カル会

芸術家日常

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コにプ

  堂島ロールを持って祖母を訪ねる。祖母と同居の母が私のブログ、今お読みいただいているこれを印刷しようとすると毎回大量のプリントをしてしまいどうしようもないと文句を言うのでそれを解消させに来たのだ。だが元々私のブログは印刷を奨励しているような作りではないし、それに母に読まれるのもちょっと微妙な内容が多い。ここは印刷を止めたいのだけれど、ああ、しかしそんなことで諦める母ではない。「なんだか紙が出続ける」と言いつつただ自然破壊をしながら自分の正義を貫くだけだ。そうなればさっさと正しい印刷方法を教えてせめてエコにプリントしていただきたい。というわけで教えてきた。夕飯として秋刀魚を饗していただいた。なんだか前に日記で「秋刀魚!秋刀魚!」と書いてから秋刀魚が最も好きな魚だと思われているようだ。だが違う。私が好きなものは原則「旬のもの」だ。そんなに物事を単純化してはいけない。それにいくつか前の日記に書いたが私は好きなものほど頻繁に食べないのだ。だから本当の大好物は一生で一回だけ食べればそれでいい。もう二度目はいらない。というわけで私の好きなものを出そうと思ったら物凄く気を使う。気を使うので気を使わなくていい。そういうめんどくさい部分は私が勝手に自分で出かけて満足させている。というわけで私はカレーパンを買って帰る。自宅で食べる。おいしいなぁ。カロリーヌのことがなければカレーパンはなんて素晴らしい食品なんだ。でもカロリーヌのことがあるので食べ終えるとしょんみりする。そこもまたカレーパンの味として味。
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  1. 2009/10/31(土) 20:45:51|
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れど、一か

  朝一でかりんとうを買いに出かけた。東京駅の構内にちょっとイカしたかりんとう屋があると聞いたのだ。以前、ボスからそこのかりんとうで「きんぴらごぼう味」を貰ったことがある。なぜきんぴらごぼう味を私にくれたのかはわからないが、私はそこの「チョコかりんとう」の話を聞き非常に食べたいと思ったのだ。そして私は朝一で出かける。超人気店らしいが10時前に着けばひょいっと買えるだろう。そう思っていた時期が、私にもありました。東京駅で山の手線を降り、グランスタという構内のショッピングエリアに入ると何よあれ。人間が渦を巻いていた。土曜の東京駅ということもあって全体的に混雑していたがかりんとう屋の前だけ別次元の人口密度だ。駅構内に多数の店あれど、一か所に人間が極端に集中している。恐る恐る行列の最後に行ってみるとああ!目も当てられない!看板が立っているが「ただいま二時間待ち」とある。ああ!午前10時にやってきてこの仕打ち!きっと最近ティービーか何かで放映されたのだな。そして地方から東京見物にやってきた人々が「ああ、これが『王様のブランケット』で観たかりんとうだっぺよう」とか言って二時間待って買っていくのだ。彼らは電車が一時間とか二時間に一本しか来ないと聞いたことがあるので二時間待ちくらいどうということは無いのだ。ああ怖い!そこで私の思いは完全に折れた。スイーツは自他共に認めるマニアであるが、行列嫌いの飯島としても自他共に認められるところである。意気消沈して原宿に向かう。そこで写真を受け取りに行くのだ。できた写真を確認もせず、金だけ払って忘れてきた。目黒に戻ったところで写真屋から連絡があった。ああ、そうか。来週、また取りに行きます。そして私は餃子を食べる。先々週は血眼になって食べたがっていたやつだ。でもいざ食べると全然大したことが無い。だからあまり餃子を食べない期間を長くしたくないのだ。ちょこちょこ摂取しないと餃子に対して過剰な期待をしてしまう。さっき買ったロールケーキをわきに抱えて一度自宅に戻る。「30分くらいで自宅に着きます」と言って入れてもらった保冷剤。既にあれから二時間近く経っている。
  1. 2009/10/31(土) 12:45:11|
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物ツナ

  目黒の洋食屋で揚げ物盛り合わせを頼む。今まで何回も来ているがこんなお得そうなメニューがあるとは気づかなかったな、と思いながら特に深く考えずに頼んでしまったのだけれど目の前に皿が来て軽い絶望を味わった。おわーお。ちょっと、量、量、気をつけてよ。これ一人前ではなかろうも。二人前くらいはあろうも。でも出てきたものは仕方が無い食べねば。何から行こうかな。まずコロッケ的なものが二つある。わってみると一つはここの名物ツナサラダコロッケだ。もう一つはカニクリームコロッケ、うんうん、ここのはちゃんとカニの身をすりつぶしたものが使ってあって極端にクリーミ-で無いところが良いのよね。更にはなんだいエビフライもおるのかい?その上そこにいるのは、おや!鶏にから揚げさんじゃないか。それも随分巨大だね。彼氏一人でいける人ならご飯一膳くらい食べられるようなジャイガンティックな量じゃないか。それを小食で聞こえた飯島が食べるのだからたまらない。食べ進めるほどにああ、最初は良かったさ。でも徐々に胃袋が重くなり頭に鈍痛が走り手足がしびれてくる。ということは全く無いけれどやっぱり途中で相当お腹が一杯になってしまった。でもなんとか食べたけどね。そこもこれもおいしさが飯島を突き動かしたからでございます。完食したけれど私は悟った。「揚げ物盛り合わせ」は、封印だっ!そもそもそんなに揚げ物が得意でない私が食べるべきものではない!だが、一度は食べるべきだったのだ。それが今日だったのだ。この痛みを抱えて明日を生きよう。揚げ物は・・・、避けよう。世の中は揚げ物以外のものも多くある。生ものとか・・・。そういうの、いいねぇ・・・。
  1. 2009/10/30(金) 22:13:27|
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  社員食堂で特別メニューとして「東京塩ラーメン」が提供されていた。元々ラメーンはさほど好きでもないし、食べる予定では無かったのだけれど一足先に昼休憩に入ったボスが食べてきて「うまかったよ!」と良い笑顔で仰るので気が変わった。私も目黒代表として東京の名を冠するラーメンとやらに挑戦させて貰おうではないか。というかそもそも「東京」と名が付いているのに「塩ラーメン」とはどういうことか。都内で昔ながらの中華料理屋に入り、普通に「ラーメン」と言えば十中八九「醤油ラーメン」が出てくるものだ。最近はトンコツやら魚介やら気味の悪いものをラーメンに入れるのが流行りのようだがこの東京でラーメンと言えば醤油が常識であり王道であり教養ですらある。それを、「塩」。あははん。何を言っているのかわからないわ。定食屋でサバ味噌定食を頼んだら味噌汁でなくボルシチがついてくるぐらい意味がわからない。どうして「塩」なのか。まずそこを理解しなくてはならない。というわけで社員食堂で東京塩ラーメンを頼む。出てきたものは随分シンプルなものだった。塩ラーメンらしい澄んだスープに太めの縮れ麺が入っており、その上に分厚いチャーシューが一枚、更にその上に焦がしネギと生ネギが乗っているだけだ。本当にそれだけ。なぜこれが東京なのか全く理解できない。地形としてとらえてみるとチャーシューが皇居でそれ以外がそれ以外、という解釈か。なんだそれは。じゃあなんだ。どこか地方の人がイメージだけで「東京」を想像して作り上げたラーメンなのか。

「スープは澄んだ塩だろう。その方がシティっぽい。表参道っぽい。」
「ネギが二種類というのがまたかっこいいな。こだわってる風。銀座みたい。」
「でもあんまり『洗練』を前面に出し過ぎるとちょっと京風になるぞ。」
「そうか。じゃあチャーシューを分厚くして『坂東武者』っぽさをアピールしよう!」
「坂東武者は良かったな。そうしようそうしよう。」

そんな会議があったに違いない。本物の東京ラーメンとはあまりにも隔絶している。だがこんな偉そうなことを言っているが私は「本物の」東京ラーメンを知っているのだろうか?ケーキに関しては玄人はだしの飯島だがことラーメンに関しては素人に毛が生えたどころではない。素人から更に毛が抜けたくらいのド素人だ。だがそれでも・・・、やっぱり東京風とはとても思えない。麺が太麺というのも妙な話だ。不本意な思いで食べ終えて食器を片づける。そして冷えたコーフィを飲む。ああ、この虚無感・・・。それから同僚にポンキッキのムックは雪男だと言っても誰も信用してくれなかった。ああ、加速する虚無感。テーブルがくるくる回る。
  1. 2009/10/30(金) 12:53:00|
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こでア

  撮影を終えて日暮里で晩飯を食べようと思ったけれどとりあえず目黒に戻る。どうしても観たい映画が目黒シネマで明日までの公開なのだ。そして明日は仕事で抜けられない飯島には今日しかもう日が残っていない。日暮里でゆったりぬっくりしていて開始時間に遅れでもしたら目も当てられない。捨て鉢になって飯島が連続殺人犯になってしまうかもしれない。というわけで目黒に戻り、そこで夕飯を食べるのも店員がちんたらして飯島がぶち切れて店員もろともお店を大爆破ということになりかねない。だからもう減った腹のままで映画館へとひた走る。そこでアイス最中を食べて空腹をいやし、ああそういえば大福があったと思ったがあれはなんだか生ごみのような臭いがするんだ。映画館の暗い中で食べたら「あっ!横の奴、何やらごみを喰っている!」と思われてしまう。そこでそのまま空腹で映画を観た。「レスラー」ミッキー・ローク演じる落ち目のレスラー心臓発作を機に家族の絆に目覚めるのだが・・・。というものだ。前評判が高くヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を取っているのでとても期待していたのだけれど期待ほどではなかった。なるほど確かに面白い。胸に迫る。目頭が熱くなる。でも、ラストがどうしても納得いかない。キレイ過ぎるのだ。そこまで残酷な人生を追ってきたのに最後がどうにもウソ臭すぎる。人間はもっとみじめでどうしようもなくてそれでもぐだぐだ生きてしまうものだ。それが、ううん。一見の価値はあるので多くは語るまい。そして私は映画館を出てコンビニエンスでおにぎりを買って帰る。もっとちゃんとしたものを食べようかとは思ったのだが時間が随分遅くなってしまったのでちゃんとしたものを摂取してはちゃんとした脂肪になってしまうのでは、と危惧した結果である。そして自宅で大福を食べる。やはり臭い。変なにおい。半日カバンに入れていて腐ったのではないかと一瞬疑ったが大福がそう簡単に腐るとは思えない。結局食べた。臭いは腐っていたが味は腐っていなかった。いかにも普通の大福で、昼に引き続き私はなんとも割り切れない気持ちでちんまりと椅子に座って人生を思う。
  1. 2009/10/29(木) 23:00:54|
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すいく

  今日は撮影で日暮里に来ております。そしてまずは腹ごなしでございます。何は無くとも、というもの。実は撮影現場の方で弁当を用意しておくと言われたのだけれど断った。どうせロケ弁じゃろう?だったら私は日暮里グルメと洒落込みたい。何せ日暮里なんてよっぽどのことが無い限り飯島が足を踏み入れることのない魔境である。この街一番のランチを食べねば損と言うもの。よく考えれば日暮里は割と用があって一月か二月にいっぺんくらいは来ているのだけれど今まで「日暮里グルメ」など気にしたことがなかった。鼻からうまいものなどないと馬鹿にしていたのかもしれん。ごめんな、ポリニチ。というわけで改めて調べてみると築地から移転してきたという鮮魚の名店が日暮里にできていた。ははぁん、なるほどグルメに弱い街だから引き抜いてきたな!ともあれもう日暮里に来てしまえばそれはもう築地の店ではなく日暮里の店だ。どれ一つ飯島も呼ばれてみよう。ここの名物の「しらすいくら丼」とやらを賞味してみよう。ふらりと店に入ると全面的に築地アピール、銀座アピールが凄かった。全く日暮里になじむ気が無い。使っている丼のふたにも「銀座なにがし」とあるし、メニューにも銀座だ築地だとごりごり書かれている上、築地時代に入っていたと思われる雑居ビルのプレートまでカウンターにはってある。馴染む気ゼロ!なんだか変な気概を見た。でもいいんだ。私は日暮里の民ではない。ただおいしい海産物が食べられれば銀座アピールくらい一向に構わない。そこで例の丼を頼んでしばし待つ。だが茶が出ない。おかしいな。そっと他の客を伺うと誰一人茶が出ていない。もしかして:有料?いいや、これだけ銀座を前面に押し出している店だ。例の銀座根性でお茶にだって金を取るのかもしれん。つばを飲み込み我慢していると丼と一緒に茶がやってきた。ほう、妙な順番。これだと味噌汁とお茶、熱い汁がかぶってしまうのに。だがまぁ、良いさ。私は「しらすいくら丼」が食べたくてこの店に入ったのだお茶が飲みたくて入ったのではない。丼のふたを開けるとほわー。右に釜揚げしらす、左にいくらでございます。しらすを食べてしみじみする。ああ、落ち付く。食べながら落ち付くものってあまりない。丼のように勢いがあるものならなおのことだが、落ち付く。しらすは人を満ち足りた気持ちにさせる。そしていくら。落ち着かない。口の中でぷちぷちしてテンシオンが上がる。ああ、今まで食べてきたイクラが全部人造イクラだったのでは思わせる「本物」の味。海だよう。小さな海の一つ一つが口の中でスパーキーング!なるほど良い店が日暮里に移転してきたのだな。もっと別のものも食べてみたい。普通の刺身定食とか天ぷら定食とか穴子丼とかああーん、日暮里!もっと近所に日暮里があれば良いのにな。でも駅前で買った大福はやたら臭くてそれなのに味は普通で少しくガッカリ。やっぱり日暮里は目黒から離れていても問題ない。
  1. 2009/10/29(木) 12:37:36|
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イかエ

  体調はもうほとんど完全に回復していたのだけれどまだお腹の具合がよろしくない。だから晩御飯はお腹に優しい何者かを食べましょう。そのように思いながらなんとなく降りた飯田橋。そこでなんとなく入った洋食屋。なんとなく入ってしまったがしまったな。ここはカレーと揚げ物しかメニュールに無いじゃないか。どちらも胃に悪そうだ。実は店の前のメニュールを見た時に「なんかカレーと揚げ物ばっかりだな」と思ったのだけれどきっと中に入ってもっときちんとメニュールを見れば別の物も浮いてくるだろうと高をくくってしまったのだ。だがそんな飯島の思惑は当然のように裏切られる。当たり前だ。店の外にだってカレーと揚げ物ばっかり展示してあるのだから警告を無視して入ってきて自分で勝手に自滅しているのだから非は私にしか無い。そこで私は散々迷った挙句カキフライかエビフライの間で迷って結果としてカツ丼を頼んだ。二つの間で迷うと全く関係の無い第三者を選んでしまう私の悪癖がまたも現れたのだ。それに他はバリバリの揚げ物だけれどカツ丼ならば卵でコーティングされていい感じだろうと踏んだのだ。踏んだのだけれど踏んづけられたのだ。トンカツ屋のトンカツほど本格的ではないトンカツが卵でコーティングされて余計重たく私の胃を踏みつける。踏みたくる。踏んだける。ぐへーっとなって半ば潰れたような状態で店を出た。身長が1mに足りない感じだ。胃の重さが凄い。痛い。そのまま目黒に戻って人と会う。貸してたカメラを返してもらう。ますます重い。私のカメラは重いのだ。自宅に着くころにはパンケーキのようにぺったりしていた。ミーのボデー。明日の仕事のメールが来る。次の仕事のメールを打つ。ばーんばーんばきゅーん。ああ、ばたり。
  1. 2009/10/28(水) 22:42:03|
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欲の無

  今日になり昨日の病は影のように身を潜めた。というのはウソだ。影のように私に寄り添っていた。だが表舞台からは去ってくれたので随分身体の調子は楽である。ただ、立ち上がれば頭は痛いし早く動くと目眩がする。ゆっくりゆっくり仕事をしていると昼である。そこで昼に出ると同僚に伝え「じゃあ、ランチは食べた後に吐きやすいラーメンにしましょうかな」と軽口をたたくと本気で心配されてラーメンなどもってのほかだと怒られる。怒られてしまっては冗談を続けるわけにいかないのでラーメンはやめて社員食堂で納豆とご飯、それに煮卵とカボチャのコロッケを食べた。食欲の無さから汁物を、と思っていたのだけれど栄養重視のラインナップに変更だ。その甲斐あってか昼食を終えるとみるみる元気になった飯島は身の丈48mにまで成長。オヒスの天井をぶち破って鼻息で並みいる軍艦を吹き飛ばし一足でオランダに到達したのでございました。オランダではカステラを食べました。そしてトルコでバクラヴァ(トルコケーキ)を食べ日本に戻り、オヒスの穴をふさいでから午後の業務に邁進。たまに咳は出ましたがおおまかなところ、私は元気です。
  1. 2009/10/28(水) 12:43:35|
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スと休

  最近私は体調崩し過ぎだろうJK(常識的に考えて)・・・。確かにずっと咳が出ているので運動こそ控えているが栄養バランスと休養はキチンと取っているはずだ。それだのに何故・・・。私には決定的に何かが足りないか、もしくは生き方の根本が間違っているとしか思えない。ともあれもうへんにょりぐったりしてうまく動けない。だがそろそろちゃんとしたものを食べなくては身体によろしくないだろう。というわけでパスタでも食べに出たのだけれど徐々に頭痛やら何やらにとらわれて歩いているのが辛くなってきたのでパスタは明日にすることに相成った。そして目の前のスーパーに入り出来合いの食事を買って帰る。出来合いのものは出来合いなだけあってさほどおいしくなかった。だがこんな体調の時においしいものを出されてもキチンと味わうことができないだろうから今日はこれで良かったのだと思いたい。食べ終えてから鍋焼きうどんの方が良かったような気がしたけれどぼんやりした頭では正しい判断もつかぬ次第。明日になったら鍋焼きうどんにしよう。あれ、パスタだったっけか?まぁ、麺類だ。大きく見積もろう。死なないように注意しよう。明日はもっとスッと生きよう。
  1. 2009/10/27(火) 20:35:02|
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ままオ

  寒い。ド寒い。単に気温が寒いのではなく、脳幹部が寒い。つまり身体の芯の部分が。風邪をひいたかもしれん。だが風邪程度でこの私が簡単に倒れるわけにはいかんのだ。とは言っても頭が痛い。毛布でぐるぐる巻きになっても手足が震える。咳が出ると思ったらそのまま嘔吐した。これはいけない。ただの風邪ではない。ひどい風邪だ。このままオヒスに出たとしても「迷惑をかける」以外の何もできないだろう。休むと連絡を入れて寝込む。ぐったりと寝込む。寝込んでも寝込んでも良くならない。流石は「ひどい風邪」、ただ休むだけでは快方には向かわないのだな。かといって私にできることは他にない。ただ休もう。昼に少し目が覚めたけれど食欲は無い。このまま何も食べずに休み続けようか、それとも買い置きのゼリー状飲食物で栄養だけは取ろうか。かつてレオナルド・ダ・ヴィンチがかく申した「食欲がないのに食べても健康に悪いように、やる気がないのに勉強しても記憶力が損なわれ、記憶したことは保存されない。」前半部分で「食欲がないのに食べても健康に悪いように」と言っているのだ。彼の言を信じて何も食べずにいようか。しかし、近代医学は無くなった栄養は補充するのが原則である。どうしようどうしよう。飯島に医学的な信念が無いのでどうにもこうにも迷ってしまう。そこで結局私は後者を取った。レオナルドさんはなるほど偉人だけれど15~16世紀の人間だ。21世紀の科学の進化にかけてみようじゃないか。そこでゼリー飲食物を取って横になる。また吐き気が出てぐるぐる脳が回転するのをぐっと押さえつける数時間。
  1. 2009/10/27(火) 12:47:06|
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カマン

  昼は魚に裏切られた。例えアカマンボウと言えども良識ある調理人が料理すればきっときっともっともっとなものになると思っていたのに食べてみれば超ド級のスパイラルまずいドリーム。もういい。魚の顔なんて見たくない。大抵の魚は切り身になっていたりするので顔を見ながら魚を食べることはあまりないが身も見たくない。魚は下がっていろ!というわけでから揚げ定食を中華料理屋で食べた。中華料理の「から揚げ」なので日本食の「から揚げ」と微妙に違う。それを肴に飯を喰う。白い飯。普通においしいから揚げを食べながら思う。「ドラマが無い」ああ、まずいものにはドラマがあった。でもな、いいんだよ。ドラマなんか求めずとも。おいしいものを食べようじゃないか!今日もオヒスで「行きつけの店」について同僚と語ると誰もが一軒は持っていて一つくらい定番のメニューを持っているのに私は一軒も、一つも持っていないのが発覚した。どこに行くにも大概一見さんとして出かけ、見たことが無いものを頼みたがるので「定番」などは決してできない。好きな店は「行ったことが無い店」で好きなものは「食べたことが無いもの」。過去に食べた最高においしかったものは私の中で陳腐化させないために二度と食べない。よく考えてみれば随分不器用な生き方をしているようだ。だが、後悔するような生き方ではない。今日はなるほどから揚げというありきたりを食べたが明日はこういうわけにはいかない。また妙なものを食べてやろう。そんなことを言っておきながら普通にカレーやラメーンを食べていることも十分考えられるのだがそれはそれ、明日の私のことは今日の私が責任を持てることではない。
  1. 2009/10/26(月) 21:24:59|
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で、ア

  「万鯛の照り焼き」。あはは。食べ終えて今、字面を見るだけでも笑える。そもそも「万鯛」とは何か。これはアカマンボウのことなのだ。アカマンボウとは何か、それはアカマンボウ自身に聞いてほしい。さ、どうぞアカマンボウさん。「・・・」無理ですよねー。魚ですし。切り身ですし。死んでますし。もうすでに食べられて飯島の一部ですし。その飯島の一部になってしまった部分の全体であるこの飯島がアカマンボウの解説をしてあげよう。ええと、アカマンボウは魚です!で、アカいです!それからマンボウという名前なのにあの有名なマンボウとは何の関係もありません。オバマとノッチみたいなものです。で、それの照り焼きを食べたらまずいことまずいこともう、ウホホホホホホホ。笑えてきた。同僚が隣で同じものを食べていたので「まずいねー」と言うとしみじみ「まずいねー」と返ってきた。やまびこだ。同僚はやまびこさんだったのだ。まずいねー。この「まずいねー」には山本晋也監督の「バカだねー」のような愛は無い。ひたすら無感動に「まずいねー」なのだ。食べてすっかり気落ちしてオヒスに戻る。あまりにがっかりした私にボスが「いいじゃない。まずいもの食べるの好きでしょ?」と言ってきた。何を!と思ったが確かに私にはそういう節がある。不味すぎると楽しくなってくるのだ。だから否定もできずにごにょごにょ口の中で呟いて仕事に戻る。ぶにょぶにょ。
  1. 2009/10/26(月) 12:41:49|
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た。し

  撮影を終えて恵比寿にやってきた。すぐ家に帰らずに恵比寿でパスタでもつまもうという腹なのさ。ここでふらりと斬新なパスタばかり出すいかにも若者向けなお店に入る。そしていかにも斬新な香りのする「味しめじと椎茸と納豆のスパゲティ」というちょっと冒険的なものを頼む。しめじと椎茸と納豆、別個に見れば珍しいものではない。だがそれが三者そろってパスタの上となると話は違ってくる。パスタの発祥国イタリアの人が見れば目をそむけたくなるような珍料理の誕生だ。でもここ日本国ではそこまで珍ではない。キノコという菌の塊そのものと納豆という大豆が菌にまみれた発酵食品が手を組んだのだ。これがまずいわけがない。菌パワーの信仰者たる飯島はそれこと拝みださん勢いだ。これをいざや箸ですすってみると妙に辛い。ほぅ、納豆に辛子を入れた状態のものを使っているのだな。最初はそれで割り切れたのだけれど凄く辛い。徐々に辛さがつらくなってくる。もうキノコの味などは良くわからない。粘りと辛味しか感じない。最初はそれでも「ザンシーン!」で住んでいたのに中盤から諦めたくなり終盤は苦行をしているような気分になってきた。食べる前から少し疲れ気味だったのだけれど食べ終えて疲労が増した。しかしこの後私はまだ行くところがある。自宅にはまだ帰れない。しくしくと痛み出した頭を持ち上げてバスに乗る。音楽だけはテンシオンの高いハッピーなものを聞いているのだが徐々にイライラしてきて無音にした。バス「ぶぉーん」。
  1. 2009/10/25(日) 22:26:09|
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本に忠

  一緒に働いている同僚が「近所にハンバーガー屋が出来たのだけれど行ったことが無いんだ」と水曜日辺りに言っていた。ほぅ、じゃあ私が代わりに食べてきてあげよう。「え、いいんですか?お願いします」というわけで私が代わりに食べに行くことになった。甘いものとハンバーガーに関しては都内でも飯島の右に出るものはそうはいない。だから同僚も私に任せたのだろう。というわけで同僚の地元である本郷にやってきた。「人の地元」というのは妙なものだ。私は何一つこの街を知らないのに同僚はきっと路地裏までも熟知している。そこに新しくできたハンバーガー屋に「目黒が地元」の私がやってくるのだ。若干倒錯している。お互いがハンバーガーを介して交わるような交わらないようなねじくれた立体交差を作っている。そんな私が食べるバーガー。それは、基本に忠実はクラシックスタンダードはハンバーガーだった。そして他の客人の頼み方を見るに、ベーコンやたまごなどのトッピングを楽しむ人が思いのほか多い。それに下駄をつっかけて股引にシャツ一枚の年季の入った下町親父がチリチーズバーガーをテイクアウトしている様を見る限り相当地元に密着しているように思える。ふむふむ。ベースはクラシックだが様々なトッピングを用意することで奥行きを持たせているのだな。普段使いに良い、何度も来られる良店だ。近所に住む同僚がうらやましいぜよ。ただ、全く穴が無いわけではない。バンズがサワードゥー的なパンを使っているせいか少し酸味があるのだ。これが、いまいちピクルスに合わない。ハンバーガーとしては良いレベルなのだからここは思い切ってピクルスを廃止した方がいいように思うよ。などと上から目線で言ってみるが実際にピクルスを廃止すると「ちょっと良い感じのバーガーでポテトも非常においしいのにピクルスが無いのはひどく残念」などと言いだすのだろう。つまり私の意見など取り入れぬ方がよろしいという話。ちょっと難癖つけて通ぶっているだけなのさ。食べ終えて私は店を出る。ちょっと場所を変えてコーフィーでも飲もうと思うのよ。
  1. 2009/10/25(日) 13:06:45|
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がバレ

  祖母の家に土産を持っていく。最近は毎週訪問しているな。そして私のこの日記を祖母と同居の母が見ているので私の食べたいものなどがバレにバレている。ここ数日餃子餃子と言っていたので行ってみると餃子を出された。なんだかこう、ムズムズした気分だ。先週先々週と毎度餃子を求めて出歩きその度に裏切られ、心の上ではまだ旅の途中にあるのにそれを察せられて横からスッと求めていたものを出されてしまう感じ。例えるなら三蔵法師が法典を求めて天竺へ旅をしているのに高昌辺りで「大変だったでしょう」とインド側から持ってきてくれた経典を受け取るようなものだ。徐々に旅の空に身体が慣れてきたところで終わってしまった。でもこれが目的だったのだからいいんだ。これでいいんだ。理性では納得しながらも心では承服しかねるこの事態。そして饗せられた餃子は妙に皮が厚くて理想としていたものと少し違った。これもまたナンな感じでせっかくインド側から持ってきてくれたのに原典ではなくてなぜか漢訳版を貰ってしまったみたいな感じ。ううーむ、ありがたいのにありがたい顔をしなければいけないのに、なんとも心の底からの表情ができない。人生における「棚からぼたもち」というのは意外と面白くないのかもしれないな。ともあれ食べ終えて土産を渡す。大丸焼きだ。一昨日の日記で私が買っていたものだ。結構、ドスっとした重量があり、食後すぐに食べたら満腹過ぎて味がよくわからなかった。お婆様方は「おいしい」と言っていたが本当においしいと思っていたのだろうか。だとしたら結構な食欲だ。飯島を軽く凌駕しておられる。私も負けるわけにはいくまいな、家に帰る途中でチーズを買った。自宅でちみちみチーズを食べる。裂けるチーズをゆっくりゆっくり食べていたのだけれど半分くらいのところでイライラしてきて一口で食べた。すると全然おいしくないのだな。今日の発見。
  1. 2009/10/24(土) 21:02:20|
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のはペ

  昨晩、気がくさくさして中々眠れないと思っていたら実際眠れなかった。朝起きてもぐったりしていると思ったがどうにも私は二度寝とか遅くまで寝るということができない。子供の頃はできたような気がするのだが今はもう無理だ。これが「老化」というものなのかもしれない。私も来年で四十になる。寝ても起きても辛い辛い。普通に疲労と寝不足で風邪気味になってしまった。昼になっても食欲がわかず、ふんにゃりしてベッドから起き上がってはまたすぐベッドに戻る。しかし一時を過ぎたあたりでなんとなく腹が減ってきた。それに薬も飲んでおきたいので何か食べよう。まず近くに何か無いか手を伸ばしてみると仕事カバンがあった。仕事カバンと言っても私の仕事カバンは仕事に必要なものはペンくらいしか入っておらず、書類に見せかけてケーキ屋の地図が束で入っていたりボスに貰ったお菓子がそのまま突っ込まれていたりする。何かそのボス筋からのものは入っていないか。漁ってみるとかりんとうが出てきた。それも太いかりんとうが一本、個包装になったものだ。これは良い。食べてみたが太いと言ってもかりんとう一本だ。腹など微塵も満ちない。しかたなく立ち上がり、冷蔵庫にあったゼリー飲料を飲んで薬を服用する。夕方までに治るかな。休みなのに損をした。夜中に気がくさくさしてもいいことないな。カラリと忘れて眠るに限る。ああ人間のめんどくささ。
  1. 2009/10/24(土) 14:19:09|
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とか大

  今日こそ餃子を食べてやろう。節を曲げて多少行列に並んでもかまわないから今度こそ食べるんだ。もう餃子を食べようか食べるまいかで思い悩む時間がもったいない!というわけで今日は固い決意の上で駒込の餃子屋に行ったのですけれども現実はいつも飯島を打ち砕く。今まで私が「すごい行列!」とか「天地の間が人間で埋まっている!」とか大袈裟に表現していたけれど大概は店内が9割埋まっていてそもそも行列などできていなかったり、人が並んでいてもせいぜい店の外に2,3人くらいなものだった。だが、今夜飯島が見た現実は今までの飯島の現実認識を遥に超えていた。お店を人間どもが十重二十重に囲んでいるのだ。家族連れから学生、サラリマーンなどあらゆる日本的な日本人が並んでいた。無理だ。私の行列は2,3人までなのだ。そもそも行列が長すぎてどこが尻なのかわからない。並ぶ場所さえわからないものに並ぶことなどできないではないか。ああ、今週末も餃子を思って過ごすのか、少々げんなりしながらも食べられないものは仕方が無い。駒込の別の店に行く。蕎麦屋に行く。何回か入ったことがある蕎麦屋である。というのも駒込は昔、私が通っていた道場があったのだ。稽古を終えるとよくそこの蕎麦屋で蕎麦をたぐった。立ち食い蕎麦に毛が生えたような店だったのだが先生はその店が好きで何かというとそこへ入る。そもそも先生は「うまいもの」に全く興味が無く「美食」という考えそのものに嫌悪感を抱いているようだった。弟子の一人である私がうまいものに血道をあげているのを否定はしないが冷やかな目で見ていたのは確かだ。その先生がよく通っていた店に今度は一人で入る。前は食券制だったのにレジスターで前金注文方式に変わっていた。値段はどうだったろうか。少し値上がりしたような気がする。そこで蕎麦とかき揚げ丼のセットを頼むと他にもひじきやらわらび餅やらもついてきた。なんか全体的にグレードアップしているぞ。食べてみるとあの頃は一度もうまいと思わなかったのにちょっとうまい。わさびもチューブでなくて擂ってある。流石は先生の愛した店。成長する店だったのだな。人も店も成長するのが一番だ。今日よりも明日、明日よりも明日の次の明日。つるつると麺をすすりちゃんとサクサクしたかき揚げ丼を食べて私は帰る。近所の自動販売機もようやく「あたたか~い」が増えてきた。明日はもっと増えるだろう。明日の次の明日はもっと増えるだろう。自動販売機も成長するのだな。さて、飯島はどうだ?
  1. 2009/10/23(金) 21:35:39|
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らげ最

  社員食堂に行かずにパンを買いに外に出る。なぜなら、特に理由は無い。気持ちがパンに寄っていったので身体の方もパンにダイブしたまでのことである。そこでオヒスの近くにあるパン屋に行ってパンを見ていたわけですが、結局前に来た時と似たようなパンを買ってきてしまった。栄養バランスと私の好みを加味すると自然に似たようなものになるわけさ。内訳としては魚系バーガー的なパン、そしてキノコとチーズのバジルパン、更に和栗パイ。というわけさ。まず私はキノコとチーズのをやっつけた。前に食べた時は最初に魚系バーガーを食べたような気がしたので違いを演出したわけさ。あれ?もしかしたら前回も二個目のパンが魚系だったのかもしれない。まぁ良い。覚えていないということは素晴らしいことだ。またも新鮮な気持ちでパンに向き合える。そして一つ目二つ目とパンを平らげ最後にやってきました和栗の。和栗のパイさ。食べていてなんだかあまり甘くねぇな、と思ったらロングなパイの尻の部分からむりむり和栗が押し出されてわたくしのパンツにぼろぼろ落ちていた。ああわああわ。しかし、もう遅い。落ちた栗は戻らない。拾って捨てていたら同僚がいてクッキーを一枚くれた。半分かじると半分落ちた。どうしたのだろう。「今日は半分の日」とかファンタジーな感じで自分を納得されてもいいけれど普通に利き手がダメになっていりょうな気がする。今週末に腐って外れるかもしれない。そうしたらかっこいいメタリックブルーの手とかが生えてこないかしら。無理だろうね。そういう人間は見たことも聞いたこともない。でもな、前例が無いのなら自分がその前例になれば良いのだよ!落ちろ!腐れ!右手!そしてにょきにょき生えてこい、新しい右手!右足とか左手が生えてくるのは勘弁な!というわけで週末!の前に晩飯など色々とある金曜日。
  1. 2009/10/23(金) 13:00:52|
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っとちゃ

  夕飯は、なんだか面倒になってコンビニエンスなものを食べた。食べ終えるとやけに口の中がネバネバする。どうも面白くないね。コーフィを買おうと思ったけれど野菜ジュースを買ってしまったので飲み物がダブる。これもまた面白くないね。もっとちゃんとしたものを食べねばならない。ケーキばっかり食べてちゃいけない。食べたいのはフランスパン。いいや、実はさほど食べたいというわけでもない。うどんかね?うどんだろうね。生醤油でうどんが食べたいのよさ。明日食べようか?明日食べまいか。それは明日の飯島が決めること。
  1. 2009/10/22(木) 20:03:31|
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き」と

  神田神保町で人に頼まれた菓子を買う。ここの菓子屋は土日祝日が定休日で平日の営業時間は昼から夕方まで、と神保町民以外は大変買いづらいのだ。そこで私がちょいと仕事先で「明日は休みをいただいてるんで神保町へ・・・」なんつったらもう捕まったよ。「だったらあすこのお菓子を・・・」って。大量に買ってくるよう頼まれた。菓子の名を「大丸やき」という。あまり有名な菓子ではないので知らない人も多いだろうが見た目は今川焼きにそっくりなものだ。ただ、皮がカステラ生地になっているので食感が違う。それに食べ方も変わっていて焼き立てでの賞味はあまり勧められておらず、買ってから3,4日置いて味をなじませてから食べるよう勧められるのだ。そんな癖のある食べ物だがその味は中々のもの。買いにくさから人によっては伝説視したりもする。そこで私は都合14個の大丸焼きを購入して店を出る。自分の分も一つ入っているがやはり「置いておく」必要から買ってすぐには食べられない。なんだか損をしたような気持ちだが仕方が無い。そのまま歩いて淡路町の方面へ向かうのです。お茶はそちらにある伝統的なケーキ屋に行こうと決めていた。実はこの店、私はとっくの昔に潰れたと思っていてリストから外していたのだけれど実は全く別に潰れていないことが最近になって判明した。というのも以前3回か5回、この店に行こうと思ったのだが一度もたどり着けなかったのだ。そこでもう潰れたからなくなったと思い込んでいたのだけれど実際は私の地図が適当で間違えていただけだった。事実、今回もケーキ屋の付近が入り組んでいたので私の手書き地図は書き写す時に面倒になったのだろう。適当な格子を書いて大きめの星を上に乗せただけのはなはだあいまいな地図だった。だが今回はなんとかたどり着いた。そんな地図でも以前私が書いた地図よりかはまともだったからだ。ただ、二度ほど前を通り過ぎてしまったのは私のせいだけではあるまい。佇まいが全くケーキ屋らしくなかったのだ。ケーキ屋といえばふわふわしてガーリーな雰囲気のものと思っていたが外観はひいき目に見てもパン工場、パッと見は売り上げの悪い事務用品店にしか見えなかった。内部もまたサイバーパンクなほどに殺伐としている。無暗と高い天井は落ち着かないし目の前で食洗機ごるごる言ってるしでとてもデートでは使えない雰囲気だ。もし彼女とデートで使えたとしたらもっと目を凝らして彼女をよく見てほしい。それはもう彼女ではなく20年以上連れ添った妻になっているはずだ。とても危なくて付き合ったばかりの二人が入れるような雰囲気ではない。だが幸いにも私は一人。中に進み行ってケーキを食べる。むろんイートインだ。食べまするは角ショートとイチジクのタルト。「角(かく)ショート」なんという力強いネーミングだ。確かに四角いショートケーキだがもうちょっとひねれないのか。角ショートだなんて将棋と野球が混ざったような奇妙な専門用語に聞こえるし、音だけ聞けば「核ショート」大爆発しそうだ。更に漢字としての「角ショート」もやはり強すぎる。私は最初に見た折は「角(つの)ショート」と読んでしまった。鬼のショートケーキか!と。でも味は流石だ。伝統を感じた。それもそんじょそこらの伝統ではない。明治時代からやってるんじゃないかと思ったら本当に明治時代からケーキ屋をやっていた。御見それしやした。まさにストロングオブストロング。誰が食べてもショートケーキの中のショートケーキ。一切の反論を許さないストレートな味だった。質の良い小さめのイチゴがごろごろ入っていて非常にフルーティ。大きいけれどもぺろりといける。そしてもう一つのイチジクのタルトは付属のフォークがプラッチックでぺらぺらしてかなり食べづらいのを除けば評価はそれなりに割と高い。ぎゅんぎゅんに甘くしてしまうところが流石明治のケーキである。「甘さ控えめ」などという甘ったれた考えは一切ない。そうさ!ケーキを食べるのに甘くないだなんて、そんなに甘いものがイヤならケーキでなくて塩辛でも喰ってろってんだ!ケーキは甘いもんだ!いけ!やっちまえ!口の中をべたべたにしてタルトを味わい外に出る。少し本でも読んでいこうと思ったのだが雰囲気におされて長居できなかった。目黒に戻って少しギャラリを回ろうと思う。
  1. 2009/10/22(木) 15:51:26|
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ドブッ

  スブヤに出る。スブヤにちょっと気になる中華料理屋ができたのだ。実はこの中華屋さんは横浜中華街に本店があり、一度行ったことがある。地方から友人がやってきて横浜中華街に行きたいというので私もついていった時のことだ。その際、友人は私にガイドブックを預けて「案内よろ」と私に一任したのだけれど私の生活圏は目黒を中心とした非常に狭い圏内だ。東京外の人は東京と神奈川を一緒くたにして都民は全都内と神奈川に詳しいと思っている人が多いのだが、実際はそんなに遠くへ出たりはしない。だが人が都にやってくると当然のように「表参道と浅草を案内しろ」などという。どっちも距離が離れている上にそんな観光地丸出しのところに生活人である飯島が足しげく通っていると思うのか。ともあれそんなような飯島に横浜中華街の地図を渡したところでうまい案内などできようはずもない。ガイドブックで「炒飯がおいしい」と書かれていた店に入って炒飯を食べたがうまくもなんともなく、どうしてかと思ったらそこは「焼きそば」で有名な店だったのが食べ終えてから発覚した。気づいたのはガイドブックを持っていた私だけだったので友人には「いやー、噂ほどのこともありませんなー」とガイドブックのせいにしておいた。その私が間違えた焼きそばの店がスブヤに支店を出したのだ。今度こそ焼きそばを食べよう。一人で食べよう。と、やってきましたスブヤの例の中華料理屋。やはり売りなのだろう。メニューの表紙にずずーんと載っている。あの頃もこれくらいプッシュしてくれれば私も間違えなかったのに。で、頼む。ここの焼きそばはかた焼きそばに似ているのだが麺が外側に露出しており、餡の部分が内側に包まれているのだ。こうすることでかた焼きそばの「途中から全部やわらか焼きそば」問題を解決しようと言うのだ。言うのだが実は近所の中華料理屋が同じ手法を取っていてこの手法の問題点を知ってしまっているのだ。すなわち、「麺で具を包むので麺の量が異常に多い」問題だ。これをどう克服するのか。見ものだな。目の前にどすんと置かれる焼きそば。見た目は、ひどく地味だ。麺しか見えない。食べてみて、なるほどな。サクサクが強い。こりゃあ若い人に人気が出るわいな。しかしカロリーヌも凄そうだ。飯島のカロリーメーターが危険を察知してぴかぴか光っておる。麺のインパクトの割に印象に薄い地味な餡を絡めて喰う。そのまま山も谷もなく中盤、そして終盤に来るとやはりあの壁が立ちはだかる。量が、多い。麺の量がどう考えても多いのだ。この店もまた同じ問題に直面しそのままにしている。やはり、な。悲しいけれど、しかし想定していた結果でもある。少し残して店を出る。東急ハンズで撮影用の資材を買う。少し重い。電車に乗って神田へ。
  1. 2009/10/22(木) 13:27:47|
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性が入

  近所に新しくできた洋食屋に行く。出来たばかりなのにあまり人が入っておらず、なんとなく危ない気配を感じる。料理の味は申し分ないのだけれどスタッフが全員不器用そうな男性で雰囲気が荒っぽく、女性連れでは入りづらいのだ。良くて男性の二人客、デートで使うなどもってのほかの殺伐さである。スタッフに女性が一人でもいれば気を使いそうなものだがやはり不器用なのだろう。女性を雇うような気配は微塵もない。このままでは失速するばかりなのでそれを止めるために私はオムライスを食べる。オムライスならば女性受けもよかろうもの。女性受けが良くても女性が入りにくい現実は変わらないのだけれど私は食べる。「大盛りにしときますか?」とデフォルトで大盛りを勧められたのだが私は結構だ。どこまで行っても男性目線。そりゃ喰う人間には素晴らしいかもしれないが私は一般成人女性並みにしかご飯を食べない。そこでしばらく待ってオムライス。ほう。見た目は良好。今流行りの半生タイプのオムライスだ。私が想像していたのはクラシックな卵に火が通ったまん丸いタイプだったのだが半生じょろじょろ系も私の中に無いわけでは無かった。少し予想と外れただけだ。食べてみると右側がデミグラスゾーン、左側がソース無しゾーンにはっきりわかれていた。両者をまぜ合わせて真ん中で食べないと味が濃すぎるか薄すぎる。悪くは無い。ゲーム感覚で食べられるオムライスだな。バランス感覚が悪いとてってれー。味が濃すぎる地獄か味が薄すぎる地獄に落ちることになる。でも私はそのどちらにも落ちずに普通に完食して店を出た。帰る途中で缶コーフィでも買おうと思ったらば近所の自動販売機は綺麗に缶コーフィだけが売り切れていたので自宅に戻って自分でコーフィを淹れる。はじめからこうすれば良かったのさ。運送会社の人が来たりなどしてサインをして受け取って。
  1. 2009/10/21(水) 22:40:01|
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だが人

  今の私に必要なものは何だろうか。愛か、勇気か、それとも友情か。いいや、違う。根菜だ。ニンジン、ゴボウを始めとした根菜が私には足りない。というわけで社員食堂で「鶏と根菜のふくめ煮」を食べた。「鶏の」となっているがほとんど鶏は入っていなかった。しかし、かまうまい。私が欲しかったのは根菜なのだ。もう根菜以外何も見えないのだ。ボリボリと根菜を食む。ご飯と一緒に嚥下する。根菜根菜と言ってきたがちょっぴりしか鶏が入っていないとなるとやはり鶏がありがたい。何よりもやはりご飯に合う。根菜はやけに歯ごたえが良すぎて柔らかい白米とは調和しないのだ。遠くでボスが昼飯を食べている。風邪だからと人を避けているのだ。他にも隔離されている人々が固まって飯を食べている。同一部署内でインフルエンザが出たらしいのだ。しかし私はそれらの人々の真ん中で食べているのだが人口密度は一番低い。隔離と隔離の間で隔離されたようになっている飯島。とても飯島らしい立ち位置ではある。座ってるけど。食べてるけど。根菜は地味に滋味あふれる地味な味だった。食べ終えて私は戻る。コーフィ飲もうか、いや飲まぬ。ただ茫洋と湯を啜る。
  1. 2009/10/21(水) 12:53:16|
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み、そ

  そうだな。つけ麺を食べて帰ろう。ちょっと今日は自宅に戻ってすぐに出なければいけないのでしゅしゅっとスピーディーに食べられるものがいい。ここで満漢全席やフレンチのフルコースなどに行ってしまっては約束の時間に約束の場所で落ちあえない。そんな時は麺だわさ。つけ麺ではない麺、ラメーンなどでも良かったのだけれどたまに行列ができているつけ麺屋がちょっと空いていたので空いて入っていったのだ。そこで何気なく普通のつけ麺を頼み、そしてすすったのだがおおぅ。おおぅ。今日はいつもと違った。なぜかいつもの倍ほども、その倍の倍々ほどもおいしく感じられたのだ。ああ、ついに念願のつけ麺舌が私にもできたんだ!今までやたら批判的で否定的だったつけ麺を心の底から楽しめている。ような気がする。でも少しつけ汁をパンツにこぼしたらあまりに濃い汁だったので全く落ちない染みになった。ちょっぴりへこんだけれどでもやっぱり麺はうまいのさ。なぜかはわからない。「化学調味料は使っていない」と店中に張り紙がしてあるから化学の力で無いことは確かだ。そうなると変わったのは私の方だろうな。私は何がどう変わったか。前回食べた時に比べてそうだなぁ。目に力が無くなった。人生にますます絶望した。うらみがましいことを言うようになった。なるほどそうか、つけ麺とは人がネガティブになればなるほどうまくなるのだな。という間違った結論を得て自宅に戻り、そしてまたすぐ家を出る。一時間後くらいにまた戻ろう。
  1. 2009/10/20(火) 22:34:09|
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ンチだ

  ハヤシライスだった。先週同僚が「火曜はハヤシライスなので楽しみです」と言っていたので私もつられて楽しみになっていた。そして噂の火曜が来たのでハヤシライスである。まずショーケースでハヤシライスの外観を確認してみるとコロッケ的なものがハヤシライスに乗っている。正直、いらない。私はハヤシライスだけがあれば良いのだ。でも社員食堂はよく単品でコロッケだけ、メンチだけ、を売っているのできっとバラ売りだろう。そう考えて私はハヤシライスを受け取るとほらね、やっぱり乗って無い。良かった良かった。そしてスップーンを入れてみてハッとなる。この感触・・・。揚げ物!まさか!いや、まさか!そうでした。ハヤシライスのハヤシがどっぷりかかっていて受け取る時には気づかなかったのだがしっかり揚げ物が乗っていた。しかも、メンチ。どうせならコロッケでいてくれよもうやだやだヤダん。ともあれメンチは放っておいてハヤシライスの方を食べる。ほう。今回は頑張ったな!がはははははは。おっちゃんがおっちゃんだったらミニカーでもプレゼントしているところだがおっちゃんはおっちゃんではないので何もやらない。しかしな、ハヤシライスは良いとしてもメンチだ。オーラからしていけてないダメンチだ。食べてみるとやっぱりガッカリなヘボメンチ。サクリともしない衣、口の中で展開される古い油の香り、飲み込むと胃にずっしりと重く気分が悪くなる。ああ、なんでいつも余計なことをしてくれる。食べ終えてお金を払うと「♪ぴろりーん」ハヤシライスのカロリーヌが表示されるのだが880kcalというダイナミックカロリーヌ。目が潰れるかと思った。ああ!せめてあのメンチの野郎がいなければここまでひどい値にならないものを!ぎりぎりと歯をかみしめて食堂を後にする。例のハヤシライスを楽しみにしていた同僚とすれ違う。数十分後、ハヤシライスのことを聞いてみると暗い顔で「・・・メンチが・・・」そうさ。そうなのさ。人生はいつだって一切れのメンチで台無しにされちまう。メンチの野郎・・・。今度会った時はただじゃおかないぜ。床に叩きつけて汚い言葉で罵ってやる!「揚げ物!揚げ物!」そうさ、俺はまだ揚がっちゃいないのさ。
  1. 2009/10/20(火) 12:35:44|
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フよりもダ

  イギリスの教育についての本をずっと読んでいたら私の中のアメリカ分が不足してきた。だから帰りにハンバルガーを買って帰る。でもビーフはちょっと太るかもしれんと思ってチキンを買ったけれどチキンは揚がっていたのでカロリーヌ的にはビーフよりもダメだったかもしれん。そうかもしれんがもう食べてしまったのだ。やってしまったことは今更後悔しても始まらない。反省くらいはしてもかまわないが今回は反省すらしない。開き直って笑うだけだ。わはーは。そしてハンバルガーを食べた後に海苔まで食べる。バリバリ。バリバリ。やめてー。海苔は韓国海苔でございます。貰ったのだ。別に知人が韓国に行ったわけではない。韓国料理屋に行った知人がそこの親父から貰ってきたのを私にくれたのだ。バリバリ。そういえば私は子供の頃、味付け海苔が大好きだった。バリバリ。今でも結構好きだろう。でもほとんど食べる機会が無い。自炊する人はいくらでも自宅で味付け海苔を食べるチャンス(ノリチャン)があるだろうがほとんど食事は外食の私に海苔チャンスは全く無い。たまにホテルに泊まると朝食で出てくるがあまりにも微々たる量。心の底から海苔をいつくしみ、海苔ばかりをひたすら食べるといった芸当はできないのだ。ああ、こんな時は嘆息が出る。遠い目で「自炊」の二字を眺める。ただ米を炊いて海苔を用意するだけで事足りるのだろうけどあえてしない。しないところに飯島がいる。なぜか。なんとなく。自信を持ってなんとなく。ああ、人間が立っているよ。
  1. 2009/10/19(月) 21:29:44|
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て!鮭

  鮭の田楽焼きを食べた。なるほど字面だけ見ると楽しげだ。農民たちが田楽踊りをしながら傍らでじゃんじゃん焼かれる鮭。踊りに疲れた人々が鮭を受け取りその辺に腰を下ろすとむさぼるように食べるのだ。おお、田楽焼き!そんな情景を想像して社員食堂に入ってみるとただの焼き鮭に芸も無くべったり味噌が塗られたものが置かれていた。田楽よぅ!踊り一切なし、歌もない。何があるかと問われれば、味噌。味噌があるばかりのそれが田楽。確かにそうだ。こんにゃく田楽、豆腐田楽、どれもこれも味噌を塗った料理である。誰も踊りながら喰うものではない。わかっちゃいたが、寂しいものだ。そして食べた鮭の田楽焼きはポッソポソで味気が皆無になってしまった鮭をなんとか誤魔化すために味噌が塗られているだけのひどいものだった。ああ、田楽を何だと思っているのだろう・・・。日本が誇る農耕芸能。能の元祖ともいわれている至極の文化を。ええい、馬鹿にしおってからに!もっとちゃんとして!鮭に愛情を持って!「なんか顔が不細工だけどバラを持たせてみました」みたいな安直で適当でどうしようもないこをしないで!でも味噌がなかったらどうしようもないパサパサ鮭に堕ちていたのも確実・・・。これは、素直に味噌に感謝しよう。感謝を忘れては幸福を見逃す。そして私はオヒスに戻る。ボスが私を見て「今日は北朝鮮の人みたいな服だねぇ」と申す。これはノルウェーの服だ。しかし他人から見ると北朝鮮の人にしか見えないのならどこで作られたかなど無意味である。しばらくノルウェーの服はお休みだ。ドイツの服でも着て来よう。
  1. 2009/10/19(月) 13:11:56|
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さ食べ

  ババンビカルバ丼を食べるのでした。またの名をビビンバカルビ丼という。本当はスタミナ丼でスメタナを「わが祖国」分を身体に入れるつもりだったのだけれど売り切れていたのだ。そこでババンビカルバ丼の登場と相成ったのだけれどなんだかもやもやっとした丼だった。丼の三分の一がやたら濃く味付けされた牛肉、隣の三分の一はナムル、その隣がキムチ、と正直ビビンバの部分が希薄なビビンバカルビ丼なのだった。そして一番おいしいと感じたのはナムルの部分。牛肉は味が濃すぎて何でアレだったしキムチもなんだかやたら辛いばっかりで旨味が希薄なキムチだったのだ。でもいいの。理由は無いけど、いいの。私は赦すことを知っているの。ロシアのチェチェン進攻や中国共産党のチベット弾圧は赦さないけれど、それでも私は赦すことを知っているの。もさもさ食べてコーフィを入れる。部屋を片付けるつもりがあまりにごちゃごちゃで結局表面をなでる程度で終わった。また一週間散らかった部屋の中で過ごす。思い切ってものを捨てるしかないのだろうけれど個展が近くなると普段は全く役立たずなものが必要になるので全然捨てられないのだ。ちぎれた人形や日に焼けた40年前のポルノ雑誌などそんなものが積み上げられている。でも正直一年の350日くらいは全く顧みられることがないものたちだ。そんなのが部屋の大半を占めている。ああ、私は日常を生きていない。
  1. 2009/10/18(日) 21:00:04|
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ろにコ

  今度こそ、今日こそは、食べてやろうじゃないのさ。餃子を!これで先週から数えて何回目だ。毎回餃子を求め、その度に挫折してきた。だがな、人間あきらめない限り負けではない。でも餃子を求めている途中でバスに轢かれて死んだならそれは負けになるのだろうか。ううむ、人生は中々一筋縄ではいかない。負けとも負けでないとも言えない。ともあれそんな私は餃子屋を求めて学芸大方面に歩いていく。私がちょいのちょいの行って改装中だったり激込みだったりするのは駒込や王子のお店だが流石にそこまで行くのは遠い。面倒だ。だから学芸大駅の方面に歩くのだけれど、実はそこでも徒歩で30分くらいかかるので実質的な到達時間はほとんど変わらない。とはいえ駒込や王子よりも学芸大はごちゃごちゃしていて街並みが楽しいから良いのだ。人がごちゃごちゃいるのは苦手だが街並みがごちゃごちゃしているのは割と好物に近い。歩いていると驚きがあって楽しいのだ。おお、こんなところにコインランドリーが!的な。だがそのごちゃごちゃした街の中の餃子屋はとんでもなく混んでいた。店の外までは伸びていないが店内のカウンター席の裏をぐるりと人々が並んでいる。これは・・・。無理だ!(五回目)というわけでまたも即座にあきらめて別の物を食べることにした。刺身系のものをお手頃な価格で出すお店だ。そこで私はサーモンとホタテの二色丼を食べるのでした。やぁ、サーモンは寄生虫などの観点から冷凍したものを使っていたのだろう。少々ひっかかる食感だったけれどホタテはホタティーでいい感じだったしわさびも目の前ですっており、心遣いというものを感じましたな。ただ、吸い物を出し忘れていて帰ろうとした時に出されたのは少し参ったけれど。完全に忘れられるよりはマシだ。食べ終えてすぐ自宅に戻るのだけれど帰りにケーキでも食べていこうか。コーフィを飲もうかと少し悩む。良い午後なのだ。しかし私はそこで思い出した。もらったかりんとうがある。きんぴらごぼう味のちょっと変わったかりんとうが。先週もらったのだがもらった相手に会うたびに「もう食べた?」と三回くらい聞かれているのだ。そろそろ食べなければ捨てたと思われてしまう。というわけで食べた。甘さ控えめでむしろ辛味まであるかりんとう。流石はきんぴらごぼうである。でも私は甘さ控えめではなく、甘さ大迫力のものが好きなので食べれば食べるほど何か物足りない。今度お店に行って普通のを買ってこよう。きんぴらごぼう味も買ってきてそれは贈り物にしよう。
  1. 2009/10/18(日) 13:58:10|
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魚だ

  先ほど購入した羊羹を持って祖母と母を訪ねる。なんだかんだで財布を失くした時に現金もカードも全て使えなかったのでお金を借りたのだ。それを返すため、借りたお金の利子として、そんなような扱いの羊羹です。頼んだぞ!一枚流し麻布あんみつ羊かん!そして持っていった先で私は夕食の膳につく。秋刀魚だった。ふふふ、私の好きな青魚の君。毎回私は祖母の家を訪ねると肉ばかり出されて胃に負担を感じていたのだがそういったことも無くなった。なぜなら、全く残念なことに祖母と同居している母が私のブログを見るようになってしまったからだ。これじゃあ今までのように頭のおかしい日記が書けないじゃないか!と少しく残念に思ったのだけれど元々この日記は読者を想定していないのでいつものように読者を想定しない頭に切り替えたら問題無く頭のおかしい日記を書き続けることができた。ともあれ秋刀魚である。これまでは私がいつも変に油ギッシュな肉を出されてその後この日記で恨み節を展開していたのが関係者の目に触れることによって可及的速やかに問題が解決されるようになった。いや全くインターネットというのは万能のメディアでござるな。そして私は秋刀魚を食べた。私は秋刀魚が好きなのだけれどあまり秋刀魚を食べつけていないので食べ方がひどく汚い。願わくば「秋刀魚の食べ方教室」のようなものがあれば助かるのだけれど。真剣に探すと見つかりそうだけれど見つかると行かねばならないので探さないようにしよう。そして秋刀魚を食べ、羊羹を食べ、パンを買って帰る。雨が段々強くなる。
  1. 2009/10/17(土) 21:04:28|
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写真家で着物デザイナーで何かそんなようなものです。

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