カル会

芸術家日常

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パン、チキ

  体調不良に磨きがかかってきた。寝たり起きたりしていたがあまり良くならない。しかもこの時期は花粉症の症状と風邪が混ざっているとこへ強い薬を飲んでいるものだから身体の中が非常に気味が悪い。症状が一直線ではなく、胃の腑の辺りでぐるぐる回転しているのだ。ああ気持ち悪い。そこへ大量のパンを投下する。飯を喰わねば病気も去らぬという思考の故さ。というわけでハムエッグパン、チキンカツパン、アップルパイ、ブランデーに浸ったフルーツパン的なもの、などをぎゅうぎゅう詰める。意外と簡単に胃の腑に落ちた。そしてじっとしていたらようやく身体がいつもの飯島に戻ってきた。ああ、もう少しもう少し。明日から有給二日なんだから治らなきゃ損である。なんで寝ているのかという話になる。撮影も全く進まないことになる。怖い。そんな未来はいらない!未来は私が作るんだ!カモン健康!二人で行こうぜボディーとソウル!明日の撮影はいつものように大成功だ!
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  1. 2010/02/28(日) 20:56:01|
  2. パン
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力が落

  朝から調子が悪い。頭痛、吐き気、倦怠感といかにもひどい。撮影も雨におされて遅々として進まず心身ともに衰弱していた。そんな中迎える昼食である。正直食欲は皆無だった。それでも習慣と言うのは恐ろしいもので外に出て何か飯が喰えるところを探す。頭がおかしくなっているのかなぜかバスに乗って遠くまで行ってしまった。そして、行った先で何故か小エビのかき揚げ丼などという胃もたれ感満点なものを食べる。判断力が落ちているというか元々のバカが丸出しになったというかつくづくダメである。でも出てきた小エビのかき揚げ丼に罪は無い。むしろおいしい。食べ始めると元気が回復されてきて「おお、私の身体はこの丼を求めていたのか!」と感じるほどだったのだけれど後半になると流石に病身に天ぷらは重すぎて気分が悪くなってきた。もろもろの症状も一気に重くなり食べ物にわかりやすく反応するマイボデーが恨めしいほどだ。じっとりぐったり朝以上に重くなった身体を引きずってもう帰ることにした。夜は外に出られないような気がしてパンを買って帰った。そこでも私の低下した判断力が暴走してしまい、保存料が入っていないから明日まで持たないパンを三日分くらい買ってしまった。まぁいい、自宅で少しずつゆっくりずっとパンを食べていればいずれ減るだろう。そう思ったけれど自宅に到着すると同時にベッドへ倒れこむ飯島。パンのことばかり考えていたのでパンのことを夢に見た。見ない。見たかもしれないが忘れた。パンがたくさんある。
  1. 2010/02/28(日) 14:28:36|
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リニューアル

  飯島写真館をリニューアルしております。http://picasaweb.google.co.jp/mochiunagi1もう三年か四年か全く写真館の更新をしていなかったのですが、今回のリニューアルで簡単に写真の追加が出来るようになりました。気が向いた時にチラチラ追加するのでそうしたら見てくれるといいと思うよ。日記ばかり更新しているので私はを「日記家」だと思っている人もちょこちょこいるようだけれど私は写真家なの。今はだいぶ現代芸術家寄りになっているけれど。ともあれご笑覧あれ。2009年個展の写真はまだアップ途中なので増えますよ。グロ注意ですよ。ご笑覧あれ!

飯島写真館
http://picasaweb.google.co.jp/mochiunagi1
  1. 2010/02/27(土) 23:09:54|
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るべくい

  中学時代の部活の先輩が結婚した。結婚したので式をした。最近は式をしない人も多いのだけれど先輩は式をした。それに呼ばれた私はいわゆる「列席者」である。「なるべくいつも通りの恰好で」と言われていたのでなるべくいつも通りの中でも派手目の着物を着て行った。私はこれでも言外の意味を汲み取るほうなのだ。そして式場について唄を歌ったり先輩がキャンドルに火を灯すのを見ていた。誓うとかなんとか言うていた。凄いものだ。私が「神と汝の名において誓え!」と言われたら怖くなって逃げ出してしまいそうだ。でも先輩は誓っていた。凄いものだ。やはり結婚する人は違うね。そうこうしていたらチャペルでの式が終わって披露宴である。披露するための宴である。存分に先輩が披露されていた。先輩の妻も披露されていた。披露されているのでそれを写真に撮ろうと駆け寄る人々、先輩も妻もフラッシュまみれである。私は皆が撮っている先輩はもう皆が撮っているので撮っている「皆」の方にキャメラを向けていた。ほら、「皆」だ!「皆」だ!私は喜んで撮っていたが意味の無い群衆の写真が一杯出来た。それから料理のほどはすげぇうめぇやこりゃあめでてぇや、ははー、デザートもまた良く出来てやぁがる。私は都内400店舗以上の甘味を食べてきたので一口食べれば道理がわかる。ぺろり。これは出来るケーキ屋の味だな!いやはや先輩も粋な式をするではありませんか。結婚欲がまったくなかった私だけれどちょっと結婚式がやりたくなった。毎月は大変そうだけど一年に2,3回だったら結婚式を挙げるのもいいかな。そして徐々に崩れて行く結婚式のテーゼを味わってみたい。そうは言っても一人身の悲しさ、二次会で未来の嫁を探すでもなく一人さっさと家路につく。明日は撮影。明日は早い。「俺も明日は仕事だよー!」と同級生に二次会を誘われたけれどやはり出ない。天気予報では明日の天気は雨である。それで撮影が延期になるかもしれないけれど、だからと言って油断して何の用意もしないというのはどうかと思うのだよ。
  1. 2010/02/27(土) 22:53:52|
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所に何

  ちょっと外に出て昼ごはんを食べる。今日の昼はあまり家から遠くへ行けないのだ。食べたらすぐに戻って来なければならない。でも新しいお店で食べたいな。だから近所に何か新しい店は出来ていまいか。ふらふら歩いてみるとほらご覧よ。見慣れない店がある。雰囲気はちょっとおしゃれげだ。ランチは三種、カレーとハヤシライスとナポリタン。このセレクション、ど正面の昔ながらのストレートなものしかない。もしかして店主は料理が下手なのか?そんな気もしたがまさか料理苦手が料理屋なんか始めるはずないわな。そこまで考えてからドアを開けるといかにも現代アート、それも日本の現代アートを意識したような店内が広がっていた。シンプルで直線的な内装で壁にべたべたと意味不明でちょっと良いこと風の日本語がつらつら並んでいた。これはもしやコンセプトだけのコンセプトカフェ!?いいや、まだご飯を食べるまでは結論は下せない。そこで私はカレーを頼んだ。当初はハヤシライスを食べるつもりだったがカレーは半熟卵が乗っているようだしカレーの方が失敗が無いような気がしたのだ。で、待っている間、両腕をテーブルに乗せるとテーブルが大きく傾いた。「あ、すみません。それ板乗せてるだけなんで気をつけてください。」ほぅ、そうですか。というかこれはもうテーブルではなく、ただの板だ。これの上にカレーを乗せて食事をするなんて大変心配な話だが大丈夫なのだろうか。もう味云々の話でもなくなってきた。それでもカレーは出てきます。出てきたカレーを眺めます。具が、寂しい。私は別に肉がごろごろ入っている方が好みというわけではないけれど、それにしてもガラガラなのだ。ニンジンとじゃが芋の二種類しか具が入っていないし。それ以外は豚肉の細切れ一片も入っていない。なんだか後輩の家に遊びに行ったら無理して後輩が作ってくれたようなカレーである。なんだか「晩飯は俺がおごってやるから外で喰おう!」と思わず言ってしまいそうな悲しさに誘われた。でもここは後輩の家ではないし、今晩どころか目の前の飯に金を払うのも私である。食べた。思いっきり普通のカレー。やっぱり後輩が作ったみたいだ。コンセプトとしては現代アートなお店なのだろうけれど飲食面がまったく出来ていない。そりゃ確かに現代芸術家で飲食に情熱をかける人というのはあまりいない。大概の芸術家は芸術に狂ってしまって食事どころではないのだ。だが私のようにケーキに情熱を捧げる芸術家などがいないわけではない。ただ、数として少ないだけだ。だがこの店主は大多数の方のアーティストなのかもしれない。「芸術家の集まるところを作りたい!」そんな思いでお店を作ったのだろうけれど肝心の飲食が残念だ。あまり頻繁には来ないだろうけれど、潰れずにこのまま続けてほしいとは思います。
  1. 2010/02/27(土) 12:07:21|
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あるキ

  蕎麦屋に寄って来た。そこで「冷やしキツネと小カツ丼」のセットを食べた。今日はもう4月の陽気とは言っても晩飯時は小雨も降りだしてまり4月っぽくない。どう贔屓目に見ても3月程度の雰囲気だ。そこで「冷やしキツネ」とは険呑な話である。だが私はどうしても冷やしてあるキツネ蕎麦というものが想像できなかったのだ。冷たい蕎麦というのは大体において基本はモリかザルだ。その横に天ぷらや何かがつくことはあっても油あげがべろーんと横について「冷やしキツネ」というのはあまり聞かない。一体何が出てくるのか興味をそそられたのだ。で、出てきたものを見て少し驚いたのちに納得した。冷やしキツネ、というのはいわゆる「冷やし中華」の蕎麦バージョンだったのだ。そして冷やし中華ならば錦糸卵が乗っているポジションに千切りにされた油あげが、いわゆるキツネが乗っていたのだった。まさに、冷やし。冷やし蕎麦。冷やしキツネというのは少し遠い。食べてみるとどうにもこうにも中途半端な印象だった。冷やし中華でもなく、尋常な蕎麦でもなく。市ヶ谷に同じ路線ながら成功している蕎麦がある。ブチ切れ方が足りないように思えるな。でもカツ丼はおいしゅうござったよ。食べた後にちょっとカロリーヌ過多だな。と、罪悪感に浸ってしまったがそれは私の方の問題である。カツ丼に罪は無い。雨もいい感じに弱まってきた。このままドンドン晴れて行ってくれると助かる。この週末は晴れだと好ましい予定の立て方をしているのです。
  1. 2010/02/26(金) 22:14:01|
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ズ・ドゥ・リ

  パンを買ってきて食べる。社員食堂では無い。所用があって外に出た関係上パンとなった。今回は自主的にチーズパンを主体としたチーズパン祭りを開催した。チーズ・ドゥ・リセ、チリチリチーズハーフ、そして桜姫チキンバーガーだ。三個のうちの二個がチーズパン。これはもうチーズを昼食としていると言っても過言ではないでしょう。過言か。どう見てもパンを昼食としているのだものね。まずチーズ・ドゥ・リセである。かっこいい名前の通りかっこいいパンだ。パンからチーズがはみ出ていてそこがカリカリになっている。ああ、この香り、この食感。チーズはいいものです。決して悪者ではないね。そしてはみでていないチーズもふんわりパンにマッチする癖の無いお味。カマンベール系かしらね。チーズは好きだけど全然詳しくないので適当だ。白いチーズだった。次に食べるますのはチリチリチーズハーフ。「ハーフ」と言っても実は凄くでかい。ハーフで無い方は相撲取りのウエストにも巻けるんじゃないかというくらいデカイ。ハーフのこれは私の手首だったらきっと包めるだろうという大きさ。それがもう本当にパリパリしているんですの。名に恥じぬパリパリ感!これからもその名を大切にせよ!汝の名は、チーズ!チーーーーズゥゥゥゥゥゥ!!!あんまりパリパリしているのでちょっとお菓子みたいだったけど。お菓子好きだからいいけど。そして最後を飾るのは桜姫チキンバーガー。どこがどう桜姫なのかはわからなかったけれど惣菜パンの定番がキチンと出来ていたのでなでなでしてあげましょう。そして食べ食べしてあげましょう。それから胃の中で消化消化されて腸で吸収吸収されるわけです。偉いですね。マイボデー。本人の生きる意志が希薄であっても全力でボディの方は生命を維持しようとしている。感心なことだ。しばらくは裏切らずに意志の方もなるべく生きる方向で進んでいこうと思いますよ。まだ作りかけの作品も一杯あるしね。
  1. 2010/02/26(金) 12:32:01|
  2. パン
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僚とスパ

  仕事が終わる直前に同僚とスパムの話をしていたら無性にスパムが食べたくなった。だがスパム定食というのは余り世に無い。だがあんまり見かけないだけであることはある。沖縄料理屋で「ポークたまご」と呼ばれているものはまさにスパム定食だ。というわけで沖縄料理屋に行くと見せかけて行かなーい。沖縄料理屋は週に多くても一回しか行かなーい。理由ですか?私は「行きつけ」を作りたくないからですよ。どの店でも常に「一見さん」で入りたい。甘えなんて許さない。一対一、最初で最後の客だと思って接していただきたい。この店を出たら私は死ぬ、死んじゃう人が来た、と思ってもらいたい。だから極端に優しくするのもダメだ!これから死ぬ人に優しくするな!毅然とした態度で見送るんだ!そんな私は沖縄料理ではなくわざと別に食べたくない中華料理屋に入ってから揚げ定食を食べたのです。これが最後の食事だと思う人がとるとは思えない適当なチョイスである。死を前提に捕えれば行きつけの店を作りたくないとか下らないことを言わずに沖縄料理屋で「ポークたまご」を食べれば良かったんだ。なんだか日記を書きながら数時間前の自分の行動に猛烈に腹が立ってきた。ダメだ!こいつはダメ人間だ!でもな、ダメ人間でも成長できる。自分が中々成長できないと思ったら生きるためのシステムを少しずつ変更していけばいい。簡単なことから始めればいい。習慣を変えれば考え方が変わる。考え方が変われば人生が変わる。そのための努力として、私は「ポークたまご」をもう一度しっかりと見つめなおさねばならない。
  1. 2010/02/25(木) 22:21:48|
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めとパン

  ひじきと牛肉炒めとパン。「調和」という観点から見るとひどい組み合わせだがそれらを選んで私が昼食とした。最初は「豚肉のパン粉焼き」といういかにもパンと調和しそうなものを選ぼうと思ったのだけれど、あまりにもまずそうだったのだ。その面、そのボデー、何もかもがまずそうだったのだ。そんな時は私は自分の目を信じる。今まで数十年正しいこととそうでないことを見つめてきたこの両目である。というわけで隣にあった「ひじきと牛肉炒め」を手に取り、そして当初の予定通りパンはパンとしてパンを取る。パンが無ければ生きていけない。ケーキだけでは生きていけない。それが飯島という男である。普通の人間である。そんな次第で私は全く調和しない二つのものを目の前に置いたのだけれど問題ない。全ての答えはアメリカ生活にあった!日本に住まう方々は全ての料理を「おかず」と「ご飯」に分けて考えて必ずおかずはご飯と共に食べるものと考えている。パンを食べている時でも「パンのおかず」を考えた挙句に「惣菜パン」というジャンルを作り上げてしまった。だがな、ふふふ。私にはアメリカンなパン食べ法があるのだ!それは「おかず」を「おかず」と考えない驚異の思考法だ!これがあればコースの別々の皿として認識できるので「ひじきと牛肉炒めとパン」滅茶苦茶な組み合わせでも全く問題ないのです。行ってみればマンシオンの別の階にそれぞれ料理を置いたような感覚が、なんと哲学一つで出来てしまうのです!ブラーヴォ!ブラーヴォー!というわけで何の違和感もなく食べられた。だがもしかしたら私の感性が鈍麻していて物事の組み合わせを楽しむだけのゆとりを失っているだけなのかもしれない。だとしたら怖い。感性は私の宝です。写真家として、感性を伸ばすことだけを考えて生きてきました。ま、ウソなんですけどね。私よりも感性が図抜けた人はたくさんいるので私は感性以外の部分で写真を撮ることが多いのです。打算や計算。芸術家らしくないって?芸術家らしくあるだけでは、芸術家でいられないのですよ。
  1. 2010/02/25(木) 12:59:01|
  2. 社員食堂
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らいのア

  アジフライとご飯が猛烈に食べたくなったので買って帰った。アジフライを二尾とご飯のお弁当である。お米屋さんのお弁当なのでご飯がおいしいよ。それをいざや食べましょう。ぱかりと蓋をあけるとわーぉ、この湯気。この湯気。今日はもう小さな春日和だったので弁当屋さんから自宅までであまり冷えなかった。そして食べるのですアジフライ。脂がノリノリのゴージャスアジ、ではなく少しゴリゴリしているくらいのアジだったけれど別に構わない。私は「アジフライとご飯」が食べたかったのであり「おいしいアジフライとご飯」までは望んでいなかったのだ。だから問題ない。でも途中から私の脳は「アジフライ」よりも「米」だけを求めだした。どうにもここの弁当を買うと最終的にいつもそういう思考になる。その時のためにご飯に合うふりかけ的なものを用意しておくのがかっこいい大人のたしなみなのかもしれないけれど、私はどうにも先の読めぬ小人なのでいつもこの段になって「ああ、しまった。なにもない。」と思いながら何もかけていない白米をひたすら咀嚼することになる。飯一つ喰うのでも段取りが悪いと損をする。ああ難儀難儀。人生ファンタスティーック。食べ終えたところで宅配便が届いた。どうもどうも。おお、バレンティヌスディのお返しにと頼んでおいた私のオリジナルスイーツじゃないか。もう出来たのだな。ふむふむ。完璧とは言えないまでもよく頑張っている。3/14まで待つのがめんどくさいから明日から順次、あった人ごとに渡していってしまおう。行事に興味は無いのだけれど、受けた恩は返せねばならぬというぐらいは人の道を理解しておるのです。
  1. 2010/02/24(水) 22:39:48|
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のにトラ

  パン食べた。今日はオヒスに全然人がいないというのにトラブールが起きてしまっていつもの時間にお昼ご飯を食べに出られなかったのだ。「いつもの時間」は尋常な社会人の常識からするととても早い時間なので食堂は毎度空いているのだけれどトラブルのせいで遅くなって今はもうお昼まっさかり。こんな時間に社員食堂へ突っ込むなんて自殺行為である。皆が皆、ただ昼飯を食べに行っているだけで決して自殺でもなんでもない当たり前の行為なのに私にとってだけは自殺行為なのである。哲学の相違による死。とはいえそんな簡単に死んでしまってはこれから生きていけない。だから私は社員食堂に行くのをやめて外でパンを買ってきた。ソーセージパン、カレーパン、練り梅とチキン挟みバーガー(小)である。かなりの飯島フリークなら気づいたかもしれないけれどそうである。パンの中に菓子パンが一つも無い。これは革命だよ!どうでもいい革命だよ。なぜならパンを買いに行く直前にチョコレートを貰ったのだ。だから菓子パンの代わりにチョコレートを齧るのです。なんだ、結局いつもの飯島でした。休憩室はフィギアスケートでぐるぐる回る人が人気で皆、覗き込むようにティービーを見ていた。私は興味が無いので見ない。でもたまに「おおー」という声がするとチラ見する。それくらいの好奇心はある。でもたまに盗み見る程度では何のことやらさっぱりわからない。人間が棒のようになって回転している様が人の間から見えるくらいだ。ふぅん。ちらちら見たがみんなうまく滑っている。差がわからない。全員金メダルでいいんじゃないの?パンも全部金メダルです!そんなこんなしていると他部署の人が来てあら飯島さんとか言ってなんか「すあま」の話になった。「すあま」なんてどこの和菓子屋にも置いてあるものを知らない人がいる。わー、バカでー。と思ったら実は「すあま」は東京名物だった。バカだったのは私だった。私は世界を知らなかった。すあまに打ちひしがれる小さな私がいた。
  1. 2010/02/24(水) 13:13:42|
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もナポ

  夜のナポリタンである。昼にもちょっぴりナポリタンを食べてしまったせいで夜のナポリタンはどうかという意見が腹の方から上がって来たのだけれど、反論するのであれば建設的な意見が必要だ。ナポリタン以外の何で攻めれば良いかという意見が無かったのでなし崩し的に夜もナポリタンということになった。ともあれ夜のナポリタンは昼のふんにゃら麺と違って名のあるナポリタンである。それに上に乗っているエビフライも高いのだぞ。えへんえへん。というわけで食べ始めてはみたものの、脳裏によぎる昼のナポリタン。なんかやっぱり「さっき食べた感」がぬぐえない。そしてナポリタンという強力に身体に悪い感じが私の肉を蝕んでいく。微妙に舌がしびれる。そして遠くから聞こえてくる「こんなことならナポリタンにしなければよかったのに・・・」という心の声。錫杖の音。読経の響き。あーあ、やっぱり私はもっとフットワークを軽くしなければダメだ。一つのことに心を縛られるとすぐ転ぶ。信念を愚直に貫くことが強さになるのではなく、覚悟と思い切りと果てなき好奇心で実力を発揮していきたい。移り気のように見えても結局本道に戻ってくるためのものなのです。信念が高速振動しているがゆえに逆に一本芯が通っているように見えるという不思議。うちに帰って紅茶を飲む。貰い物の紅茶を入れるとイチゴの匂いがほんわりと漂いだし、わ、凄い。これなら甘いものを食べなくても甘いな。と思ったけれどやっぱり匂いだけなので甘く無かった。
  1. 2010/02/23(火) 22:07:11|
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ので納

  おかずがそそらないので納豆とご飯を食べていた。それは社員食堂の話。でも納豆とご飯だけではいかに納豆菌のスーパーパワーが私をたくましくさせてくれるとは言っても残念ながら役不足。納豆をいい感じでサポートしてくれる若手が必要だ。というわけでオムライスを導入した。それからなんとなくジャーマンポテトも取ってしまった。あたし好きなのよ。ジャーマンポテト。なんでかわからないけど総菜屋さんで見かけても贔屓してつい買ってしまう。前世がドイツ人かもしれないわね。というか前世なんてどうでもいいわね。現世において何をするのかが大事なのです。前世がカール大帝であったとしても今の世の中でふんわりほやほやした生ゴミみたいな人物では困るわけです。前世のカールが泣くわけです。というわけで現世の私が勝手に自分の人生の中で積み重ねた経験知の一つとしてジャーマンポテトを食べました。オムライスを食べました。ジャーマンポテトは好きだからいいさ。味の評価も贔屓気味なので「おいしいな。おいしいな。」と食べたのでした。だが問題はオムライスのこんこんちきよ。てめぇのどこがオムライスだい?これがオムライスなら卵を使った料理は一つ残らずオムライスだい。そして生意気にも後ろっかわに引いてあるナポリタンよ。あたしゃ今日の晩飯はナポリタンにしようって決めてたのに!今、ここで食べさせられたらおいしさ半減じゃないか!まったく生意気だよ、社員食堂の分際で!ああ、私の未来の幸福が半分になった・・・。ならばナポリタン以外のものを食べようか・・・。あああ、今は遥けきケチャップの味。
  1. 2010/02/23(火) 12:20:54|
  2. 社員食堂
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フテー定

  沖縄料理屋でラフテー定食を食べて帰った。ラフテー定食、豚の角煮である。前はまずかったのにおいしくなった豚の角煮。今日も頑張っておるな。そして前まで店員さんが何くれとなく私を世話しようとしてくれたがようやく私はそういうのが好きではないのを悟ってくれたようで必要最低限のケアーに切り替わってくれた。助かった。私は人と近いのが何よりも苦手だ。理想の結婚生活はお互いマンシオンの隣の部屋に住むことです。食事の時だけ出てきて一緒に食べる。それ以外はお互い一人。どっちかが死んだら3日以内に発見できればOK。なんと素晴らしい生活でしょう!こんな私では残念ながら私であり続ける以外に生きる道が無いのですね。ラフテーはしかし、そんな私にもおいしくいただけた。全部食べるのが難しい割とこってり目な料理だけれどひょいのひょいの食べられた。なんででしょ?なんでですかね?体調がいいの?寝不足なのに。最近ずっとキチンと眠れないのに。たまに夜中に目が覚めると口で呼吸しています。すぅ。すぅ。蛸を買った。
  1. 2010/02/22(月) 22:22:59|
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の中で

  何か食べようとは思ったけれど具体的に何かが食べたいわけではなかったのでラメーンを食べた。麺類なら気がつかないうちにしゅるーんと胃の腑に落ちてしまうと思ったのだ。そこで社員食堂でラメーンを受け取るのだが今日は少し時間がかかった。というのもラメーンの麺を茹でる「茹でマシーン」をずっといじくっていたのだ。問題が無ければいじらないマシーンをいじっている。これはもしかしてもしかすると!そうです。私の想像は残念なことに的中してしまうのです。麺が物凄い生茹でだったのです。アルデンテを遥に超える固さ、というか粉っぽさ。口の中で粘土のような麺がどすんどすん、飛び跳ねるというか歯に叩きつけられているよ。ただの「食材」を食べているみたい。これは絶対に料理ではない。料理だとしたら人類は何万年も何をしているのだ。バカになるために膨大な知の蓄積をしてきたのか。ああまずい。なんともまずい。うへぇうへぇ。そんなことを思いながらも私はラメーンを残さず食べました。もったいない根性が身体にしみついているのか貧乏性なのかただ単にめんどくさかったのかその全てなのかそのいずれかでもないのか。そんなことはどうでもよろしい。60億もいる人間のうちの一人の内面描写なんてそんな、かったるい。ともあれラメーンを食べたという現象が大事なのです。もしくは大事ではないのです。そして食後に私は自分で持ってきた餅を喰うのです。「餅」とは言っても商品名が「餅」なだけで実は求肥なのです。私は知っています。
  1. 2010/02/22(月) 13:02:20|
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ンでバ

  土産を持って祖母の家。来週の法事に私は参加できないので色々と気遣いが必要だ。元々私は人間嫌いで人の集まりなども虫唾が走るほどなのだがあまりそういって人から離れていてもどんどん人間離れしてしまう。そしていつの間にか死んでいるのか生きているのかわからない状態になってはもったいない。せっかく生きているのだから生きている間は生きている人間のように生きているのが生命の無駄にならんでよろしい。別に無駄だって構わないような気もするのだがあるいは私が貧乏性なのかもしれん。とにかく行けるところまでは生きてみよう。そんな私に祖母はイナダを焼いてくれた。焼いてくれたのだがグリルの調子が悪かったせいで途中までグリルで焼いてからフライパンでバターソテーにしていたり調子の悪いグリルでひたすら焼き続けたりと思考錯誤の上のイナダだ。食べてみるとなんだか色々と微妙なのだけれどここで批判するのはお門違いというものだ。私が文句を言うのは主にプロの食事です。社員食堂も廉価とはいえお金を取るので文句を言います。そのために死んだ生物たちがいるわけだし。そして私はイナダを食べて家に帰る。紅茶を土産にもらったけれど帰りに別の紅茶を買う。こだわっているのではない。こだわっていないから買うのです。
  1. 2010/02/21(日) 20:55:22|
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軒のキャッ

  用あって渋谷にオン。だがその前に腹ごなし。常ならば出先のどこで飯を喰おうと決めておくことがほとんどなのに今日は何も考えずに出てしまった。どうせ渋谷だし、何も無いことも無いだろうと甘い考えで出てきたのだけれど、なるほど渋谷である。店はうじゃうじゃあるしどこも開いている。だが、私が平素から好むような店はどこも開いていないのだ。私は割とちゃんとした店を好むが、仕入れ先が皆休んでしまう日曜はちゃんとした店は暖簾を上げないのだった。ともあれ中にはあるだろう。日曜とはいえただの日曜なのだ。七日にいっぺんやってくるだけの曜日だ。別に正月が来ているというわけではない。だからどうだ。開いていないか!?きょろきょろしながら歩くこと渋谷駅から500mほど。私は一軒のキャッフェの前にいた。メニュールが店の前に出ているがやたらとアボカドを愛してるお店だ。アボカドサラダ、アボカドネギトロ丼、アボカドとカツオのたたき丼、アボカドサンドウィッチ。ふむ。アボカドなら私も好きな方だ。なんと言っても私はキャリフォルニアにいたのだ。あのアボカドの国キャリフォルニアである。ふらりと入るとなんというか、シックでブリティッシュ風で女子が好みそうなインテリアだ。そこで私はアボカドとカツオのたたき丼を食べた。頼むとすぐにサラダとスープが出てきて、お、女子っぽい割には濃い味だな。と思っていたらメインのアボカド丼もえらいことでゴージャスな量のニンニクが乗っていた。おお、これは・・・。渋谷のど真ん中でこれはまずいんでないか・・・。ここから全く人に会わずに帰ることは不可能だ・・・。だがもう出てきてしまったものは仕方が無い。おいしくいただいた。でもちょっと、ちょっとどころでなくアボカドの量が多かった。カツオのたたきはあんまりない。ほとんどアボカド丼。どろどろした緑の野菜を飯のともとしてご飯を食べるという貴重な体験をした。これにはキャリフォルニアロールに馴染んでいる私も少したじろいだ。嫌いじゃないけど難しい食感だ。食べ終えて色々の用事を済ませ、中目黒に戻ったあたりで来ましたよ。腹痛。腹の中でダメな化学反応を起こして腹痛が生じてしまった。紙パックのコーフィーを買ったらあまりにまずくて吐き気まで出てきた。しかしコーフィーを捨てたら吐き気はなくなったのでそれはただ単にまずいコーフィーを飲んだせいだ。基本的にはただの腹痛だ。痛む腹を抱えて自宅に戻り、ゆっくりと椅子に座って息をつく。「腹が痛い」とネットで発言。ネットっ子だし。
  1. 2010/02/21(日) 15:21:55|
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らこそ一

  読書会に行く。「読書会」とは言っても人々が本を読んだりそれを聞いたりするのではなく、それぞれがオススメの本を持ってきてプレゼンをし、それに興味を持った人が借りて行くという本好きの集いのようなものだ。そして本好きと言えば飯島である。社会人になってからはあまり読書が出来ず、読んでも週に三冊程度だけれどそれでも日本人の読書平均からすれば15倍以上読んでいるはずだ。だが私の読書は偏りがひどい。やたらめったらイスラーム関係のものを読んだと思えば古典哲学にはまってそちらをずっと追っていたりする。だからこそ一度本好きの中に入って自分の趣向と他の人の方向性を勉強してみよう。そう思って出てみた。会に来ていたのは12人。皆、ライトは本や果てはマンガを勧めていた。ライト本やマンガを下に見るつもりはないけれど、世間の人々との好みの乖離を感じた。それでも私は人々におもねろうと思い「アスペルガー症候群」という近年話題の精神疾患に関する本と「完全教祖マニュアル」という教祖になるための手引書を持ってきた。奇妙なセレクションと言えばセレクションだが「興味深い」と言って借りて行ったのだからさほど人々の好みからは乖離していなかったのだろう。私も一冊借りてきた。ドラマ化なんかしている本らしい。ティービーは詳しくないし本屋で「祝!ドラマ化!」とか言われて平積みにされていると途端に興味がなくなるので全く知らないでいた。それを受け取り皆で飲み食いなどをして帰ってきた。世の中には色々な人間と色々な本があるな、と思うのでした。
  1. 2010/02/21(日) 00:38:43|
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プン行

  ハンバルガーを食べてきた。イェビスで。家を出る時は中目黒でハンバルガーを食べるつもりだったのだけれど、よくよく考えてみれば私は中目黒には用が無い。だけれどイェビスには用がある。写真の額装を一つ頼むのだ。そこで額縁屋へ向かうのだけれど行く途中で例のハンバルガー。昨年末にオープン行こう行こうと思っていたがまだ行っていない店なのでそこに入ってハンバルガー。アボカドの挟まったハンバルガーを頼むのでした。店員さんは何くれとなく私を気遣ってくれて荷物を邪魔にならないところに置こうとしたりコートをハンガーにかけようとしたり私の周りをうろうろする。親切にしてくれるのはありがたいが放っておいてくれるともっとありがたい。手厚いサービスはあまり好きではないのです。そして私に食後のコーフィはどうするかと問うので「後で」と答えると何杯でも無料ですので先でいかがですかと重ねてくる。しかし食前に持ってこられても結局飲まないので「やっぱり後で」と私は言うのだけれどこの「やっぱり」のせいで勘違いされて食前にコーフィを持って来られてしまった。誤解を避けるために「それでも後で」という言葉を使えば良かったのだろうけれどそれでは言葉が強すぎるような気がしてわざと間違った言い回しをしたのが悪かったようだ。目の前のコーフィが飲まれずにドンドン冷めて行く。そして充分に冷めきったところでハンバルガーが出てきた。アボカドの挟んであるハンバーガーだ。お味の方はアレですな。高級バーガーとしてバランス感覚のとれた良いお味。でも特筆すべきこともあんまりない。最後の一口で歯の間に筋が挟まったのが少しだけ難でした。で、お行儀悪く手を口の中に突っ込んだら手がゴム臭くて驚いた。そうだ、今日の午前中の撮影はずっとゴムを触っていたのだった。自分でハンバルガーの後味を悪くした。やはり行儀は悪くするものではないな。そして冷めたコーフィを飲みほして額縁屋に行くのです。額縁屋は私がよく頼むドMっぽい店員さんがおらず、やけに無愛想な青年がいた。私の頼みを言下に「無理ッスー」と断るその潔い態度。とても接客中とは思えない。でも私は別にかまやしない。無理なら無理で何がどう無理なのか言ってもらってその解決策を私か青年が提示すれば良いのだ。というわけで無理の理由を聞いて代替策を出してなんとか聞いてもらった。しかし青年、やたらと何もかもを厳密に決めようとする。いつものドMは私のざっくりしたわがままをとにかく聞いておいて、翌日くらいに細かい部分を確認の電話が来たり値段を聞いてもはっきりしないことが多いのだけれど青年は一切の曖昧を許さない。きっと彼は誤解の多い人生を歩んできたのだろうと勝手に不憫に思う。オーダーを終えて少し休もう。和菓子でも食べようと思ったけれど道に迷ったので結局何も食べられず図書館で本を探して歩くのです。
  1. 2010/02/20(土) 14:25:19|
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ゅらしゅ

  スタミナ弁当を買って帰る。一週間に一度くらいの頻度で行く弁当屋さんだ。私は大抵そこでスタミナ弁当を買うのだけれど先週も先々週も売り切れていた。今日はどうか。本日はどうか。間に合った。今日は売り切れておらんかったので無事にスタミナを買って帰るのでした。これで途絶えがちな私のスタミナもなんとか持つだろう。というわけで自宅でオープン&イート。今日のスタミナは手堅くおいしゅうござったよ。しゅらしゅら食べて私は明日朝の撮影の準備をする。昨日の夜から準備している。詳しいことは言えないけれど、どうせ碌でもない絵でございます。それをさっさと準備する。どうなることか。実はあまり明日の撮影の予定が立っていない。立っていないのに準備だけはする。何のための準備なのか。どこへ向かう準備なのか。知らない。アスパラガスは放っておけば上に伸びる。私はアスパラガスではないけれど、私はアスパラガスとなって撮影することで明日をなんとか乗り切ろうという腹積もり。
  1. 2010/02/19(金) 22:22:00|
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べた豚

  豚骨醤油ラメーン。豚の骨の醤の油のラメーンである。それが社員食堂でスペシオールとして番を張っていた。ほほ、そうか。私はラメーンはあまり食べないし、食べても醤油ラメーンだ。そんな私に豚骨醤油とな。いいでないの。受けてたとうでないの。というわけで私は食べた豚骨醤油ラメーンを。それはしかし、思っていたほど悪いものでも無かった。さすが醤油が入っているだけのことはある。偉大なり醤油、醤油偉大なり。神は人に醤油を遣わした!ならば人は神に何をもって報いるべきか?それは・・・。豚骨でしょう。豚骨では無いでしょう。ともあれなんかこうしょぼしょぼっとした感じのラメーンを何のドラマも無く食べ終えてからボスに貰ったお土産を食べる。ボスの友人がキューバで買ってきたと言っていたがどうみてもキューバのものらしくない。菓子の名前がまず英語とフランス語で書いてある。キューバならばスペイン語のはずだ。おかしい。裏返して表示をよく読むと今、オリンピックで話題のカナダ製のものではないか。おそらくボスの友人がキューバに行ったのは本当だろうがこのお土産は乗り継ぎ地のカナダで買ったのだな。きっとキューバではお土産らしいものが何も売られていなかったのだろう。私も似たような場所に何回か行ったことがあるのでわかる。実際、売っているのは実用品ばかりで土産ものが何一つ売られていないことはよくあることのだ。だから私は責めはしない。カナダのものでも、結構うまいものだし。かつての私はお土産でうまいものを持っていくとすぐに無くなって「あいつはちょっとしか土産を買ってこない」と思われるのが癪だったので常にまずいものを買って来ていた。まずいものならいつまでも減らないので「こんなに大量に買ってきやがって!」という気持ちになるのだ。私は「非常に合理的で良いアイデアだ」と思ったのだが世間の判断はその正反対だった。全く人間というのはよくわからないね。そして私はそのカナダ菓子を食べ終える。食べ終えたところでシュークリームを貰った。「甘いもの欲しい?」と人が聞いてくるので「いやぁ、先ほどカナダの菓子を食べたので・・・」と牽制したのに無駄だった。でも食べ始めるとおいしいのだった。おいしいですね。おいしいですよ。
  1. 2010/02/19(金) 12:58:54|
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た30

  カレーを食べる。いつもの洋食屋でカレーを食べる。元々はカレーを食べるつもりではなかったのだけれど洋食屋に入ってメニュールを見ていたらカレーに目が行った。へぇ、カレー。この店はドライカレーを出すということは知っていたけれど、普通のカレーもあるとは知らなかった。というわけでカレー+エビフライを頼んでみた。頼んでみたのだけれどどうにもこうにもうるさい客がいる。自分の母親と子供らしきものを連れた30代くらいの女性だ。それが自分の母親と子供をほったらかしにして店の入り口で大声を張り上げて携帯電話相手に何やら喋っている。それだけならマナーがなってないな。と思う程度なのだがその女性の母親が私が思った通りのことを全て言葉で言い表す。「いかに自分の娘のマナーがなっていないか」を大声で辺りに喧伝する。それを女性の子供が懸命に反論しようとするのだがやはり分が悪い。マナーがなってないものはマナーがなっていないのだしそれに子供の理屈だ。大人の論理にはかなわない。そんな状況の中で食べるカレーのまずさよ。いや、カレーはうまいのだが味覚がうまいと認識してくれないのだ。私以外の人々も徐々に顔が険しくなっていき、誰をにらむかと言えば入り口付近の女性である。実害を受けているのはその大声の「母親」からなのだけど「母親」の言葉が的を得ているのでどうしても入口の女性が悪く聞こえるのだ。徐々に早口になっていく入口の。仕事の電話のようだがそこで母親は言う「誰だって仕事はしてるんだ!ここにいる人は全員仕事をしてるんだ!なんで『自分だけが仕事をしている』みたいな態度なんだ!」いやいや全くその通りである。カレーはドンドンまずくなる。私も仕事を終えた後なのでなるべくおいしいご飯が食べたかったです。人間がいなければこのカレーは食べられないけれど人間がいるせいでこのカレーがまずくなる。食べるのって難しい。今日の私の機嫌も少し難しい。
  1. 2010/02/18(木) 21:38:21|
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かイナー

  スゥバを食べる。英語風の発音をしてしまった。その実態は「蕎麦」である。スゥバ。アメリカ帰りっぽい?やらしい感じ?ともあれ蕎麦である。社員食堂で食べる蕎麦である。だから大した蕎麦ではないの。目黒の駅前の立ち食いそばよりもずっとランクが低い感じ。でもいいの。スゥバだから。天ぷらとか稲荷ずし×2とか自分としては「今日のスゥバは一杯とったなぁ」と思っていたのに他の部署の女子どもがやってきて「あら、飯島さんそれだけですか?」と口々に言う。なんとまぁ人々はそんなにも飯を喰うのですか!?それとも私が大食漢だと思われているのですか!?あるいはその両方なのですか!?スカ!?そして食べながら私はその女子二人に良いイラストレイターを探しているのでどうか探してくれないか、という話をした。見つかるといいな。私が探している感じの人。そして形にしてほしい、私が頭に描いているそのイメージを。話をしながら食べていたらスゥバの味はよくわからなかった。こんなことならスゥバ一杯だけでも良かったな。テンプーラとかイナーリとかはいらなかったな。と思ったのだけれど抜けば抜いたで後になって腹が減る。生きているということは腹が減るということです。幸福なことなのか不幸なことなのか。とにかく腹は減るのです。スゥバを食べた今現在はそんなことは無いけどね。5,6時間後の私はスゥバを食べなかった私になってしまうのです。ああ怖い。時間が経つのが怖いのか、生きているのが怖いのか。
  1. 2010/02/18(木) 13:00:24|
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た分だ

  ご飯をモリモリ食べましょう。そう思ってうちの近所のお米屋さんがやっている弁当屋に行って「メンチとから揚げ弁当」を買ってきた。食べながらしまったな、今日は昼から揚げ物ばかり食べている。反省することしきりである。でも具体的に何をすれば良いのか思いつかない。食べた分だけ動けば良いのだろうか。それそれっ。ほいやほいやっ。実物のボデーを動かすのがめんどくさいから日記の上でなんだか動いてるっぽい雰囲気だけだすよ。せあっせあっ。だりゃっ。わかってる。意味無いの。しかも今、チョコレート食べてる。甘くておいしいのよ。でも自制心の無い人は成功しませんよ。そもそも「成功」ってなんでしょうね。ええ、私ですか?私にとっての成功はそうですね。死ぬまで創り続けていられれば成功です。じゃあ今死んだら成功でしょうか?もちろん成功です。社会的な成功と私の成功は残念ながら噛み合わないのです。ええ、ええ、ある意味幸福な生き方だと知っております。人からどう見られようともね♪
  1. 2010/02/17(水) 23:11:30|
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カは「ホン

  トツンカ!トツンカ!トツンカのゴマソースをかけたというものを社員食堂で食べた。豚肉の揚がりのことである。元々はそんなにトツンカ的な気分ではなかったのだけれど、他のものの気分でもなかったので状況に流されて気がつけばトツンカを食べていた。社員食堂のトツンカは「ホントにこれ豚か?もっと筋肉の無いぶよぶよした生き物なんじゃないか?」というくらい食感が柔らかすぎておかしい。今日のはしかし、思ったほど柔らかく無かったので助かった。なるほどこれは私の知っている死んだ家畜の味である。でも別にさほどおいしいもんでもないな。かと言って他の物もさほどおいしくないんだろうな。だったらまぁ良いか。人間というのは自分で選択をしているように見えて実は提示されたものの中から選ぶことしかできないのだ。そんなに昼めしが気に食わないのならばいきなり店員に日本刀を振りかざして「もっとうまいものを作れ!」と恫喝したりいっそのこと仕事をやめてうまい社食を出すところを探して旅に出たりするのも人生としはアリなのだ。数少ない社員食堂のメニューから選ばなくてもいいのだ。場合によっては弁当を作ったり外に食べに行くのも問題ない。そんな選択肢まみれの人生で私は「選んで」社員食堂でいるわけです。そこでまずいまずいというのは筋違い。理屈としてはわかります。わかるから、でも、なんなのさ。自己責任で全部選んでもまずいものはまずいしまずいもの食べたら大声で言いたいのさ「まずい!」って。人生だから。血の通ったボデーが動いているのだから。だから言うのさ今日の今日のこの料理。「ふつう」そう、ふつう。別にまずくもおいしくもありませんでした。付け合わせのマカロニサラダはちょっとまずかったけど。食後にコーフィを飲みました。休憩室は皆さんお揃いで冬季オリンピックのフィギュアスケートを見ていました。私はあの競技のことを何一つ知らないので「やぁ、転ばないで滑っていてうまいものだ。そして『4回転だっ!』とか言ってるけど彼らの動体視力は凄いね。あたしにゃ人が飛び上がったと思ったらぐるぐるという残像が見えるだけだ。1回転なんだか8回転なんだかさっぱりわからない。」オヒスに戻ってボスにその旨を報告すると「あたしもだよ」と短く言われて会話が終わった。
  1. 2010/02/17(水) 12:51:40|
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に。そこ

  つけ麺を食べて帰った。昨日食べられなかったからね。そして雨だったからね。雨が降っていなければちょっと駅から離れた弁当屋で弁当を買おうと思っていたのに。そこの白米がね。うんそう、白米が、とてもおいしいの。だから行こうと思っていたのだけれど、そうね、うんうん、雨だったの。雨はね、濡れるの。濡れたらね、死ぬの。怖いね。本当に?本当に死ぬのが怖い?いいえ、怖いわけないじゃないですか。ただ単に写真が撮れなくなるのが億劫なのよ。まだ作ってない作品がたんとある。それらが私を許さない。作れ作れと声をあげる。というわけでなにはともあれつけ麺です。麺を、つける、麺。私はチャーシューがドンと入ったチャーシューつけ麺にした。栄養のことを感がえて卵つけ麺にしようと思ったのだけれどそういえば自宅に卵があったわな。あれらを。あれらを後で茹でましょう。茹でたら私が食べましょう。そうすれば栄養は万全さ。盤石さ。と思っていたのだけれどチャーシューつけ麺を食べたら想像以上にお腹が一杯になってしまったのでゆで卵は明日食べましょう。明日の朝ならどうでしょう。賞味期限を確認したらまだまだ一週間以上は大丈夫さ。私は固ゆでが好きだからうーんと固ゆでにするぞう。前歯も折れるような固ゆでさ。
  1. 2010/02/16(火) 21:39:18|
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日のパン

  パスタとパン。食べた。パスタとパン。響きが好き。字面が好き。可愛い。パスタとパン。パパン。社員食堂で食べたのです。ということは大したことが無かったのだな!と人々は思うだろう。そうだろう。だって私は毎日毎日懲りもせずに人々を口汚く罵っているのだから。自分のことを棚にあげて、ねぇ?でも今日のパンはちょっと良かった。私はパンに甘いのかもしれない。パンがまずかったとはほとんど全く言わない。女子ども、飯島に送るならパンだよ。でも女子ども、私は手作りの品というのを基本的に信用していないので多分捨ててしまうよ。ともあれ今日のパンは誰かの手作りなのだろうけれどプロの手作りなので赦す。もしくは機械作りなのかもしれないけれどまぁいい。どっちであっても私は赦す。飯島は心が広いね。パンはバターロールとライ麦パンだった。バターロールはふわっとしていてまわりの皮?的な部分も食感に変化があってようござったよ。ほんでライ麦パンだけどね。ライ麦だらけ過ぎてやけにバリバリしていたけれどそれを私は良いように解釈した。私のように変なものばかり食べているとたまに何が何だかよくわからなくなる。知らないものを食べておいしければ「おいしい!」となりまずければ「本格的だ!」と考えるようになる。味覚が突き抜けて相対性を突破するが絶対性にも至らない。ともあれこのパンは好きだ。嫌いじゃないから好きだ。で、パスタはパスタで社員食堂の中ではマシな方。ベストじゃないけどマシな方。マシならいいいさ、ワーストでもないし。つるつるつる。食べ終えてマキャベリ。君主論。私にはまるで用の無い本だけど、もし何かの都合で君主に祭り上げられたら大変なので今のうちから準備している。その発想がもう君主としてまるで向いていない。そう書いていある。すぐ本に書いてあることを信じる。ええい、どうすればいいんだ。全く君主は大変だ。
  1. 2010/02/16(火) 12:39:06|
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ルース

  つけ麺を食べようと思ったら混んでいた。実はあんまり混んでいないのかもしれないけれど店の前に男子三人が丸まっていて入れなかった。あるいは彼らは単に丸まっているだけで中は空いているかもしれないと思ったが若い人は冬になると羽毛の入ったやけにモコモコした衣類を着たがるので奥が全然見えない。暖かいのは想像できるがなんで皆モコモコしたゴムチューブのようなコートを着ているのだろう。個人的には全然感心しないよ。ともあれ見えない。見えないということか混んでいる可能性があるということだ。ということでスルー。私のスルースキルは高いよ。ちょっとしたことでイヤになってスルーする。好き嫌いが激しいとも根性無しとも言う。そして次の店は私の家の近くの中華料理屋だ。だがそこもまた混んでいた。雨が降っているからだろうか。ちなみに私は常の如く傘をさしていない。冬なんてどうせ顔と手しか外に出ていないんだから雨が降ったって濡れるのは顔と手だけだ。あんまり傘を差そうって気にならない。そんな私は結局ハンバルガーを食べた。家の近くのハンバルガーチェーンだ。ここならクリスマス以外はずっと空いている。クリスマスは何故か鶏肉を出すので混むのだがこのところクリスマスは来ていないので安心だ。というわけでビーフでチーズなハンバルガーを買って帰って食べるのでした。ああ、なんともジャンク。こんなものを毎日食べていたら死ぬね。食べてなくても死ぬね。人間だから。だったらどっちでもいいや、とは思わないよ。生きている間はなるたけ善く生きていたいもの。中々出来ないけど。そもそも「善く」って何さ?人のために生きること?調子に乗るな!人間が一番エライと思うなよ!じゃあ人間以外のもののために生きること?人間が偉くないなら人間以外も偉くない。だから私は芸術とともに歩くことにしました。人間が人間以上を目指す純粋な行為としての芸術。
  1. 2010/02/15(月) 22:14:56|
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だ。よ

  ウインナーと麻婆茄子丼を社員食堂で食べまたー。当初は麻婆茄子丼だけにしようと思っていたのだけれど隣の人があまり良い音を出すので計画を変更したのだ。よく言えば柔軟性が高い。悪い言えば人に影響されやすいのが飯島です。で、食べましたウインナーはよくスーパーで売っているアレのアレのおいしさの7割くらいのものだった。どうしてこうも微妙なものを手に入れられるのかな。だがまぁいい、7割だとはいえウインナーだ。あの皮のプリっとした食感を味わえたので満足したことにしよう。それにこいつは単なるサイドディッシュ。私のメインは麻婆茄子丼なのですだ。そもそも私は茄子が好きだ。あのメタリックな外観、やる気の無い味、持っている栄養素はわずかに皮に含まれる「ナスニン」だけ。お盆時にこんなクールな野菜を乗り回す御先祖様はマジ、最高だと思う。でも生きている私はまだこのクール野菜を乗りこなすだけの力量が無いので仕方なく麻婆茄子丼として食べるのです。おお、辛い。社員食堂のぼんやりした味付けが多い中で異彩を放つくらい方向性のしっかりした味だ。うんうん。素晴らしいね。でも最近社員食堂はこれに頼り過ぎのような気がするのです。もうちょっと新しいメニューに挑戦してはいかがか?冒険が失敗することに関しては私は何も言わない。まずくても褒める。そりゃ無謀なチャレンジで社員を苦しめるのは良くないけれどこれと決めて断行し、結果として大滑りしたとしても私は拍手を送ろう。成功するために一度や二度の失敗がなんだというのだ。学生のうちはなるべく失敗しないことを学ぶだろうが社会に出たら違う。失敗から学べる人間にならなければいけないのだ。そうさ、世界は面白い。残酷でむかついて絶望的だけど、ちょっとだけ面白いのさ。だからしばらく生きるのさ。
  1. 2010/02/15(月) 12:16:42|
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いるカ

  祖母の家にあいさつに行く。毎週恒例である。土日が終日忙しいと行けないのだけれど週に二日しかない休みの日が両方ともずっと忙しいということはあまりない。毎週行くようになってわかった事実である。そしてそこで私は刺身を出された。良いね、刺身。私は刺身が大好きさ。そして先週からずっと刺身が食べたいと思っていたのだ。でもオヒス帰りに刺身を食べるというのは酒を飲まない一人暮らしの身としては縁が遠い。なんとなく寿司屋を覗いてみたけれど敷居が高い。回転する寿司屋はどうかと行ってみたがどうにも気が乗らない。どうせ回転しているとは言っても口頭で何をくれかにをくれと申しつけるのだ。そうなるとやはり敷居が高い。かと言っていつまでも回り続けているカピカピ寿司ばかり食べるのも業腹だ。ああ、なんと縁の遠いこと。たかが生魚。泳いでいるのをズバッと捕まえてスパッと切りつけただけのものなのに。東京はああ、海に面しているのに海から遠いです。違うか。勝手に私が距離を置いているだけか。「入りにくい」って自分で思い込んで入らないだけだものな。そんな私ですが今日は祖母の家で刺身を食べます。そして祖母と同居している母のパソポンをいじって意に適うページを表出させて帰ります。パンを買って帰ります。
  1. 2010/02/14(日) 23:24:55|
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写真家で着物デザイナーで何かそんなようなものです。

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