륭하지 않은가.너무 세련된 있어 내장의 탓으로 매우 나가이가 하기 쉽다.그렇다고 할까 너무 길게 머물렀다.전혀 밖이 어둡게 안 된다고 했더니 「동양1길다」아케이드안에 있는 가게이기 때문에 심야가 되어도 어둡다니 안 되는 것이다.거기에 눈치챈 나는 회계를 끝내고 밖에 나온다.아직 오늘은 해야 할 일이 있으니까.어느 나는 또 걷고 돌아간다.40분 이상 걸쳐 돌아간다.도중에 도시락을 샀다.도시락을 사 돌아가는 도상에서 공원에 들르고 사진을 찍고 있었다.매우 좋은 「립형수 음수 마개」가 있었던 것이다.예, 그 물을 마시기 위한 곧바로수도꼭지.사진을 찍어 할 수 있는 있어로 도시락의 내용이 질겅질겅이 되어 버렸다.그런 것도 있다.더욱 닥터 페파도 사 버렸다.많이 걸었으므로 목이 말랐던 것이다.그러나 닥터 페파는 마시면 마실수록 왠지 목이 마르므로 물을 마시면서 닥터 페파를 마신다.도시락도 먹는다.어쩐지 신체에 나쁜 듯한 생각이 들어. [것이다 ]の続きを読む
  1. 2009/05/26(火) 22:08:31|
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de l'enfant

  Quand il y a un service de magasin livre délicieuse gâteau dans Daikanyama, je l'entends et marche de Nakameguro.Parce que ma mère a dit "ma ville" de vieux jours, Daikanyama n'était pas beaucoup.Parce que ma ville est Meguro, ne doit pas violer la ville de la personne; pensé donc.Cependant, la mère a dit "ma ville en particulier", et, réellement, ce "n'était pas ma ville" à tout, et ce qui ne savait jamais que Daikanyama est devenu clair plus tard.Cependant, une hésitation paraît encore dans ce qui entre d'une façon ou d'une autre Daikanyama avec la chose que la mémoire dans les jours de l'enfant est terrible.L'éducation de l'enfant est un bon exemple qu'un mot facile a une grande influence sur le caractère.Cependant, je ne peux pas faire que je ne vais pas à jamais plus à Daikanyama pour faute de l'éducation parce que c'est une bonne année.Je peux entrer particulièrement maintenant par sa décision et discrétion dans n'importe qui ville.Par conséquent c'est Daikanyama.Bien que j'eusse une carte, le patisserie de la matière n'est pas trouvé à tout.Il y a une carte et c'est quel genre de chose devant ne pas être trouvé pour le regarder.Est-ce que vous avez été détruits?Est-ce que c'est ouvert afin que je ne puisse pas le voir?Ou, est-ce qu'il y a en fait, l'à tout le Shikaribetsu parce qu'une carte n'est pas lisible?La troisième chose est l'histoire la plus possible, en revanche il n'y a pas quelque chose devant n'être plus fait.Parce que je pense que je suis dans la bonne place tout(e) seul(e).J'ai marché la circonférence pour approximativement 20 minutes, mais est déjà bon parce que j'obtiens nulle part.Je l'ai abandonné.Je marche vers le .... région.Parce qu'un grand bâtiment est intégré ...., tout d'abord ce n'est pas faux.Je vais au Musée de la photographie de ....Buvons en premier un smoothie.Lorsque j'étais en Californie, j'ai bien bu.........!Je comprenais que la personne qui habitait en Californie a réagi avec... maintenant.........!Je provoque donc il.C'est ce goût.Vous me manquez.J'ai envie d'ayant bu sans être sur avec 2e, mais ce sera imagination.Je pense que seulement autour de 1,2 boisson des temps sur la lune.Mais vous me manquez par conséquent.........!Je le sens comme cela.La réaction froide d'une personne qui lit un journal est ...Par conséquent je bois un smoothie, mais ce n'est pas .........Le Japon n'a pas .........Ce n'est pas cela qui!Bien que je ne le sache pas dans cela qui, il n'y a pas la peu de chose.Je bois un smoothie dans un ........ d'après... - comme magasin.Je bois la boisson tout à fait sexy pourpre a appelé la myrtille cassis X.Je bois dans petite dimension.La petite dimension est petite dimension qu'imagination, et il n'y a pas ..... plus si je bois.Je bouleverse légèrement.Bien qu'il y eût l'impression sur qui n'est pas à jamais parce qu'un récipient allait paraître comme un idiot, ........ n'est pas dans cet instant et le sentir est peu fiable à tout.....Les larmes ont coulé involontairement.Mais j'ai senti j'étais plus délicat que ........, et délicieux pour goût.Mais je me languis pour ce goût violent à que je me suis été habitué.Je manque que le nom d'un magasin est un mot africain convenable, et c'était seulement le goût de "goût du tsunami" ou "goût de la lèvre de la mer du parsec du Sioux" et un nom incompréhensible.........Je ne peux pas penser que l'esprit fléchit seulement de vieux jours.Regardons en premier une bonne photographie de tout dans le Musée de la photographie.Est., l'odeur amatrice que je déteste pourtant j'ai regardé lorsque je vais seulement "fleurit et oiseaux génie poétique" débordement-aimer des photographies?J'ai fait..!J'ai jailli presque le smoothie que j'ai bu il y a quelque temps d'une bouche.Je suis un. ..... bouteille du thé de la platitude pour un sens de beauté il y a 100 années dans cela qui dans cela avec lequel je suis troublé tous les jours pendant qu'étant donné la possibilité d'une nouvelle photographie!...!Je ne suis pas donc un enthousiaste de dire!Je ne pense pas que c'est une bonne idée comme façon de vivre!En tout cas, Oh ce n'était pas une photographie favorite d'Iijima égalisez si le lequel, à propos, a été dit pour être il lequel était complètement dit à moi n'était pas une grande affaire.Parce que là paraît avoir été la rectification du kimono que j'ai donné en premier à un blanchisseur de tout, je vais pour lui.....< / Durée > [de l'enfant]の続きを読む
  1. 2009/05/26(火) 21:49:47|
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Pero artista

  Estaba ausente de ....Es la haraganería.Pero un límite ...... la excusa es precoz y mentiras de la mente abajo.
  Pero artista Iijima lo hace de varias maneras aun cuando ausente de... porque no puedo tomar un resto.Cuando puse un ........ teléfono y escribió los documentos, era mediodía.¿Comerá un plato tailandés en ...., Nakameguro?Es el restaurante tailandés que se volvió la leyenda, pero movimientos a ..... una vez cuando había una sanguijuela del parque zoológico de ...... vierta las lágrimas y maldito la ingratitud de la tienda, pero regresó de nuevo probablemente a Nakameguro porque ........ ya estaba abajo fijo.Pensé entrar de esta manera, pero porque pensé, era hoy y verificó una línea desde una tienda vieja.Pero me olvidé de él.Una razón como el cocinar tailandés de la cocina tailandesa.Porque es la comida tailandesa, cocino Thailandia.En otros términos no pueden guardarse horas comerciales aun cuando escrito.Sin embargo, no soy inteligente porque entro el tiempo cuando ...... llamó inmediato realmente 11:45 inunda en serio de abrir de un tiempo de la tienda.Todavía estoy preparando para concedió.Todavía estoy preparando consistir de medio pasado 11 a un letrero.Pero esto no tiene la tienda mala.Yo quién encontrar el tiempo correcto en cocina tailandesa es una pena.Parece malo para esperar por el principio de negocio delante de una tienda cuando me vuelvo de esta manera.Voy a la tienda de curry cerca del restaurante tailandés.Esta tienda de curry es atestado para para pegar el cielo en ........... cuando sigo día de la tierra probablemente porque se ocupa a menudo.Volvía bien inesperadamente hoy cuando lo realicé cuando volvería bien porque, sin embargo, era el día de la semana 11:45 a.m.No hay nadie además de mí.Nadie durante un intervalo viviente viene.El dependiente va a mirar la calle de la lista de vez en cuando si está ansioso, pero en el primer lugar nadie camina.Oh, puede ser un infortunio por una tienda, pero es pocos situación buena aun cuando ora para Iijima de la misantropía.Disfruto completamente exclusivamente el curry.Pero no había el curry con el curry moderado que disfruté completamente.Es ware de Arita" popular que hace curry" o una cosa del refrán para me haber comido; pero ware de Arita que hace el curry es 1,200 yen para curry normal de 780 yen.Se dice que el "queso sigue el ware de Arita que hace" cuando oigo lo que es diferente.Soy tonto.¡Sólo con queso así como para 420 yen!?De hecho pero, sin embargo, quiero comer el curry en el que el queso del 420 yen consiguió si pero soy para que.Por consiguiente comí ware de Arita que hace curry de 1,200 yen, pero DOS es fuerte de nuevo esto.El curry era pesado y totalmente sufrido para que el queso no fuera derrotado por él.Me parezco el comida contacto impresión queso curry un poco antes de en Iidabashi, pero la cantidad del queso es desigual y es esta Arita ware fabricación......... el queso.Ya había comido y me había puesto caliente.El enojo vino despacio por qué debo sentir cosas así con el almuerzo.He confiado ......., además de, lo que pensé de a una bebida de salud de servicio después de una comida.Es ....... al lugar dónde me cubro con curry pesado y flotadores de sudor.Pensé si una pena de muerte se cayó.Es todos mi falta.Leí una guía de París mientras tragando a Coffey.Es la guía que nada es bueno porque es hace 30 años una guía.Todavía leí.Algo es como ponerse cómodo que incluso tal un libro inútil es leído por mí.Me siento como puede justificar a sí mismo.¿Porque no hay yo en..., todos nos sentiremos ocupados?Pero no apunto al vuelco del Gobierno japonés si no comprometo un crimen particularmente.Parezco de mí y.., todos somos ridículamente demasiado serios.Oh, seré demasiado más insincero porque un artista es el mal social.Oh el muchacho,.. fuera de una cosa del mundo que es duro vivir.Sin embargo, será el mundo que es difícil crecer todos hasta donde vivo para mí que la mayoría de las personas será el mundo que es duro crecer y para nacer cuando en mi mundo que es fácil vivir en que tiempos.No puedo ayudar pensar que ..... es el mejor ahora.Incluso la insinceridad no se gasta en primer lugar.¿Es que es bueno no morirse?. saldrá en primer lugar de la tienda.Cuando un visitante no entró en absoluto, parezco me haber vuelto un dios de pobreza un poco.Salgo de la tienda y voy al photolaboratory.Tengo un cuadro que quiere que usted imprimieralo de 2,3. [Pero artista]の続きを読む
  1. 2009/05/26(火) 17:13:24|
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ると微

  仕事が終盤に差し掛かったところで突如急激に体調が悪くなった。ここ数日低調だったがついに本気を出しやがったな的な凄まじい衝撃。なんかもう脳が半分死んだんじゃないかという感じ。勝手に汗がバリバリ身体から放出され、そのせいかとんでもなく寒い。頭は割れがねとなって小さな和尚が撞木でモリモリつき通し、吐き気と腹痛がきゅうきゅう身体の体幹部を犯しどうにもこうにもやってられない。喰い意地の張った飯島がまるで食欲がわかずにゼリー飲料を複数買ってとりあえずそれらを飲む。どんなに体調が悪くても絶対に食事をするのが飯島さ。でもやっぱりひどい。身体の中に毒がたくさんある感じがする。ためしに体温計でどれくらい毒が入っているのか脇の下で確認してみると微熱があった。これはいかんね。早く寝ねば死ぬかもしれん。でも寝ている間に死ぬというのは中々いいぞ。そういうの、素敵。でもとりあえず日記を書かねば。このままでは日記を書きながら死ぬかもしれないがそれはそれでかっこいい。で、llllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllみたになる。つまり倒れているために。というわけで私はリアル死にする前にベッドに移動します。ベッドの上でリアル死にすればまだ体裁が良いですからな。かっこよさなら椅子に座ったまま死だろうけれどとりあえずこの変な病を治すにはベッドの上だ。寝よう寝よう。寝ますよう。
  1. 2009/05/25(月) 22:42:49|
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ンはポ

  チキン南蛮ナンバワーン!というわけで社員食堂に行くとチキン南蛮が今宵の昼の今宵だった。というわけで食べる。もう一つのランチンはポークビーンズだったのでそちらは食べない。ポークビーンズも悪くはないが社員食堂で食べるようなものではない。メキシコ料理屋などでなら食べる。というわけでチキン南蛮なのだがこれが意外や意外、良く出来ていたのだ。あの辺に柔らかいケミカルチックな食感ではなく、歯で噛むと跳ね返る割とちゃんとした普通のチキン南蛮だ。タルタルソースも効いてるぅ!でも今までずっと社員食堂の飯はけちょんけちょんにけなして来たのでなんだか褒めるのに抵抗がある。褒めた瞬間飯島が尊厳死をするような気がする。いわゆる死に際になって「ありがとう・・・」というあの感じだ。あの感じで私は死ぬのではないか。でも昼飯を食べて死ぬようではまだまだだな。死ぬのなら晩飯の後、それもデザートを食べた後に死にたいのです。もし、前菜の時に死にでもしたら死んでも死にきれない。ゾンビになってでもデザートまではたどりつく。それが飯島の誇りです。食べて天寿を全うす。皆、食事の終わりには私の死体を取り囲んでスタンディングオベーションの後、葬儀に入ってくださいませ。
  1. 2009/05/25(月) 13:24:39|
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日に行

  自宅の裏にある弁当屋に行く。もっとちょこちょこ利用したいのだが仕事帰りに寄ろうとするとかなり遠回りになってしまう。だから休日に行ってみるのです。頼みましたるは豚キムティー・ザ・丼。この店はまぁ、日によって味が全然違うのだけど今日の丼はキムチが酸化しているのかやたらと酸っぱかった。しかし酸っぱいものは身体に良いというのが人類の定説なのでこれはこれで良いのではないかと思った。別に嫌いではない。毎回味が違うのも飽きさせない工夫だと思えば十分ありだ。食べ終えてなんとなくかりん糖をつまむ。先週は道場に行けなかったのであんまり甘いものを食べてはいけないとは思うのだけれど最近どうにも色々ストゥレースがひどいのさ。このままストゥレースがたまるとぶくぶくに太って死ぬ。死ぬのは仕方がないがぶくぶくに太るのはイヤだなぁ。醜いぜよ。頃合いでかりん糖をしまって息をつく。目の奥がじりじりと熱い。
  1. 2009/05/24(日) 20:45:10|
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気が目

  朝一でイスラエル武術の道場に行こうかと思っていたのだが、休日の朝だと思ってうかうかしていたら昼になってしまった。最近どうにも身体の調子が悪いので長めに寝てみたのだがあまりパッとしなかった。何が悪いのだろう。もしかしてこの気候か。湿気が目に見えて多くなって来たので身体が耐えられなくなってきたのか。もう日本に戻って何年も経つのに未だに身体が慣れないのだ。全く春は花粉で屋外に出られないし梅雨から夏にかけてはその湿気で身体が腐りそうになる。一年間で健康に動けるのは半年だけ。日本で生まれたのにとことんまで日本に嫌われた男である。通年人並みに暮らしていこうと思ったら中東にでも引っ越すしかないのかもしれん。だったらイスラエルに行こうかしら。でも戦争に巻き込まれてそっこうで殺されてしまうかもしれない。それもまた人生。日本に生まれた私は中々戦争に巻き込まれないが、イスラエルに生れていれば否応なく戦争に巻き込まれてしまうのだ。「それもまた人生」とかなんとか言ってはいられない。それにイスラエルに移住するのならイスラエルの人が求められる能力を提供しなくてはならないが、私は別に「生きた人間」というだけでこれといったセールスポイントがない。となれば仕方がない。一年間の半分しか動けないが日本でぐったり生きるしかない。外に出るのが面倒になってインスタント麺を食べた。韓国の麺だ。同僚が、そういえば韓国に旅行に行っている。私も旅行に行きたいです。東欧か中東に行きたいです。湿度が低いところでないと行く気がしないのです。
  1. 2009/05/24(日) 13:28:27|
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ルガーで

  なんだかハンバルガーが食べたくなってきたな。一昨日も食べたような気がするが気にするな。人はパンのみにて生きるにあらず。間に肉が挟まってなければいけないという話さ。というわけでメェグロ駅前のハンバルガーチェンーに入ってハンバルを食べる。二階で食べる。団体客がいた。ハンバルガーチェンーで団体客とは奇異な感じだ。男は例外なく浅黒く、チャラい感じなのだがあまり遊び慣れた風はない。女子たちはOLのようなOLでないようなとにかくあまり特徴のない女子たちだった。耳を澄ませてみたが全くボロを出さずどんな団体なのかはわからない。私は私で自分のバルガーを食べる。しかし、まずかった。調理場が新人だったのかひどい。ケチョップを入れ過ぎて無茶苦茶にしょっぱい。肉汁のような肉汁でないような得体のしれない液体がハンバルガー後方からどぼどぼ落ちる。まずいなぁ。こんなハンバルガーではもっとハンバルガーが欲しくなって明日もハンバルガーを食べてしまうじゃないか。そうなると栄養バランスが崩れるから困るのだよ。本当に困るのだよ。食べながら先ほどの団体を気にする。一部が帰った。一人ハーフみたいな女子がいた。多分ドイツ系アメリカ人のハーフだな。まだ何の団体なのかわからない。食べ終えて帰る途中でその中のリーダー格らしいタンクトップとすれ違う。目を見たが何も読み取れなかった。正面から見ると肌を焼いたタンクトップなのにサラリーマンのような髪型なのがわかっただけだ。結局何の団体だったのだろう。個人主義の飯島ではまるで見当もつかない。パンを買って家に帰る。プリンも買いたいと思ったのだけれど期待に沿うようなプリンがなかったのでプリンは買わずじまい。
  1. 2009/05/23(土) 22:28:00|
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るしべ

  土曜も土曜。オヒスに出るよ。そして働く飯島さん。働いていたら当然奴が来るわけです。昼が。ラーンチターイムが。というわけで社員食堂へゴー。より正確な英語的な言い方をするなら、社員食堂へカム。ヘカムではありませんよ。カム。カムです。シーオーエムイー。本当はこんな言い方をしないかもしないけれどどうでもいい。一度ネイティブスピーカーの前で使って変な顔をしたらいい直せば良いだけの話。というわけで社員食堂へ行って食べるの私はカレーをでした。カレー以外にかき揚げ丼という選択肢もあったのですが、明らかにどう見てもあまりものを揚げたようなやる気のないかき揚げだったのでカレーにしたのです。カレーだってあまりものを煮込んだだけのように見受けられるが両方あまりものならカレーの方が好ましい。なぜなら揚がっていないからだ。カロリーヌ的にはカレーも相当なものだが選択肢が二つしかないのだから仕方あるまい。そしてカレーだが盛り人が非常に適当な人間でご飯を適当にべちょべちょっと皿にのせるとカレーをおたまで一杯だけかける。どう見ても飯の割合が多すぎるのだが当人は全く気にする素振りもない。そうなると私も純情なものだから簡単にだまされて「そうか、ここのカレーはきっとすごく濃い味なのだ。だからご飯がたくさんいるのだな。」と早合点。社員食堂のカレーは何回も食べているのにそう思い込んでしまう。でも食べてみるとやっぱりいつものカレーで味気ないしご飯の量は多すぎるしべちゃべちゃだしもうヘッポコピー。くてーんってなる。くてーん。こんなにまずいけどでもやっぱりかき揚げ丼よりはおいしかったと思う。多分だけど。思う。そして私はオヒスに戻る。昨日の私が今日くらい元気だったら道場に行けたのに。やっぱり道場に行きたいな。でも手首が若干炎症を起こしているのであるいは行かないのは正解だったのかもしれない。思いのほか自分のボデーがポンコツなのでいやになる。交換したい。とりあえず右手と左肩を。真っ赤な奴に換えるんだ。ぐるんぐるん回転するのがいいな。そしたら私は新しいボデーで空も飛べるかもしれない。でも日本で空を飛ぶとそこら中に電線があるので危険だな。やめよう。空を飛ぶのはやめよう。公共の交通機関を有効に利用しよう。
  1. 2009/05/23(土) 11:49:35|
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ほどビ

  体調はやはり思わしくないがそれでもイスラエル武術はやりたい。道場に行きたい。15分でもいいから!というわけでとりあえず道場にやってきた。やってきたがしかし、思ったよりも頭が痛い。身体がダルい。仕方がない。先生に手を振るだけで諦めて帰ろう。その前にご飯を食べよう。ステーキを食べよう。元々ステーキを食べる予定だったのだ。はっきり行ってボディコンディション的には肉類なんて全く食べたくないのだそういう予定になっていたのだから仕方がない。地下のステーキ屋でダイナマイトステーキとかいういかにも物騒な爆発的な名称だったがなるほどビジュアル的にも大爆発だ。ぼーん。えらいジュウジュウ言っておる。でも私はテンシオン低いよ。なんといっても風邪ひいとるからね。それをナイフでもひゅもひゅ切ってもぞもぞ食べる。なるほど安いステーキにありがちな感じの若干上の感じだ。しかし安いステーキ特有の安い感じがどうにも付きまとう。なぜだろう少しケミカルな感じなのだ。柔らかくするために妙な液につけたような味。でも、まだマシ。食べられる。でも米がダメ。食べられない。日本人の主食なんだからもっと米に力を注いで!病気の人が食べてるんだから!これ食べて死ぬかもしれないんだから!手を抜くなんていくない!飯島はいつも全力です。全力だけど色々間違ってます。あと全力だけど適当です。ヴァイオレンスです。どかーん。爆発です。人生は爆発しとるのです。
  1. 2009/05/22(金) 23:06:16|
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ヒスの人

  どうも、昨日に引き続き体調が低空飛行の飯島です。オヒスを休んでの療養も考えたのですけれども現在のわたくしが従事している業務は人手が足らなくて足らなくて大変なのです。だって飯島を「戦力」とするぐらいなのですから。あの適当と混沌と自由を愛する生きているだけでほとんど法に触れている飯島を。だから多少の体調不良で休んでは申し訳ない。でもきっとこんな状態で出るのだから人々からは蛇蝎のごとく嫌われるだろう。新種のインフルエンザをオヒスに持ち込む大外道がやってきたとかなんとかで袋叩きにされるかもしれん。自慢のイスラエル武術も本人がグロッキー状態ではろくに披露する前に取り押さえられてしまう。頑張って2,3人くらいは殺せるかもしれないが自分も死んじゃうだろうな。というわけで生命のリスクを背負ってオヒスである。だが私は死なずに済んだ。オヒスの人々は体温を測れと体温計を私に差し込んできたがその程度だった。来ても迫害、来なくても迫害だったら来ない方が良いかもしれぬと思ったが来てしまったのでとりあえず業務を遂行するほかない。もぞもぞやっていたら昼になる。昼が来た。ということはアレだ。ランチンだ。小鉢と納豆とご飯を食べた。とりあえず腹の中に納豆菌をばらまいてなんとか菌パワーで体調を回復してもらおうという算段さ。しかしどういうことだろう。菌が私の中の未知なるものに負けたのか体調はより厳しいカーブを描いて下降していく。一日が終わる頃には死んでるんじゃなかろうか。もともと人間は死ぬとはいえ、今日のうちに死ぬとは思わなかった。ああ悲し。しかしそれもむべなるかな。とりあえず後悔しないように残りの生涯を生き切ることにいたすましょう。
  1. 2009/05/22(金) 11:59:59|
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ン・フ

  まだ体調が悪いのです。歩いているとウィーンウィーンという音がするのですが一体何の音なのかわかりません。たまに舌の奥に鉄の塊みたいな臭いのものを感じます。そんな時はアレだ。ハンバルガー先生に助けてもらおう。私は体調がすぐれない時はトマトか、しからずんばハンバルガーを食べる。トマトは赤いから。ハンバルガーはメリケン時代に近所にハンバルガー屋しかなく、病気になったらそれしか食べられなかったからだ。今日のところはケンタルキーン・フライディド・チッキンのハンバルガーを食べよう。やいのやいの。食べよう。前回食べた時はなんだかひどくまずいハンバルガーだったけれど今日のは別にひどくまずくないハンバルガーだった。しかし、マネヨーズが入り過ぎで少ししょっぱい気はしたけれど。いやいや、昼に味の無いものを食べたせいかもしれぬ。つまりそれは私のせい。私のせいで鶏肉が不当に低く評価されようとしている。ダメ!絶対!食後にホットコーフィが飲みたいと思ったけれど頭が朦朧としいた私はウローン茶を頼んでしまったのだ。まさしく胡乱なお茶。読める?「うろん」なお「ちゃ」ね。意味までは教えない。なぜなら私自身意味もわからず使っているからだ。ああ、胡乱だ。というわけでコーフィ欲しいと思いながらウロン茶を飲み夜が更ける。風邪なら治れ。明日はイスラエル武術なのだ。仕事はどうでもいいがイスラエル武術は休みたくない。世界中の健康よ、私に集まれ!
  1. 2009/05/21(木) 20:37:44|
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脳の活

  味の無いパスタだった。だがそれは私の体調のせいなのか本当に味が無いのかはわからなかった。昨日は元気だったのに一昨日の体調不良が戻ってきた。それもよりゴージャスになって戻ってきた。身体が、ダルいです。頭が、痛いです。むやみに寒いのでエアコンがえらいことになっているのかと思ったら寒いのは私だけだった。身体が芯から寒いです。脳の活動が鈍っています。もともと切れる性質ではないので鈍さがひどいです。ドンドン記憶がなくなって大切な思い出が抜け落ちて行く。でも忘れた後の飯島は肝心な部分が既になくなっているので別に悲しくもなければ嬉しくもありません。少しむなしいかもしれませんがよく考えれば考えるほどむなしさも薄れていく。そんな私が味の無いパスタを食べる。しかし、味の無さが食欲不振の飯島には丁度いい。何も食べていないような気分で食事が取れるのだから。気がつくと満腹になっていたので箸を止める。たまには味がないものも良いものだ。午後の業務が始まる。ひどくダルい。これは明日、休んでしまうかもしれないと思って同僚に伏線を張っておいたのだけれどその同僚はもともと明日が休みなのだった。伏線、意味無かった。早く元気になりましょう。とても良く眠りましょう。でも業務中に寝ると怒られるんだ。不思議!
  1. 2009/05/21(木) 11:52:58|
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ヤやス

  以前世話になったギャラリに行く。今日は何やらイヴェントがあるらしいのだ。イヴェントということは何か良いことが起こるということだな。良くないことが起こるのにイヴェントだと言って人に宣伝することはないだろう。というわけでやってきた。やってきたらば人がいる。そうさ。東京ではどこに行っても行った先に人がいる。ラバしかいなかったり熱帯魚が泳いでいるだけだった場合、来る場所を間違えたと思って別の場所に行ってしまう。というわけで人だ。それも一人ではない。何人かいる。どうもどうも。知った顔なので挨拶をしますよ。知らない顔には挨拶をしませんよ。でもした方が良かったのかもしれません。飯島としては知らない顔に挨拶をしているとスブヤやスンジュクのような繁華街に行った時に、いいえ、普段電車に乗った時でもそこら中の人に挨拶をする必要が生じて疲労困憊してしまうのであまり知らない顔には挨拶を控えるというルールがあるのです。向こうとしても知らぬ人間に挨拶をされては困るだろうとも思っている。そういうわけで知った人に頭を下げているとイヴェントが始まったのでそれを見ていた。人々が大きな板に大きな絵を描くのだ。いいな、私も描きたいな、と思ったけれど彼らはプロフェッション。私のような写真だけの男が混ざれるようなものではない。だから見ていた。応援したりもしていた。そんなことをしていたら意外と時間がたって日は沈み夜も更けお開きの時間は本格的な夜。疲れた私はコンビニエント便利店で便利飯を買って帰る。自宅で食べる簡便飯。別にこれでなくとも麺類を外で食べても良かったかなとは思うのです。
  1. 2009/05/20(水) 22:54:48|
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ツェル、ミー

休日日記
  白金高輪でイスラエル料理を食べる。三日前もやはり白金高輪でベーグルを食べていた。そのベーグルも実はユダヤ料理でありイスラエルと深いかかわりを持っている。ということは白金高輪はイスラエル化しつつあるのかもしれない。いいや、ちょっと待て。イスラエル武術を修め、ベーグルを昼に夕にと食べ、イスラエル料理を食べにやってきている私自身がイスラエル化しているのかもしれない。おお、ユダヤ飯島!別になってもいいけどね。というわけで初めて食べるイスラエル料理だけれどランチタイムはセットがあるようだ。ふむふむ。チキンシュニッツェル、ミートボール、ケバブ、か。なんだか馴染みがあるような無いような微妙なラインナップだ。しかし私はメインよりも副菜の「フムス」が気になる。ヒヨコ豆のペースト、とあるがヒヨコ豆がまずわからないしそれがペーストになっているという図がわからない。その上、「当店独自の配合!」と書かれている。一体何が配合されているのか。しかしそのフムスがついているのがチキンシュニッツェルのセットだけなのだ。でもシュニッツェルってドイツ料理じゃないのか?まぁでもイスラエル料理屋で出すからにはイスラエルでも食べるのだろう。そうではなくただ店主の気まぐれで出しては店の秩序が保てない。いずれ塩らっきょうやおはぎまでもがイスラエル料理として店先に並ぶということになりかねない。そう信じて私はチキンシュニッツェルのセットを頼んだ。さっきから普通に「チキンシュニッツェル」と連呼しているが一応説明しておこう。チキンシュニッツェルとは簡単に言うとチキンカツのことだ。しかし日本のカツのようなディープフライではなく味付けはレモンなどで行う。頼んですぐに出てきたのは例のフムスだ。これがまた独特な見た目を有しておりいやが上にも異国情緒が溢れて来る。浅い皿の上に盛られた豆のペーストだが真ん中に穴が開いておりそこにオリーブオイルを始めとした何か香りのよいものが注がれていた。スップーンですくって口に入れるとこれがまた苦い。うまいとは思わなかったがきっとうまいのだろうと無理に食べ進めているとピタが来た。ふんわりとした丸いピタだ。もしかしてこれをつけて食べるのが正解か?ピタを千切ってフムスに浸す。そして口に入れると図に当たった!ビンゴ!これぞイスラエル!フムス万歳!ようやくイスラエルの文化とわかりあえる気がしてきた。続いてやってきたチキンシュニッツェルは普通にチキンシュニッツェルだったのでチキンシュニッツェルな感じでおいしいのでした。やはりフムスのまずさすれすれの感動とは比べられないな。食べ終えて私は調子にのってイスラエルデザートも食べた。「イスラエルのお正月ケーキ」という名のチョコレートケーキだ。これがまぁ、ドス重かった。とんでもない重量感。この店の後にケキー屋に行こうと思っていたのに全く腹に余裕がなくなてつぃまった。でも正直を言わせてもらえば私はもっとイスラエルデザートが食べたかった。バクラバやらマラビやら聞いたことがないケーキがたくさんあったからだ。だけど私が人間としての物理限界をそなえていることからもう無理なのでした。お腹が一杯で何も食べられないのでした。また来るしかない。来週来るしかない。そして私はますますイスラエル化していく。どうも、ユダヤ飯島です。日本人をやめる気は別にありませんのですが。
  1. 2009/05/20(水) 12:31:19|
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ルを眺

  先週行こうと思っていたザブジュウ(麻布十番)の洋食屋に行く。ザブジュウの癖に別に気取ったところのない街道沿いの坂道を登ると出ましたよ。目当ての洋食屋。やはりザブジュウらしくもない洒落味の無さ。地元密着的なお店だ。外から覗くと全然客が入っていないが大丈夫なのだろうか。ちょっと内装がチープな感じが若干私を不安にさせる。だがこの不安からの大逆転劇がたまらないのだ。ふわーってなるのだ。店に入ってメニュールを眺める。なんだかどれもこれもザブジュウとは思えないくらい安い。晩飯だのに700円代がほとんどではないか。その中で一際飯島の目を引いたのが「オムレツライス」である。オムライスの間違いじゃないか。でもいいね、そういうの口に出して言ってみたい日本語だ。というわけでオムレツライスを頂戴な。そして出てきたオムレツライスはオムライスとは別のもの。オムレツとライスがバラバラになっているいわばオムレツ定食なのでありました。こらしまったなぁ。飯島やってもうたなぁ。でも一口食べて私は間違いを見た。おいこりゃあ出来るオムレツですぜ。そんじょそこらのオムレツじゃあない。技を感じる確かなオムレツ。キチンとご飯に合うようドミグラスも濃い目に作っているのが泣かせるじゃあないか。それに付け合わせのザワークラフトもみそ汁もまったく手抜きがない。ご飯もいいぞ。いけてるぞ。この店はもっと高く評価されるべきではなかろうか。滅多に二度同じ店に行かない飯島だけれどこれは宣言してしまうね。「また来る」って。いや、実際来るしかないでしょう。この店はパスタやハンバグーもおいしいって聞くじゃないか。それを食べずに死ぬわけにはいかない。死ぬんだったらこの店の料理に毒を入れてもらってそれを食べてから死ぬ。いやでもやっぱりそういう死に方はいやだ。毒で死ぬのは少しイヤだ。イヤだけれどしかし、食事を終えて一時間、二時間すると猛烈に腹が痛くなってきた。毒か?毒なのか!?ベッドに横たわってガタガタ震える。たまに起き上がって日記の続きを書く。今日は早く寝ようと思う。明日はドーナツを食べるんだ。明日はドーナツを食べるんだ!絶対に食べるんだ!!
  1. 2009/05/19(火) 23:21:05|
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  ミートソースのパスタをすする私がいた。その私は社員食堂にいた。そのミートソースは、赤くなかった。私は赤いミートソースを期待していたのに。なぜだろう、そのミートソースの茶色いこと茶色いこと。全くもってセクシーではない。そもそも赤くないミートソースに価値はなんてあるんだろうか?水玉のポスト、虎縞の広島カープくらい価値がない。全然ない。でもミートソースのパスタ以外のものはちっとも食指が動かないのだ。あんまり食指が動かないのでミートソースのパスタ以外に何があったのか全く覚えていないくらいだ。ああ。悲しき存在のものども。そこにあれど、誰からも見られない。いや、飯島が顧みないだけだ。己の価値観を人類全体に敷衍してはいけない。人は自分から見ると自分しかいないように感じるが別にそういうわけではないのです。この日記も飯島以外の人間がほとんど出てこないけれど実は飯島の周りには色々な人間がおるわけです。そのほとんどはミートソースの色なんて気にしていない。赤くなくても問題ない。それが世間というもの。社会というもの。飯島のすぐ隣にあるのに手が届かないもの。そして話は変わるのですが、実はゥゥフナm日記を書きながら飯島はひどい腹痛で苦しんでいるのです。現在5月19日の午後10時過ぎに昼のことを思い出しながら書いていたのですが現実の腹痛の前に飯島はもう沈没寸前。最後まで貫きたかった。昼飯の話でこの日記をまとめたかった。だが、もう・・・・、ああ。ゴメンナー。死んじゃうカナー。もう寝るヨー。ヲウヲウヲー。
  1. 2009/05/19(火) 11:49:47|
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もり口

  カリーを食べー。チャハーンでも食べようと思っていたのだけれど歩いていたら気が変ってカリー屋に入ってしまった。それもチェンー店のどこにでもあるカリー屋だ。そこで完熟トマトとあさりのカリーを食べるのです。どこで聞いたか忘れたけれど誰かが絶賛しているのを見たことがあるような聞いたことがあるような夢で見たような気がするのだ。だからどれ一つ飯島も呼ばれてみましょうか。というわけで出てきたものをスップーンでこすこすもりもり口に入れてみたのだけれど、なるほどさわやかだ。トマトの酸味がいい感じ。まだ前に出てきてもいいね。トマトとカレーの組み合わせはもっと評価すべき。そこへアサリがなるほど邪魔をしない。別にすんごい引き立てているわけでもないけど邪魔をしない。これはとても大事なことだ。なるほど誰だかわからないけれど絶賛するだけのことはある。トマトがいいね。私はもう熱烈なトマトファンなのでそれがゆえにおいしいと思ってしまっているのかもしれないがともかくこのトマトがいいね。もっとトマトカレーを研究すべきでしょう。でもなんだかカレーを食べたような気はしなかった。液状の濃いトマトでご飯を食べたような気分だ。やはりトマトだからな。太陽の果実だ!夏が来る!トマトの季節が!トマトですから!飯島、トマトですから!夏の楽しみはトマトしかない!後はもう不満不平と恨みつらみしかない。それが夏。早く去れ。トマト以外はみんな去れ!夏よ終われ!来る前に終われ!トマトを残して消えてしまえ!早く!早く!人生は短いんだ!いつまでも夏なんかにかかずらわっている暇はないんだ!
  1. 2009/05/18(月) 21:22:10|
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Author:モチウナギ
写真家で着物デザイナーで何かそんなようなものです。

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