カル会

芸術家日常

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よ。人

  イスラエル武術の稽古の前に軽食を取ろう。最近稽古の前だというのにカレーを食べたり肉を食べたりして稽古中に後悔してばかりだが今日は軽食を取ろう。道場近くのキャッフェに行ってラザニアを食べる。フランスパンが二個ついていた。そんなラザニアを食べる。ラザニアが軽食か否かは評価の分かれるところだがキャッフェの食べ物だし量が少なそうだと見てとったのだ。実際量はそんなに多くなかった。味はまぁ普通の普通だけれどキャッフェの雰囲気が良いので許した。パンもちょっとおいしかったので許した。ええ、許した。偉そうな飯島。でも、許しは大事なことですのよ。人を許せぬものは人とともに生きていけぬ。許せよ人間!人は人である限り過ちから離れて生きることは出来ぬのだ!しかし、傲慢に見下すように赦しはよくありませんね。ともあれラザニアを食べ終えた私は中途半端にいい感じな腹具合で稽古にせいを出し、終わってみると何とも中途半端な腹の減り具合。今日はもう寝るだけなのであらためて食事など出来ないし、何も食べずに寝るには若干余裕のあり過ぎる胃の腑の容量。そこで飯島アイスを買った。しぐれアイス。渋いね。食べながら今日はお団子とシューアイスを人からもらって食べたのを思い出した。ああ、せっかく運動したのにそれを上回る量のカロリーヌ。なにやってんだろ、飯島は。生きているんだ、飯島は!だまれー!うるさいうるさいうるさーい!生きてるったら生きているんだー!ふがー!食べちゃうぞー!これがナイフとフォークだー!怖かったらあっちにいけー!電車に乗れー!日吉まで行けー!私はー、寝るー!
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  1. 2009/07/31(金) 23:20:20|
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のイメ

  サーモンのタルタルタルタル焼きさ。私はこう見えても男の子なのでタルタルは大好き!知ってるかい?タルタルソースというのはモンゴル系の騎馬民族「タタール人」からその名を取られてるってことを。飯島日記では度々同じことを書いているけれど同僚には何回言っても覚えてもらえない。なぜだ?興味がないからだ。そもそも「タタール人」などと言われても何のイメージも出来ない。書いている私ですら馬に乗った大量の朝青龍、白鵬、日馬富士が草原の彼方から走ってくる程度の想像しか出来ない。彼らがタタール人であり彼らがもたらしたのがタルタルソース。きっと兜の中にソースを入れておいて戦闘の間に肉を焼いてつけて食べるのだ。そのタルタルが場所と時代を超えて現代日本に大降臨しているのである。それも北区のオヒスの社員食堂に。大本のタルタルからは似ても似つかないものになっていようそれはサーモンに、私流に言えばサモーンにどっぷりかけられていた。このサモーンも「焼き」と名がついていたが本当に焼かれていたかどうかはわからない。ホテルのバイキング形式の朝食では得てして「焼き鮭」というのは本当に焼くと時間がかかり過ぎるので蒸しているだけなのだ。ここのもそうではあるまいか。どうか。わからない。私の舌はボンクラなのだ。でもなんだかタルタルは本当にたくさんかかっていたのでその点で満足した。ナイスタルタル!食べ終えて社食の来週の献立を持ってオヒスの自席に戻る。同僚に献立を渡すと本当に楽しそうに献立を読んでいる。私が日々ブログでこてんぱんにしていることなど知る由もあるまい。ああ、私は悪いやつだ。悪ものだ。早く勇者が来て退治してくれないか。お金はないけど、それなりの経験値なら譲ってあげるよ。
  1. 2009/07/31(金) 11:59:49|
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ー?そ

  ナッポリタンを食べることに決めた。ケチャップまみれなジャポネーゼ勘違いパスータがどうしても食べたい。食べたい食べたい。あのカロリーヌの塊、炭水化物に調味料をぶっかけただけの不細工な料理が食べたいの。というわけでやってきました洋食屋。そこで私はナップリタンの上に海老フライが乗ったものを食べる。いかにも男の子男の子した皿である。私の真後ろの男子はナッポリタンにハンバーグを乗ったものをオーダーしており彼女からずっと「えー?そんなのありなの?えー?」と言われ続けていた。彼氏が私と同じものを注文していたらお前の命が危なかったな。振り返った飯島さんに「ナッポリタンに海老フライで何が悪い!」と一撃のもとに首をへし折られていたぞ。まぁ、私も確かにナッポリタンにハンバーグはくどすぎ、やり過ぎだとは思うけど。ともあれ私は海老フライだ。ちょっぴり真後ろの彼よりは大人だぞう。というわけで食べる食べる。途中でケチョップがくど過ぎて胃がムカムカするのがナッポリタンの醍醐味である。それでも私は食べ終えて店を出るのです。口の中がしびれている。これぞ科学!科学の味だ!見よ、輝かしき人類の勝利を!家まで歩く。途中でコンビニエンスによって団子を買った。明日、食べるんだ。餅を搗いた菓子が翌日、翌々日になっても柔らかいというのも奇妙な話だがそれも人類の勝利。まったく、何勝ちまくってんだよ人類・・・。少し悲しい。空にはほら、おぼろ月。久しぶりに空を見上げた。首の筋肉が何かを叫んでいるよ。
  1. 2009/07/30(木) 22:28:38|
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かって

  なんだか朝から腹の具合がよろしくない。すぐにふらふらトイレに駆け込む不甲斐ない飯島。昨日何か変なものを食べたかしらん?食べた覚えは全く無い。ということはなんだ。呪いか。人に恨まれてもまるで気づくことのない大味な性格な私ならば知らない間に2,3呪われていても不思議じゃない。でもまぁ、腹を下す程度の呪いならば年に2,3回までならかかっても構わない。それで腹の具合が良い他の362,3日の健康を実感できるなら。でもまぁこのままずるずる腹痛を引きずるのはつまらない。何か菌的なものが腹の中で増長して本体である飯島が死ぬのも困る。というわけで菌には菌を。というわけで納豆をこの腹に投下する。どうか、納豆菌の先生!頼みましたぜ!人の腹で暴れまわる不埒ものをふんじばってやってくだせぇ!しかし社員食堂のお納豆先生はあまりパゥワーが無さそうに見ゆる。なぜかガチガチに冷凍されていて小鉢の中に箸を突っ込んでかき回してもちっとも全体がほぐれず、納豆の塊が容器の形にそってくるくる回転するだけなのだ。これを強引に箸で割りなんとか「かき混ぜ」の体裁を整えてから飯にかける。更に粘りパゥワーを上げるためにオクラの大親分も一緒に入ってもらうことにした。これぞ粘りの東西大横綱である。それらが飯島の腹の中で突っ張って突っ張って突っ張りまくるのだから健康にならないわけがない。飯島の中の悪い菌的な何かはたちどころに駆逐されよう。でもそれまでは、その作業が完了するまでは、私は腹痛と一緒にいるよ。もうすぐ消えてしまう君だけど。私はきっと忘れない。いつかきっと戻ってくるその時まで。私は健康体で待っているよ。
  1. 2009/07/30(木) 12:06:41|
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つ目な

  中華料理屋で飯を喰う。何か定食的なものを、とから揚げ定食を頼んだ。しかしこれは苦渋の決断だった。私が本当に食べたいものは、から揚げ定食ではなかったのだ。メニューの上の方にあった三種類の麺類に私の心は釘付けだった。「冷やしジャージャー麺」「冷やし冷麺」「冷やし醤油麺」なんだかよくわからない麺類三種類が冷やされている。二つ目などは冷麺を更に冷やしている。これはもう氷点下に大突入しているに違いない。でも私はずばり冷やし中華を昼に食べているのだ。栄養学の観点から同じものを連続で取るのはあまり褒められたこととは言えない。だからこそのから揚げ定食。あえて私はから揚げ定食。そんな悲痛な思いで頼んだから揚げ定食だったがここで飯島は痛恨の裏切りを受けることになる。ここのから揚げ定食はマヨネーズがついているのが特徴だったのに、無いのだ!どこにも!マヨネーズが!あの白く輝く天使の羽が!しかし不平は言うまい。マヨネーズがついているのついていないので大騒ぎするなんて大人としてどうかと思う。芸術家としてはありかもしれないが私はそういう芸術家ではない。マヨネーズのことはそっと心の奥に閉まっておいて半年後にこの思いを作品として昇華させる。「見えないマヨネーズ。それは厨房の中に。コンビニに。スーパーマーケットの商品棚に。」というタイトルをつけよう。未来のために今日のマヨネーズの不在。の肯定。食後はコーフィを飲む。ああ、今日も一日が終わる。どうして一日は終わってしまうのか。そうさ明日が来るためさ!コーフィを飲む際に飲み口に何かついているな、と思ってカップを傾けたら当然のように中身がズボンに降り注ぎとても熱い。とても汚れた。ええい、くそう。
  1. 2009/07/29(水) 22:24:20|
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からハイ

  大冷やし大中華を大社員食堂で食べた。「冷やし中華」というのは毎回思うのだが名前が壮大過ぎていつも「大」とつけたくなってしまう。全く日本人の発想には恐れ入る。かの広大な中国大陸を冷やそうというのだ。アメリカにだってそんな大それた考えはない。フローズン・アメリカン・コンティネント・ハンバーガーみたいな。思いついても実行しないことを日本の外食産業めはやってのけた。そこに痺れる!憧れるぅ!しかも社員食堂で食べられるというのだから日本のハイテクは天上知らずだね。ハイテクとどう関係するのかはわからないが日本と言えばハイテクなのだからハイテクなものに決まっている。実際それを食べてみたけれど半導体や自動車部品がたくさん入っていて非常にオイルっぽかった。というのはウソであり、私の日記は8割がたウソでありそれはもう既に日記ではないと思うのだが別に誰が何を日記と思うかは私の自由というかあなたの自由でもありそれは空の青さに関係していない。わかるか?わからないだろう。私だってちっとも何も理解していないのだ。世界の姿は表面だけ見るとそれっぽいけれど私の立場から見て見よ。何もかもが理解不能だ。なんでビルが建っているのか。昨日と同じ姿で建っているのはどうしてか。鏡にうつる自分らしき人物は昨日の自分らしき人と同一人物なのか。車に乗る人はどうして誰も対向車線へ突っ込まないのか。私がハンドルを握ると対向車線へ飛び込みたくて飛び込みたくて胃の腑がギリギリするというのに。なんで人は一人で歩く人は真顔なのに二人以上だと無警戒で笑顔の人が多いのか。よくわからない。世界は不思議で満ちている。そして冷やし中華だ。素晴らしいネーミングだと私は思う。去年までの私は冷やし中華なんてちっとも好きではなく、恐らく昨年は一回も食べていないのに今年に入って既に四回くらい食べている。人間の嗜好って変わるものですね。いつか私はお金が大好きになって顔に「マネー」と大きな刺青を入れるかもしれない。それは少しかっこいいな。今の私がやってもいいな。顔の右上から左下へ大きな文字で「マネー」。ちょっと声に出して言ってごらん「マネー」はい!「マネー」!楽しくならないか?そうでもないか。そうでもないな。今日はやたらめったら眠いのよ。
  1. 2009/07/29(水) 11:58:57|
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ビであ

  体調は良くなったよ。昨日の私はなんだったんだろうね。陰気臭い。死ねばいいのに。でも昨日の私が死ぬと必然的に今日の私も死ぬのであるのでそれは少し困る。もうちょっとだけ長生きしてもいいですよ。私の後に死ぬがいいです。そうなると今日の私が死ぬ前に昨日の私が死んでしまい困ったことになる。具体的にどうなるかというと今日の私はゾンビであるかもしくは昨日死んだのは偶然だったとか単純に私が神であり何回死んでも問題ないとかそういう話になる。つまり面倒なので昨日の私は長生きをしてもらいたいが今日の私が死ぬ同日中には死んでいて貰いたい。さもなくば色々と自然界がつじつまを合わせるのに骨を折る。
  ともあれ今日の晩飯だけれど食べたいものが見当たらなかった。飯島にあっては珍しいことだ。食事のことか芸術のことしか考えていない私が食べたいものが見当たらないだなんて。もしかしたら身体が完調ではないのかもしれないが自然のことはよくわからない。脳で生き過ぎる私にはボデーからの叫びが届かない。ともあれなんとなく健康的なものが食べたいな。野菜中心か、百歩譲って魚が食べたい。でも目黒駅の周辺に私が望んだような店が一つもなかった。あるいはあったかもしれないが私は気付かなかった。ぶらぶらしていたらそれもほらご覧。もう自宅が見えてきた。南無三!こうなったら!と自宅近くのスーパーに入る。するとあったのがサバの押し寿司。ふぅん、押してあるんだ。いいじゃない。手間がかかってる。それからなんとなくタコのから揚げも買った。「タコ」というのが気がきいている。ゲラゲラゲラ。たこ、揚がっとうよ!というわけで彼らを自宅で召し上がった。飯島様が。両方ともなんか普通にいいじゃない、と思った。社員食堂で毎日拷問のような食事をしているとどんな食事も楽しくおいしく召し上がれるようになるのですね!囚人は空の青さに感動し、春の陽ざしに涙する、的な的なー。というわけで食べ終えて何かしていたら夜も更けて参りました。寝ようと思います。明日も夜になったら寝ようと思います。明後日もまた、夜になったら寝るんですねー。人間って不思議!
  1. 2009/07/28(火) 22:44:18|
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ルなク

  ハヤシライス!速そうだ。なんだか素晴らしく速そうなライスじゃないか。確かあの有名シェフの茂木さん、確か茂木さんだったよな、その茂木さんが東京で初めて食べたのが確かハヤシライス、確かハヤシライスだったよな、のはずのものだ。ハヤシライス。普通に暮らしていると中々食べる機会が無いような気がする。私のイメージではビーフストロガノフと被ってしまうし、なんとなく「戦後のおしゃれ飯」みたいな印象なのだが世間一般はどうお考えか?はっ!それはあなたの意見だ!今頭に浮かんだのは世間一般の意見ではなくあなたが勝手にハヤシライスに抱いている感覚に過ぎない。パーソナルなクオリア!というわけでハヤシライスです。なぜかメンチが一つ乗っていました。メンチを少し食べると少し気持ち悪くなった。古い油だ。とはいえメインはハヤシライスだ。スップーンで「ハヤシ」の部分をすくってライスと食べる。ハヤシライスのどろどろした部分はあれは「ルー」と呼んでいいいのだろうか?「ルー」はカレーにしか使ってはいけないような気がするので私はずっと「ハヤシ」と呼んでいるがそれも間違いのような気がしないでもない。とにかくハヤシとライスを口の中に入れてこねこねもぐもぐしてみたら案外のほかいいじゃない。この評価のままに食べ続けよう、と思ったのだけれど中盤に差し掛かったあたりで「もしかしてそんなにおいしくないのやもしれない」と思うようになり最終的には「評価の軸がぶれるまえに一刻も早く胃に落としこまなくては」とダイナミックな変化を経験した。あと付け合わせのレンコンが人知を超越した味付けで絶望した。これで味見をした人間がいるとしたらそのものは味覚を持っていない。持っていたとしても人類のそれではなくウミウシとかカナブンとか我々がわかりあうことのできない生命体のものだ。蛇口をひねるように無造作に首の骨を折って殺したい。ひどい。あんまりだ。泥の中で成長してきたレンコンをこうまでバカにするなんて人類の傲慢だ。神よ、私に手からビームを出す能力を与えたまえ!この社員食堂を一面火の海にして差し上げましょう!地上にこのような低劣施設を残してはいけない!私はレンコンを救う!レンコンのために戦う!立てよレンコン!私に続け!奢り高ぶった人類をレンコンの奴隷にしてやるのだ!
  1. 2009/07/28(火) 12:00:29|
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る!足

  日が暮れても体調が戻らない。身体が重い血袋になってしまったようで生きていること自体が不愉快だ。電車に乗って時速数十キロで不快な飯島の身体が移動する。現代社会は不愉快でも高速だ!というわけでなんなく私は目黒にたどり着いた。おお、母なる大地よ!我が目黒よ!バカにするやつは片っ端からパンチする!私の腕が折れるまでパンチする。折れた腕をガムテープでくっつけてまだ殴る。根元から腕が無くなったら足で殴る!足がもげたら言葉で殴る!声が出なくなったら強く思う!「殴る」って、思う!ともあれ現実問題の飯島としては非常に体調が下り坂であり少し押されただけで倒れてしまう。そのまま大きないびきをかいて数時間でひっそり息を引き取る。その程度の人間です。食欲も無い。でも何も食べずにいるとガス欠になって動かなくなる。そして時代はこれから夏を迎えようとしているのだ。もしベッドで寝ている間に死んでしまったらば非常に早く腐ってしまう。妙なアプローチのものがほとんどとはいえ美を探究している飯島が腐り果てた醜い姿で葬式にスニークインするなんてちょっとかっこ悪いじゃない?ファンが減るじゃない?一人もいない状態からファンが減るのだからファンの数が虚数に突入したりもするじゃない?というわけでまだ死ぬわけにはいかない。せめて夏場は避けよう。というわけでおにぎりを三個買ってきて食べていた。おにぎりは私の握力が尋常ではないのかキチンと握られていなかったのか食べている途中でどんどんバラけてなくなっていしまった。空に消えてしまった。キラリその目に光るのは、ナミダ?ちげーし。眠いだけだし。頭痛いし。寝るし。くそぅ、冷房病っぽいのに暑すぎて冷房がなければ眠れやしないよ。全く世の中は矛盾に満ちている。なぜまだ飯島は生きているのか!
  1. 2009/07/27(月) 21:39:38|
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モア人

  朝から体調が悪い。頭がいつも以上に重たく感じられ、実際に重いんじゃないかと量りを探してみたが別に重かろうが軽かろうが私が重く感じているのだから重いんだ。という至極当たり前の結論にたどりついて結局何もしなかった。何もせずにしかし、仕事には向かう。なんとなくイヤな感じがするというだけで仕事を休まないのは私が日本人だからかもしれない。サモア人やパプアニューギニア人だったらまず間違いなく休むだろう。そんなぐったりした状態だが一昨日買った最中を同僚たちに渡すことによって自身のぐったりをごまかす。これで多少のミスをしても許されるかもしれない。ミスをする気はないけれど。でもミスはしてしまうだろう。なぜなら私は人間だから。そのための対処法が「最中」というのがいかにも飯島らしい。ミスの本質にまるで迫っていない。でも、だからこその飯島です。身体がだるい。私の席はエアコンの真下。鼻血が出そう。ビタミンが壊れてく。油断すると吐き気が来るのでなるべく背筋をまっすぐにしている。買って二日経った最中は皮の食感こそ少し落ちていたがあんこが皮に馴染んで総合的なおいしさは段違いにおいしくなっていた。この「出来てから数日後が食べ頃」というのが日本の焼き菓子の凄いところだな。以前、できたてのドラ焼きを買って毎日食べて味の変化を調べてみたっけ。四日目が一番おいしかったな。この最中もこの二日でよく育った。少し気分が良くなってきた。今日の社食はラメーンですか?許しましょう許しましょう。私には最中がある。君にも最中がある。手の中には無いかもしれない。でも瞳の中にはそう、きっと一粒最中がキラリ。
  1. 2009/07/27(月) 11:58:09|
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衡を図

  りんごのタルトが食べたいと思って歩いていたらケーキ屋が出てきてしまおりんごのタルトがあってイートインで食べたらおいしかった。しまった。今日の運を使い果たしてしまったぞ。こうなったら自発的に罰を受けて運の均衡を図ろう。というわけで夕飯は出来合いの怪しいおにぎりやらサモウィッチやらを買ってきた。きっとこれらはまずい。まずいがしかし、これは罰だからいいのだ。刑務所の労働と同じた類のものだ。あれはアルバイトではないので通常の仕事のような時給換算はされない。今回の食事もまたおいしさを考慮したものではない。とりあえず私の身体を維持できればよいのさね。さのよいよいね。食べ終えて少しく物足りなく思う。水分が足りない。夏なので水分がもっと必要。でも水を飲み過ぎるのは身体に悪いような気がする。だからと言って水を飲まないのも身体に悪いような気もする。どちらにせよ身体に悪いのなら水を飲む悪い方を取りましょう。それからアイポッポを充電しましょう。
  1. 2009/07/26(日) 19:27:42|
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ス。へ

  朝一で仕事に行くよりも早起きをしてイスラエル武術の稽古に行くと道場はカギがかかっていて入れなくなっていた。全く日曜の朝から稽古に励もうという感心な生徒になんて太い仕打ちだろう。ドアをぐんぐん引っ張るが全然開かない。周りから「飯島さん!」という声が高くなって来たので強引にあけるのは諦める。そして道場に電話をしてみると「本日は東京セミナー開催のため、通常クラスをお休みとさせていただいております」というアナウンス。へっ。それならそうと張り紙の一枚でも貼っておいてくれれば良いのに。とはいえそういうことなら仕方がない。変に時間が空いてしまったが今日の私は多忙なのだ。髪を切りにイェビスに行かねばならぬ。切ってから食べようと思っていた昼飯を早めに片づけてしまおうかな。と、入りましたるは和風スパゲッテーのお店。ここで茄子とトマトのモッツァレラチーズパスタ、というあまり和風でないパスタを食べた。こやつは中々に大きい具がゴロリゴロリと入っていてとてもメンズライクな感じ。「メンズライク」雰囲気だけのカタカナです。意味はわかりませんが。ともあれその大きな具とパスタを一緒に食べるとなぜか「パスタ丼」という新しい丼物を食べているような気分になった。そうか。フォークでなく箸で供されるところもその感を大きくしているのだな。前に同じ店で和風ものを食べた時はもっと斬新な感じがしたのだけれど洋風は意外と普通なのだな。どうせならセットにしてデザートも食べたいと思ったけれどきっと髪を切った後に甘いものが食べたくなる。だから我慢よ。我慢の子。デザート食べずに美容院。頭を夏モードに変えてもらうのです。
  1. 2009/07/26(日) 18:10:18|
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送・カ

  江戸時代からのずっと和菓子を売っているという老舗で最中を買った。それを持って祖母を訪ねる。私と違ってうまいものに興味の薄いお婆様だけれどそこの最中は知っていた。流石は江戸時代から続く最中だ。食べてみて案外素朴なことに感じ入った。派手さはないが堅実なつくりである。これを江戸人が食べていたのだな。そう思うと感慨もひとしおである。でも想像していたよりも大したことが無いと思ったのもまた事実。創業は江戸時代、ネット予約・地方発送・カード支払一切せず、支店無し、という強気の商売から半ば神話になった最中だがその実態は非常にシンプル。だからこそ派手に演出しなかったのか。出来なかったのか。それをまわりの人々が勘違いしたり支えたりしてなんのなんので江戸時代からようこそ現代へ。嫌いじゃないぜ、そういう流れ。ムーブメント。というわけで祖母に持っていくと喜んでくれた。普段私が持っていくものが変に実験的なものややたらと斬新なものが多いので江戸から続くものならば安心するのだろう。非常に茶に合う良い最中だった。しかし実は買い過ぎてしまった。予約制で中々電話がつながらないと聞いていたので電話がつながった際に10個入りを二つ注文してしまったのだ。しかし我が家に20個の最中の需要は無い。はてさてどうしたものか。最中を食べながら考える。明後日、オヒスにでも持って行ってみよう。ボスに媚を売って私のミスのお目こぼしをしてもらおう。ひひひ。私の最中は悪い最中です。
  1. 2009/07/25(土) 21:18:34|
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あれう

  うなぎを食べてきた。先週もうなぎを食べた。でもあの時は土用の丑の日の一日前で、なんだか「ブームに踊らされる飯島」という気持ちの悪い絵面になってしまってせっかく好物のうなぎを食べたのに気分が晴れなかったのだ。そこで今週もうなぎを食べることによって第三者からの絵を「好きだからうなぎを食べている飯島」という構図に修正を行うのだ。誰もそこまで気にしないのだけれど飯島本人が気にするのだよ。だって好きだから。ホントに好きだから。うなぎ。私のハンドルネームもモチウナギだし。ってゆーか別にモチはそんなに好きじゃないけど。ともあれうなぎである。新橋のうなぎ屋にやってきた。今日はザギンに用があるのだがザギンで昼飯なんて人類の中でも選ばれし精鋭「セレブレティー」でないと食べることが出来ないのだ。だからド庶民飯島は山の手ラインで一つ前の駅、ド新橋で降りてうなぎを食べる。精力でもつけないとザギンなんて入れないよ。しかし流石はザギンの一歩手前、うなぎが少し高いような気がする。スブヤにある飯島の贔屓の店はもちっと安い。でもいいんだ。私はうなぎが好きだから。食べちゃうよ。高い店の安めのうなぎを。そうしたらなんだか中途半端なうなぎが出てきた。普通うな重と言ったら一尾、長めの二切れがぐんなり座っているところを半分と少ししかいない。0.75尾で構成されたうな重。もしくは3/4うな重。食べながらなんだかもやもやする量だ。これならなんぼか金を多めに出して一尾で構成されたうな重にすれば良かったよ。もやもやした気持ちを抱えながら多めのご飯でうなぎを食べる。うなぎ好きがまたうなぎに翻弄されておるよ。これだからうなぎは魔性っ子なんだ。やんなっちゃう。そこがまた魅力(ミリキ)なんですけどね。というわけで食べ終えて店を出る。来週はまたスブヤのうなぎ屋さんに行こうかな。あすこはうなぎを短冊で出してくれるからいろんな部位が食べられるのさ。ああん、でも一人で行くのは気が引ける。居酒屋だから。誰かと行くかな。もしもしどうも、飯島です。誰か誰か。おや、この携帯電話、バッテリーが切れておるね。
  1. 2009/07/25(土) 12:52:37|
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が?って

  昼に続いてまたしてもうどんを食べる。どんだけ私はうどんが好きなのか。実際好きよ、うどん。何が、とか、どこが?って言われても困るのよね。本当に好きなものってほら、理由が無いじゃない?好きな理由をあげられるものってその理由がなくなれば好きじゃなくなるんだからそんなに好きじゃないと思うの。突き詰めればただ存在しているだけでいいとか、世界のどこかに在るってだけでいいのよ。うどんもそう。私が食べるうどんではなく、世界に遍在する全てのうどんが愛おしいの。まだうどんになる前の小麦粉も好き。小麦粉の前の小麦も好き。小麦を育てる太陽も、水も、風も、みんな大好き!というわけでうどんです。汁につけて食べるつけ麺タイプのつけうどんを食べたのです。セットでしらす飯もついてきました。なんとなくしらすは生しらすなんじゃないかと思いこんでいたのだけれどまさか夏の盛りに目黒区でそれは無かった。普通に茹でられたしらすでありなんだか貧相。ともあれうどんだ。うどんがあればアイムハッピー。でも栄養のバランスが偏ってしまってアイムアンハッピー。ぴっぴりぴー。ぴーひゃらどんどん。あら、どこかで夏祭りかしら?いいわねー。何がいいのかはわからないけど。ちょっとお浴衣に着替えて外に出てみようかしら。あら?蛾。顔にへばりついてとれないわ。困ったわね。まずシャワーかしら。お出かけは明日ね。皆さんおやすみなさい。
  1. 2009/07/24(金) 22:01:06|
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・・。お

  社員食堂でソバを食べようと思い、列に並んでいたら前の方の様子がおかしい。戻ってくる人は皆、深い鉢を持っていてソバを注文する人が一人もいないのだ。どうしたことだ。だがそんなことは厨房の人に聞けばすぐにわかること。ようやく私の番が来たので「今日はソバは無いんですか?」の最初の「きょ」の部分でもう深い鉢を渡されてしまった。中に入っているのはカレーうどん。ソバを注文しに来たのに強制的にカレーうどん。明らかに今日はソバを扱っていないようだし、突っ返すのも何なのでそのままカレーうどんを受け取って席に着く。だが恐ろしいものを渡されてしまったな。カレーうどん。私は今日、白ベースのティーショーツを着ているのだ。もしこのカレーが一滴でも飛び跳ねたら・・・。おおぅ、想像するだに恐ろしい!かつてカレーうどんに何枚のティーショーツをダメにされたことか。こいつの恐ろしさは正面にだけ注意を払っていればそれで物語が平穏に終わる、ということでは無い点だ。奴は左右からも攻めてくる。隣の人間が勢いよくカレーうどんをすすればそれだけで肩にカレーが!もしエプロンをしていても肩までは守ってくれない!カレーうどん。米軍の生物兵器が研究施設から漏れ出た結果としての食物という話も聞いたことがある。そんなカレーうどんは私はゆっくりゆっくり静かにすする。だが私はカレーうどんに気を取られるあまり一つのことに気がつかなかった。麦茶をこぼしていた。ズボンがびしょびしょになっているのに全く気がつかず、ただカレーうどんを食べることに気をつけていた。濡れたズボンは「なんだかすごい勢いで汗をかいてそれが冷えているな」と的外れな感想を抱いていた。恐るべきはカレーうどんである。私の集中力のずんどこぶりもまた恐ろしいが。今日のところはカレーうどん。こんなにも集中していたのに集中しすぎたせいで全く味を覚えていない。どこまでもカレーうどん、半端のないやつだぜ。
  1. 2009/07/24(金) 12:27:23|
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ダが描

  ケンタッキーで晩御飯を買った。当初はケンタッキーではなく寿司でもつまもうかと思っていたのだけれど一人仕事帰りに寿司屋、というのは何とも気恥かしい。なんだか食通みたいでイヤらしい。それにきっと高いし派手なミドリ地に変なパンダが描いてあるティーショーツ姿の兄ちゃんがふらりと入るというのは絵面はあまり面白いものでもない。だったらあれか回転する方の寿司か。ローリング寿司か。とそれ系の寿司屋に行ってみるろ大繁盛していて飯島のつけいる隙がない。混雑嫌いな飯島は即座に諦めKFC。すなわちケンタッキーである。名古屋の方ではケンフラ!と略すようだが私はKFCを推したい。メリケンかぶれと言われてもやっぱりKFCと言ってほしい。だって女子が腰を引きながらケンフラ!と空手チョップと同時に発語すると萎えるでしょう。実際そんなシチュエーションは無いと言われそうだが私は実際遭遇してしまい、例えようもなく世界にガッカリしたものだ。だからもうケンフラ!って言うな。頼む。飯島からのお願いだ!あんまりお願いをしない飯島からのお願いだから聞いてくれるだろう?それから収入の十分の一を毎月私に差し出せ。あんまりお願いをしない飯島からのお願いだから聞いてくれるだろう?五分の一とは言っていない。たったの十分の一だ。希望者は私に知らせなさい。すぐに飯島の口座番号をお教えしましょう。便利な月々の定額送金プランもご用意しております。ご随意に。
  1. 2009/07/23(木) 21:01:49|
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済、曰

  昼にマグロステーキカツという子どもと大人が等しく好みそうなものを三つまとめて凝縮したようなものを食べた。もちろん社員食堂で。そして私はマグロとステーキとカツ、三つをいっぺんにバカにされたような衝撃を受けた。なんというヘボアレンジ。マグロのうまみを殺し、ステーキのワイルドさを殺し、カツの食感を殺す。まるで臨済の言葉を体現しているようだ。臨済、曰く「仏に逢ったら仏を殺し、祖に逢ったら祖を殺し、父母に逢ったら父母を殺せ」厳しい言葉である。その言葉を実践するような厳しい昼食である。でも我々社員食堂の利用者は別に臨済の修行に付き合わされるためにやってくるのではない。ただ単に昼飯を、願わくばおいしい昼飯を求めて食堂に来ているだけなのだ。ええい、修行ならお前ら奥で勝手にやっていろ!マグロステーキカツの付け合わせにマカロニサラダってのもおかしいだろ!どんだけカロリーを取らせようとしてるんだ!ふがー!ヌガー!怒り狂った飯島は身長15mに巨大化、社員食堂を含めた周囲の建造物を破壊し目からビーム。北区を壊滅状態にして南北線に乗って目黒へ帰るのでした。口から火も吐くよ。
  1. 2009/07/23(木) 12:36:18|
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なポ

  夜の飯はスタミナ的なものの入った弁当。うちの裏手のお店のものさ。ここはスタミナと言っても毎回何かが違うのだけれど今回もまた前回のスタミナとは大幅に違っていた。前は肉ばっかりだったのに今回はシューマイとかキムチが重要なポジションにおり、肉は非常に控えめである。その肉の質がまた微妙でなんだか少しベーコンのよう。どこの切れっぱしですか。という部位を敷き詰めておりあまりやる気が感じられない。今日はいつものバンダナも巻いてなかったし少し気合いがボケているのかもしれない。癖っ毛のせいでモーツァルトみたいになってましたよ。というわけでご飯を食べてドクターペッパーを久しぶりに飲む。うんうん。昔から好きなのです。ドクタペ。パー。でも嫌う人間も多いですわよね。なぜかしら、こんなにおいしいのに!もし私が地球制服をもくろむ悪の宇宙人だったらばまずドクターペッパーを人間に飲ませ、それで「まずい!」と言った人間から処刑していくでしょう。この味がわからない人は想像力が欠如しているのだ。でも私は悪の宇宙人ではないので誰も殺さない。誰も殺させやしない。ニッポンの夜は今日も更けていく。
  1. 2009/07/22(水) 20:28:26|
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ームクー

  打ち合わせを終えて日本橋。どうも日本橋・銀座界隈というのは目黒区民から見ると高級感が鼻についてなんとも入りづらい。駅を降りるだけで日本橋・銀座は特別料金を取られ、食べ物屋はどこへ入ってもサービスチャージで五千円取られ、歩道を歩いていもクレジットカードの色で歩く場所が指定されているんじゃないかと思ってしまう。だが私が勝手に思っているだけで実際と想像はまるで違う。歩いている人々だって私と何が違うのか。確かに年代と性別は違うけれどやはり私と同じ生きて死ぬ人間どもが歩いているだけだ。そんな中に入って私は日本橋三越の本店へ行く。ここの地下のバームクーヘンが非常においしいという噂を聞いたのだ、昨日。その噂を聞いた時に「えっ!飯島さんでも食べたことが無いスイーツがあるんですか!」と素で驚かれ、私のプライドは非常に傷ついた。確かに私は暇とお金と時間を持て余した天上人でもプロのスイーツ評論家でもなんでもない。ただ趣味で甘いものを食べている一芸術家に過ぎない。食べたことが無いスイーツがあっても何の不思議もないのだ。だが、それでも、趣味だからこそ完璧をもって応じたい。私に夢を見る人間もいるのだ!(いないけど)でもいるのだ!(いないけど)だから私は即座に、そのバームクーヘンを食べに来た。三越の地下二階で営業していたバームクーヘン専門店。そこのイートインスペースで私は挑む。来いや!私を本気にさせたバームクーヘン!来たよ。私が注文したバームクーヘン。それらは既に切られていて、あのバームクーヘンならではの丸型ではなかった。細切れクーヘン。それを更にフォークで切る。おお、ふわっふわじゃないか。バームクーヘンのあの「みっしり」感が無い。そして外側はシュガーコーティング。なるほど、ここでさっくりした印象を作りその後にクーヘンのふんわりを乗せようという腹だな。考えるわい考えるわい。口に入るとなるほどしっとり。安いバームクーヘンを食べると喉が乾いて喉が乾いて思わず手元のナイフで首を掻き切ってしまうがそんな渇きとは無縁である。それにバームクーヘン専門というのがいい。この「軽さ」を武器にすればライバルは皆無じゃないか。しかし食べれば食べるほど私はバームクーヘンをよく知らないという事実が見えてくる。割と一般的な菓子でありコンビニにも置いてあるところが多いが「本物の」バームクーヘンと言われると私は全くイメージがわかない。本場ドイツのバームクーヘンはどんなものか、恥ずかしながら想像したこともなかった。これは飯島にとって新たな課題が与えられました。人間、知れば知るほど無知を知る。どこまで行っても果てしないのがこの甘味道。次の休日もまた、新たなるバームクーヘンを目指して走りましょう。
  1. 2009/07/22(水) 15:15:37|
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るスブ

  飯島はスブヤに降り立った。するとそこは、人間の林が出来ていた。いつもならクソジャリどもが右へ左へ勝手な思惑を振り回し周りのジャジーなリズムを全く無視して非常に歩きにくいのだけれど今日は違った。全員が棒立ち。阿呆みたいな顔で阿呆どもが阿呆な携帯電話を阿呆太陽に向けていた。それも一人、二人ではない。見渡す限りごちゃごちゃいるスブヤ人のほとんどが同じ動作を行っている。全員動きが止まっているので私としては歩きやすいが非常に不気味な光景である。一体どうしたんだ。彼らが見る先には何があるというのか。隕石でも落ちて来ているの?そうなると地球滅亡?やったー!でも違う。そうではないらしい。どうやら人々は「皆既日食」とやらを熱心に写真に収めているようなのだ。ううむ。私から見るとこんなに大量に人々が撮っているのだから自分があえて撮る必要は無いだろうと思ってしまうのだが皆は違うのか。そりゃ、皆が写真を撮る「ありきたりな日食」を独自のアプローチで表現するというのならわかるのだがボケ面のスブヤニンゲンの皆が皆そのように考えるとは考えがたい。というわけで私は一人日食を無視して昼飯に向かう。焼き鳥屋に行く。あまりスブヤらしくないランチから使える良い焼き鳥屋があるのですよ。というわけで来てみたらばまだ開店前。少し気が早かったようだ。とはいえ昼飯の後はすぐに予定が入っている身、開店を待つことが出来ないので近くにあった別の店に入る。ごちゃごちゃした男の「一人暮らし」みたいなワイルドな風情の居酒屋でのランチだ。そこで私はチキン南蛮を頼む。後から続々人が入ってきて皆口々に「ティキン南蛮」を頼んでいく。なるほど、よくよくメニュールを見てみると「チキン」ではなく「ティキン」と書いてある。それにしてもノリの良い客ばかりではないか。「チキン」と言ったのは私一人だけだ。だがチキンでもティキンでも出てくるものは同じである。まずおしぼり。このおしぼりがまた凄いというかひどいというか。ガッチガチに凍らせてあった。暑い外から入ってきた人への気遣いなのかもしれないが、ただの冷たい棒を渡してどうしようというのか。とりあえず広げてみようと思ったが渾身の力を込めてもまるでビクともしない。本当にただの凍った棒だ。これでは何もできないのでとりあえず放っておくと持って来た来たティキン南蛮。なんだか随分男らしい量で盛られている。天まで届けというほどの白米。そして南蛮の偉い量じゃないか。これを食べる。小食の飯島からすると多少げんなりしたがお店側の好意なのだ。無駄にしてはいくまい。いくまいいくまいとは思ったのだけれど結局少し残した。責めないでおくれ。だってどう考えてもコーフィーカップに灯油1ガロンは入らないでしょう。ともあれ少し罪悪感を引きずって店を出る。電車に乗って日本橋に向かう。今日はこちらで打ち合わせ。日食はもう終わってしまったようで誰も空を見ていない。都会人はイヴェントでもないと空を見ないのだけれど、イヴェントの時だけは皆見ているのだな。なんだか怖いな。
  1. 2009/07/22(水) 12:34:37|
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上に乗

  なんかカツ丼食べたい。そんな風に思いながら電車を降りた。だが目黒駅近くで私が信用するカツ屋は実は店主の病気で潰れてしまったのだ。今はクリーニング屋になっている。そうなるとどこか別のカツ屋でカツを食べるか蕎麦屋でカツ丼を食べるか、そういう話になってしまうのだけれどどうにも心が盛り上がらない。何かが違う。その何かが違うとことにすっと入ってきたのがパーコー麺。そうです。ジャッキーチェンの大好物。あれはカツっぽい何かが麺の上に乗ったラーメン風何かだからカツ丼が食べたいけれど食べたいカツ丼が得られない今日のような夜にはきっとフィットする。と思ったのだけれど全く全然フィットしなかった。ヘボ油で揚げたカツ風の豚だったのか食べるほどに胸がムカつくし麺は若干伸びてるしもうなんか散々だよ。あたしゃ疲れたよ。打ちのめされたよ。明日はバームクーヘン食べるよ。そうでもしなければやりきれない。雨降ってるし。濡れるし。うへぁー。うんうん。大きいものはジャンボだなぁ。アイポッポ充電して寝る。
  1. 2009/07/21(火) 22:30:04|
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花と小

  私が働いているオヒスが大量に人を入れたらしく社員食堂がとんでもないことになった。収容人数が規定人数の二倍になったらしく混雑っぷりが半端ではない。何を食べるにも行列に並ばねばならず、行列嫌いの飯島としてはもう死ぬしかない。もう何も食べられない。と思ったら列が出来ていないところもあるではないか。パスタゾーンだ。「菜の花と小エビのペペロンティーノ」というなんか腹の立つ名前のパスタのところだけ人が全くいないのだ。個人的にはジャガイモとひき肉のカレー炒めを試してみたかったのだけれど行列に並ぶことを考えれば仕方がない。パスータだ!アイアムパスータ!というわけでペペロンティーノを食べた。ふむぅ、いつものようにイタリア人には何があっても食べてもらいたくないヘボパスータだ。ともあれあまり食べたくないパスータを仕方なく食べるというのはちょっと飯島、傲慢に過ぎるな。パスタに対してあまりにも礼を失している。彼らだってデュラム・セモリナとしてぐんぐんのびのび育っていたのにいきなり刈り取られて粉にされたと思ったら麺状になり、気がつけば熱湯で茹でられて最終的にはイヤな顔をした飯島に喰われているのだ。彼らには一片の間違いもない。間に人間が入って余計なことをするからデュラム・セモリナも私も損をすることになる。でも人間が余計なことをしなかった場合は飯島は普通に東京北区のオヒスで餓えることになる。ああやだやだ。どっちに転んでもババを引く。この世はババしかないの。二枚引いても捨てられないの。私の中に溜まっていくの。するといつの間にかジャイアント・ババが心の中に登場してアポー。こんな発言が許されるのもあと二十年あるかないか。そこから先の人間はジャイアント・ババなんて古代文明お昭和日本の古文書の中でしから見られないのだろう。伊東四郎が「悪いね悪いねワリーネ・ディードリッヒ」とたまに言うけど誰ももうマリーネ・ディードリッヒを知らないものね。ああ、時の流れって残酷!ニンニク!ペペロンティーノ!午後の業務が始まるからオヒスに戻りますわね。
  1. 2009/07/21(火) 11:57:01|
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にぱさ

  凄いかき氷を食べたので夕飯を食べる気力がなくなった。でも何も食べずにいるのは不健康なのでフレンチ総菜屋で「おつまみセット」みたいなものを買ってきた。それでワインでも飲むのかと言えばさにあらず。一人晩酌の習慣がない私はウーロン茶でおつまみセットを食べるのです。もぐりんこもぐりんこ。なんつーか。ご飯としては妙にぱさぱさしてるし塩気は強いし全然いいことが無いな。全く早まったことをしてしまった。夕飯は夕飯としてめんどくさがらずに用意すべきだったのだ。これを良い教訓として覚えておこう。多分、日記を読み返せば似たような教訓が腐るほどあるのだろうが今日の教訓は今日の教訓として今日は覚えておこう。明日以降のことはわからない。明日以降の飯島に聞いてほしい。ウーロン茶を一本飲み終えたけれどまだ喉が渇く。水を飲む。もっと飲む。水を飲む。やー、水って本当においしいものですね。
  1. 2009/07/20(月) 20:51:33|
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!フガー!

  かき氷を食べてきた。それもただのかき氷ではない。「良いかき氷」だ!最初は「高いかき氷」と書こうと思ったのだが「良い」に変えた。実際、私が食べたかき氷は千円だったし隣のマドモアゼルに至っては千三百円のかき氷を食べていたのだから「高い」でも良さそうなものだが千円でも高いと感じなかったので高いかき氷とは書かないのだ!フガー!いやいやそのかき氷と言ったらば今まで私が食べてきたかき氷は全くかき氷ではなかった。ただ激甘のシロップがかかっただけのヘボ水だった。そして個人的には私はかき氷と言えば台湾スタイル(平皿に薄めに盛った氷の上下に具を乗せているため途中で飽きない)を愛好していたのだが、日本人の底力に触れて考えを改めざるを得なくなった。この抑えた味付けの素晴らしさよ。味の最後の一線を客に「想像させる」ことによって完成させるところがまた乙だ。ああ、この節度。恥じらいにも似た香りの使い方。かき氷の気品を見たね。なんだか氷職人の顔が見えるようだ。ふわりとした口どけもまた秀逸で冬のなごりを夏に食べている四季を感じられた。これぞニッポンの味。なんだかもう土下座したくなってくる。適当に生きていてすみませんって。でも私は私に出来ることをしてなんとか生きて行くしかないのだ。残念だけど。私は私以外になれないので。今回食べたかき氷は上から三番目に高いかき氷でした。なんだか一番高いものと一番安いものを初めて入った店で食べるのはなんだか失礼のような気がしたので。でも次回は一番高いものを是非食べてみたいと思います。この店の本気と対峙したい。夏はこれから。最も氷が適する時期に、私は氷に会いに来ます。その時は、この氷にふさわしい人間になっていよう。今日のところはそう心に誓うのでした。
  1. 2009/07/20(月) 20:42:48|
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ーナー

  恐らく都内でもここだけだと思う。そんな珍しい店に行ってきた。その店の専門としているのは「ウィグル料理」である。ウィグル、果たしてこの日記を読んでいる人の何割がウィグルという地名と場所を想像できるのであろうか。世界に羽ばたく飯島は当然場所も名前も知っていたのだけれど、知っていたのは正味それだけだ。しかし、最近はウィグル騒乱と呼ばれる事件が発生しているため世界的に注目を集めているのでニュースで見た人も多いかもしれない。だがそんな真面目なニュースの中で「それではウィグル自治区で主に食べられている料理を紹介しましょう!」というコーナーは無いのでウィグル料理まで知っている人はそうはいまい。日本は暴力的なまでに平和だがそこまで無神経なニュースは放映しないのだ。というわけでやってきました北区は十条、私はこの駅の二つ先の駅で日々働いているのだがここで降りるのは初めてだ。小さな駅舎を出てみるとなんというか狭っちい感じ。でもイヤな感じに狭いのではない。「狭いながらも楽しい我が家」的な古き良きジャポンの雰囲気がある。道はまっすぐではないしやたらとごちゃごちゃしているのだけれどそれがなんだか心地よい。散らかった部屋の友人宅の居心地の良さに似ている。暮らすにはきっと良い町なのだろうな。でもこんなドニッポンのド庶民的なところでウィグル料理なんて癖の強い店を出してやっていけるのだろうか。心配になってきた。潰れる前に行こうジャマイカ!というわけでやってきた。なんだか普通の定食屋のような外見。看板とか普通にブロック体で「シルクロード」と書かれているだけで全くやる気が感じられない。入ってみてもやっぱりどこにでもある定食屋然とした内装で、御丁寧に「笑っていいとも」まで流れている。壁になんとなく読めない字のポスターが張ってあるが演出というよりも「白い壁をさらしておくよりはマシ」という程度の配慮にとしか思えない。だが、この程度の演出だからこそ本物の匂いを感じるね飯島は。こう見えても「よくわからない食べ物ハンター」として都内の食べ物屋を徘徊している私である、嗅覚は人並み以上よ。そこで私が食べたのは羊肉とピーマンの炒め物onきし麺。正式な名前は忘れてしまった。なんといってもウィグル語だ。ウィグル語であっているのか?ともあれ私の知っている日本語とも英語とも違う言語の名前だったので一瞬で忘れてしまった。頼んでこれが、意外と出てこない。20分くらいは待ったろうか。私だけ遅いのではなく全員が満遍なく遅い。よろしい。料理に時間がかかるのは仕方が無いことだ。そして誰一人例外なく遅いということはそもそもそういう料理なのだろう。ここで文句を言う筋は無い。しばらくするとやってきた。ほとんど全員いっぺんに来た。隣のアベックも私と同じものを食べていて男の方が一口食べてテンシオンが上がる。「お!これマジうまい!」女子はしかし、食べるほどに打ち沈んでいく。自分の皿のものを食べてなぜこう真っ二つに評価が分かれるのか一口で理解できた。本場だ。行った事はないけれど、本場ウィグルの味がする。日本人には全く媚びていないウィグル人が自分がうまいと思った料理をそのまま出している。だから異国料理を食べ付けていない人はまるで食べられないのだ。正直、私ですらギリギリの感があった。胡椒と生姜の使い方が尋常ではなく、臭いと辛さのダブルパンチ。後ろ足に体重を乗せてしっかり受け止めなければ吹っ飛ばされる。熱い味だった。そんな個性丸出しの店なのに、いや、そういう店だからこそだろうかキチンとお客さんがついていた。我を通すことで周りが合わせるという生き方。くそぅ、かっこいいぜ!食べ終えてまた来たいと思った。今度は誰か連れて来たい。その人がどんな顔をするのか見てみたい。ゆがむ顔を見てみたい。各々油断召されるな。ここは北区のウィグル自治区。隙あればそのストマックに重い一撃。店を出るとなぜかホッとする。ああ、ここは日本だ。住み慣れたこの国だ。油断してても中々死なない。今日のウィグル料理は私の一部になって、飯島の異国情緒を加速させる。
  1. 2009/07/20(月) 13:15:56|
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しでリン

  庭園美術館に行って来た。この美術館は良い。世間はクソ学生どもがそろそろ夏休みに入るとかで美術館でもちんくしゃ学生どもに媚びへつらったようなブジリのアニメ特集やら親子で参加できるお手軽アート体験とかそういう敷居は低いがレベルも低い展示ばかりになってしまうのだけれど、庭園美術館は低きに流れていない。孤高を貫いている。ただ今展示しているのは「ステッチアート」である。ステッチアート、なんのことだかわからない人も多いだろう。これはな、主に布の上に糸を縫いつけることで表現を行うアート様式なのだ。だがお婆ちゃんが暇つぶしでリンゴやらキテーちゃんやらをベッドカバーに縫うのとはわけが違う。もっとアートアートしたものだ。アーティストが警備員として一企業に勤め、勤務時間中に創るという行為自体をアート化していたり、地図の上に現地で拾ったものや買ったものをバラしたものを縫いつけていたりと結構攻めている。夏休みの暇つぶし展示とはわけが違うのだ。だから夏になると面白い展示がなくなるとお嘆きの人よ、庭園美術館はどうか。行ってみよ。一度も行ったことが無い人は建物にもグッとくることだろう。旧宮様の邸宅がそのまま美術館になっているのだ。鑑賞後、私はドナーツを食べる。焼きドナーツの店でアイスクリンを乗せたドナーツを食べる。概して焼かれ系ドナーツは食感において通常の揚げドナーツに劣ることが多いのだが、白金台のその焼きドナーツ屋は食感はおろか舌ざわりや香りなども揚げに劣らぬ素晴らしい出来だった。この子は出来るドナーツだね!最近、都内に良いドナーツ屋が増えてきて私も誠に嬉しい限りだ。ドナーツの何がいいってあの形だね。「真ん中が無い。」最高だ。アメリカの食べ物だが日本を、東京を体現しているとも言える。皇居を中心とした東京という巨大都市。その実態は真ん中不在とも言える。誰もがタブー視するあまり現実感を喪失してしまった東京のドナーツの穴。皇居。そんなようなことを考えていたけれど別にドナーツ自体にそんな意味はないわけです。ただの菓子ですから。というわけで食べ終えて家に帰る。夜はパンをたくさん食べよう。
  1. 2009/07/19(日) 19:52:02|
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ざス

  日曜だし連休の中日だし目黒だしで昼時だけど開いている店が少ないだろうと思える今日である。だが中華料理屋、大陸の方の店ならば日曜でも営業している店が多いので駅前の中華料理屋に行こう。と、歩いていると海鮮丼を出す居酒屋が昼から暖簾を上げていた。ほう、海鮮丼。土日でいつ仕入れたかわからない魚だがそれでもやっぱり海鮮丼は魅力的だ。600円と妙に安いし。だが逆に不安でもある。なんで600円で海鮮丼が出せるのだ。しかも自分で具を選んで乗せるフリースタイル海鮮丼。600円の癖に。そこで私はイクラ、ハマチ、ネギトロを選んでいざスタートだ。食べ始めた。一口目でちょっとほわっと。ご飯が熱々だ。普段の食事ならば喜ばしい限りだが海鮮丼でそれはまずいでしょう。刺身が一気にぬるくなっていく。ここからは時間が勝負だ。喰うか喰われるか。油断していると海鮮丼にガブリとやられる。しかし結局は私の勝ちである。海鮮丼風情に私がやられるわけにはいかんのだ。すべてのネタがほかほかになるのが怖くてかきこむ様に食べてしまったので結局味がよくわからなかったがイクラは人造じゃなかったし結構頑張ってるネタが多かったと思うよ。熱々ご飯をやめればもっと評価される。でもきっとやめないんだろうな。作ってるおっちゃんの顔が「俺、ご飯は熱々以外認めねぇ」という顔をしていたし。何も言わなかったけれど私くらいになるともう表情でわかってしまうのだ。オーラが見える!過去が見える!ついでに未来も見える!現在もよく見える。メガネがなければ現在はよく見えないが。でも現実はあまり良く見えない。メガネがあってもよく見えない。とりあえずご飯が終わったので美術館に行こうと思うよ。
  1. 2009/07/19(日) 12:23:25|
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と。そ

  高橋名人が、あの高橋名人が目黒にやってくるというので見物に行って来た。「高橋名人」。私と同年代の人間ならば特別な響きを持った人名ではあるまいか。16連射、冒険島、逮捕疑惑、あの高橋名人がそのすべてを語る!というわけで行って来てそのすべてを聞いてきた。一秒16連射も今は12連射になってしまったこと。(「カールルイスも五十代になれば100mを9秒台なんて無理だ!」とのこと。)高橋名人の冒険島の開発当時は忙しすぎて「なすびがそんなに好きではない」という一言から「なすび」を取るとバイタリティが減少するようになったが別にそこまでなすびが嫌いなわけではないこと。そして逮捕疑惑は仙台のイベントで「今度、警察に行って一日署長をすることになりました」という発言が恐らく原因であろうということ(犯罪歴は当然全くなし)。他にもハドソンの黎明期や発展期を自身の経験を交えて語られる。印象的だったのはハドソンに入社出来たのが嬉しくて入社日になる前から勝手に出社して無給で働いていたこと。今の私は仕事なんて出来る限り減らしたいと思っているのに、ああ、好きなことを仕事にした人というのはこうも強いものか。名人が輝いて見えた。実際にスキンヘッドなので素晴らしく輝いていた。名人!よっ!生き方上手!イベント後、私は軽食を食べて帰る。昼にがっつりうなぎを食べたのであまり重いものは食べたくない。喫茶店でピザサンドとアイスコーフィを食べた。ああ、せっかくだから名人と写メを撮れば良かったな。でもまぁいいか。生きた名人に出会えたのだ。最後に若かりし日の名人の絶技をここに貼っておきましょう。克目して見よ!


  1. 2009/07/18(土) 21:44:41|
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でエー

  映画を観てきた。噂のアニメ映画、というか少し前に噂になったアニメ映画、というか少し前に噂になったけれど噂が落ち着いた頃に前作がティービーで放映されたことによりまたほんの少し噂になってきたアニメ映画。それを観てきた。「エーバンビリオン・爬」という奴だ。エーバンビリオンは私が高校生の時に一世を風靡し、当時の私も面白おかしく見ていたのだけれど最終回を前にしてメリケン国へ留学してしまったので非常に気になるところで私の青春はストップしてしまっている。だが今度映画でようやく完結するというじゃないか。ようやく高校時代から気になり続けていたものが終了出来るのだ。長生きして良かった。人生投げなければそれなりに良いことがあるのですね。というわけでエーバンビリオン・爬である。私が知っているエーバンビリオンは確かにアニメなのでアニメチックではあったのだけど割りと現実的な描写が多かったと記憶しているのだけれど劇場版は偉いスーパーロボット風味になっていた。次のビリオンがマジンガーZでも違和感がないくらいのぶっ飛ばしっぷりである。でも面白いのだな。これは次回も観に行かねば。そして私は映画館を出てうなぎを食べる。世間では明日は土用の丑の日だなんだと言っているがそんなものとは関係なくうなぎが食べたかったのだ。決して明日が土用の丑の日だからではない。ただ、土曜の丑の日が近づいているせいでティービー各種メディアでうなぎうなぎ言っているので少しはそれに影響されたかもしれない。それでも、だがしかし、私は認めない。土曜の丑の日だから食べたわけではない。ああ、うなぎ。夏のうなぎらしく脂のあまりのっていないさっぱりした味だった。秋口の濃厚なうなぎもいいけれど、夏のうなぎは白身魚の本来の味わいがあるやね。なんだかもっとうなぎが食べたくなってきた。もっとうなぎを!もっと精力を!使うあてのない精力をため込んで夏の花火として打ち上げるのだ!弾けろ、精力の三尺玉!夏の芸術はうなぎから花開く。
  1. 2009/07/18(土) 12:27:44|
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写真家で着物デザイナーで何かそんなようなものです。

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