カル会

芸術家日常

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さん「あ

  牛丼を食べて帰った。何か、別の物を食べようと思っていのだけれど牛丼屋の前で私の意識が混濁して気がつくと中に入っていた。そして「ネギたま牛丼」というものを頼んでいた。しかし目の前に来たのはただの「牛丼」だった。ちょいと姉さん、違うよ!と声をかけるとお姉さん「ああ…!」というこの世が終わったような顔と声。まだ終わってない!ただのミス!ハッとして気を取り直してもらって正しい丼を持ってきてもらった。そして食べた。わしわしと。途中まで箸で食べていたけれど半ばを過ぎたあたりからスップーンで食べた。私は牛丼に親しんだのがアメリカ時代からなのでスップーンで丼飯を食べることに抵抗が無い。うまみを最大限に感ずるにはやはり箸の方が優れているけれど、食べにくいので途中からスップーン。お互いの苦手な部分を補える関係って、いいじゃない?で、食べ終えた。安いものだった、牛丼は。当初食べようと思っていたものの半額以下だった。ふーむ。なんだか食後に甘いものが食べたい気分だ。でも今日はなんといっても木曜だからな。私は甘いものは週末と決めているのだ。だから食べぬ。食べぬと決めたのに家に帰ったら麦チョコがあったので食べた。一袋食べた。小さな袋で、一袋。お茶をがぶがぶ飲むんです。
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  1. 2010/09/30(木) 21:42:18|
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頃のセ

  昼飯はポークビーンズとパンだった。なんとなく、アメリカンな感じだ。私も少し意識していた。ちょっとそういう日本人的な「白米とおかず」から離れたご飯も結構私は好きなのです。なんといってもメリケンに長く住んでいたのでね。向こうの食事は舌の出来ている人からするとヒドイものが多いと聞くのだが私は別段ヒドイものを食べ続けていたという思いが無い。そんなに悪くないじゃないかと思いながら食べていた。それを思い出すこのポークビーンズ。でも私は断言できる。この社員食堂のポークビーンズはアメリカで食べたどのポークビーンズよりもまずい。ヘタをするとポークビーンズの缶詰めにも劣る味である。このセロリはなんなんだ。私が嫌いだった頃のセロリの味じゃないか。臭いが「生コン」みたいなのだ。もう「生コン」なんて十年以上見ていないけれど、鮮度の悪いセロリを食べるといつだって生コンを思い出す。あんなのは土砂だ。食べ物じゃない。だから私はずっとセロリは嫌いだったのだけれど新鮮なセロリはあんな変な臭いがしないと知ってから許すようになった。恨むべきは野菜ではない。その野菜が変容するまで放置しておいた人間に罪があるのだ。一度うまいセロリに当たるとその後も良いセロリと出合う機会の方が多かったのだけれど久しぶりに来たね。ドブ級のセロリ。まっずい。ポークビーンズが腐ったような風味になってしまっている。パンも昔社食に出た時は「よくできたパンですね」と褒めた投書をしたのだけれど今回のはだいぶ手抜きが目立つ。なんだか下の方が濡れてるし。ポークビーンズ。食べたいな。アメリカの。私がちょっとした大金持ちだったらすぐにアメリカ行きのチケットを取ってポークビーンズを食べに行くのだけれど。でも金持ちではないので別に行かない。まずいポークビーンズを食べる。缶のコーフィーを飲む。
  1. 2010/09/30(木) 12:58:36|
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と、同

  焼き鳥が食べたいと、同僚がいった。前述の同僚とは別の同僚である。おや、私も食べたいですな。いいですな。行きましょうか。でも、二人で行くのは妙ですな。この同僚は女性なのだ。二人の間に面倒な感情は無いにしても、男女二人で差し向かいで焼き鳥というほど親密な仲でもない。じゃあもう一人、そしてもう一人誘いましょう。というわけで四人になって我らは焼き鳥を食べに向かうのでした。そして食べました焼き鳥、というか最初に焼き鳥を2,3本食べたら後は全然焼き鳥でもなんでもないレバテキ(半生のレバー)やらちゃんぽん麺やらマカロニサラダやらなんこつから揚げやらを食べていた。焼き鳥以外のものもおいしい店に入ってしまったからそういうことになった。焼き鳥しかない店ならば最初から最後まで焼き鳥だったのに。人々は満足していたように見受けられたが私は2,3本焼き鳥を食べたせいで無性に焼き鳥が、もっと焼き鳥が食べたくなってしまい、苦しくて苦しくて仕方が無かった。そんなら頼みゃいーじゃん。焼き鳥屋にいるんだから。でも頼めません。焼き鳥を頼んだ後のメニューは基本的に全員で食べるものです。ここに来て個人を意味する焼き鳥に回帰することはできないのです。ああ、だから会計を終えた後も私は狂おしく焼き鳥を求めていた。ああ、ああ、焼き鳥!そうさ、今週末は、焼き鳥!
  1. 2010/09/29(水) 22:39:16|
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性のある

  先週からずっと楽しみにしていた「甘栗コロッケ」が今日、社員食堂にやってくる。いつもはけちょんけちょんに貶して面と向かって言われたらトラウマになりかねないような痛罵をしている社員食堂だけれど、甘栗コロッケだけは高く評価している。よそではあまり見られない創造性のあるコロッケで、ごろごろ入った甘栗がとてもおいしいのだ。だから楽しみに楽しみを重ねて楽しみが頂点に達したところで社食に行って食べる。甘栗コロッケは私の中でデザートという位置づけなので、メインの食事は納豆飯と餃子(小)としてその後に食べる。一口食べて、ふむふむ、さっくりしている。先週は揚げ機の調子が悪かったのか、揚げ物は悉くべっちょりしていたのだけれどもう安心だ。充分合格レベルだ。そして立ち上る栗の香り。でも食感が前よりも滑らかになっている。滑らかになりすぎている。あの「ごろごろ」した感じが無い。料理としては一歩完成に近づいたのだけれどあの暴力的で適当な感じの栗の奔流がなくなってしまった。ああ、惜しい。ここはざっくりとしたままで良かったのに!ううむ、でも十分おいしい。合格点ではある。これはひとまず努力を褒めるべきなのだろう。彼らは食感ではなく風味を取ったのだ。と、おいしいながらも一点の染みを胸の中に残しながらも同僚にこれこれこうでああでした。と伝えると「ならば自分も行って確かめて参りましょう!」と、仕事を放り出して社員食堂に行ってしまった。帰ってきて「この前のと全く一緒の栗がごろごろのコロッケでしたよ?飯島さん、はずれひいたんじゃないですか?」あなや!その発想は無かった!私はいつも運気絶頂だと思っていた。ではまたひとっ走りして甘栗コロッケを食べてこようか。いやいや、もう別に腹は減っていないのです。仕事中だし。次は来年。次回は当たりの甘栗コロッケに出会えるよう、せめて姿勢を正して生きていく所存でございます。
  1. 2010/09/29(水) 13:21:44|
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示のオ

  蕎麦のようなものが食べたいと思いながら目黒に戻ってきた。それから電車の中でアイフィヨーンをいじっていたら目黒のギャラリーでちょうど良い展示のオープニングパーテーが開かれているという情報が流れて来たのでそれにも行ってみようと思った。まずは蕎麦である。というか私は別に蕎麦が食べたいわけではなかった。蕎麦「のようなもの」が食べたかったのだ。というわけで蕎麦っぽいラメーンを出す店に行って蕎麦っぽいラメーンを食べてきた。私はこの「蕎麦らしさ」が結構好きでちょこちょこやってくるのだが、なんだか来るごとに客が減っていって今日はついに私以外食べ始めから食べ終わりまで一人もやってこなかった。大丈夫なのだろうか?こんな蕎麦っぽいラメーン他には無いから潰れないでほしいのだが、私は祈るばかりである。また、たまに来ます。そして食べ終えてギャラリに行くと誰もいなかった。おかしいな。もう一度アイフィヨーンをいじってみると私はギャラリを勘違いしていたのでした。目黒にあるもう一軒の方のギャラリだった。失敗失敗。どんな最新の文明器具でも私が進化しないので中々使いこなせないな。というわけでもう一件に来てみるとドアが閉まっていた。そのギャラリはマンシオンのワンフロア―をぶち抜いてギャラリーとしているのだ。きっとパーティーが盛り上がって他のフロアーに迷惑をかけるのでドアを閉めているのだな。ほら、ドアーを閉じているのに喧騒が漏れてくる。きっとこの扉を一枚へだてて人々が盛り上がっている。と、しかし、私は扉が開けられない。そもそも私はパーティーが苦手だし人がたくさん集まっているところへ行くのは苦痛で仕方が無い。ああ、この熱気よ!展示は素晴らしいのだろうけれどこの漏れ出るパーティーの気配にけおされてドアを開けられない!ぎゅうぎゅうと困ってしまった私はそのまま帰ることにした。自分のパーティーだって苦手な私がどうして人のパーティーに参加できよう。こうして私は世界を狭めているのかもしれないが、その分世界を深くしていこう。パーティーピーポーにはパーティーピーポーの写真がある。私には私の写真がある。家に帰って冷蔵庫の中にあった麦チョコをざらざらと口の中に流し込む。
  1. 2010/09/28(火) 21:33:47|
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る。オ

  カレーを食べた。社員食堂での今日のメインは「オムハヤシライス」というカレーに良く似たものだが、そこであえて私はカレーを食べた。なぜなら、どうにもオムハヤシライスは凄いカロリーヌなのさ。ま、そうは言ってもカレーだってどっこいどっこいだがね。それでも「オム」が無い分まだマシである。ちなみに「オム」というのはフランス語で「男性」という意味の「homme」ではなく、「オムレツ」の頭から二文字とった「オム」である。オムレツから取ったオムなのに全然オムレツらしくなく、失敗したスクランブルエッグ(ああ!スクランブルエッグに「失敗」があるなんて!)のようなへちゃへちゃした卵が乗っているだけである。だから私は今少しカロリーヌが控え目な単なるカレーを食べたのです。別にカレーでなく蕎麦やラメーンも用意されていたけれど、私はカレーを食べたのです。外は物凄い豪雨、雷がぴかりぴかりと鳴っている。その中で蕎麦やラメーンというのはちょっと親和性が高すぎる。雨と麺、似ているじゃないですか。似ているものを食べるというのはどうかと、いや理由は無いがどうかと思うのですよ。というか本当は別に豪雨の中で麺とか別にどうでもいいと思っているのだけれど強引に「雨とカレー」を結び付けようとして大失敗した。こけた。そんなものに関連性は無い。無いけどなんとなく的なフィーリングでカレーを食べたのである。なるべく恣意的に生きていこうと思っている飯島だが、そうは言っても人間なのでわけのわからない感情とも言えないような生命の重低音に突き動かされることもある。それが私を導いてカレー。食べ終えてコーフィー。豪雨をジッと眺めていたせいかわけもなく鼓動が速くなる。
  1. 2010/09/28(火) 12:59:12|
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よ!」と

  沖縄料理屋に寄って帰る。そこでポークたまご定食を食べた。入る前から食べようと思っていたのだけれど、いざ入ってみると店員さんが私を見つけて「久しぶりですねぇ!」と話しかけてきた。私の顔はかなり沖縄っぽいので沖縄料理屋に入るといつも「同胞よ!」という扱いを受ける。そこで「このチキン南蛮、あるじゃないですか。これね、常連さんで『定食』にしたいって人がいたからこっそり定食にしてるんですよ!」と勧めてくれたのだけれど私はこの店に入る前からポークたまご定食と決めていたのだ。だがしかし、勧めてくれたものを無碍に断るのも切ない。だからひとしきり悩むような小芝居を打ってからポークたまご定食を頼んだ。すまんね。今度ね、今度頼む。そして本を読んで待っていると話しかけてくる「何読んでるんです?」うーむ、多分教えても話は広がらないと思うけど、と見せる。「イランの外交と今後 ~知られざる中東の大国~」ああ、ええ、そうですね。イラン・イラク戦争?の?石油出るんですよね?なんだか無理矢理話を合わせようとしてくれるところが非常にまた申し訳なくなった。いいんですよ。日本人は大部分の人がイランのことなんて全然知らないし、私自身だって勝手に興味を持っているだけでイランとの関係は全く無い。そうこうしているとポークたまご定食が出来たので食べる。しゅっと食べる。このジャンクな感じがいい。スパムのきつすぎる塩味とたまごの食感がたまらない。食べ終えて店を出る。「早いですね!僕も早い方なんですけど最近太っちゃって…」彼はきっと人間が好きなんだろうな。よく話を合わせたり展開してくれる。話といえば芸術一本槍の私とは違うなぁ。店を出てシャンプーの替えを買って帰る。雨は降ったりやんだりである。涼しいのはいいけれど湿気が高いのは厳しいね。
  1. 2010/09/27(月) 21:12:27|
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然な空

  トンツカを食べた。最近そういえばトンツカを食べていないな、と思ったら社員食堂で出てきたのだ。しかし食べてはみたものの「約束事としてのトンカツ」という風味しかなく、トンカツを食べたことが無い人はこれをトンカツだなどとは思わないようなトンツカだった。食べている人の想像力に頼るトンツカ。それってちょっとどうなんだろう。でも私はたまに写真で使う手法である。展示の時に一部を隠したり不自然な空間を作っておいて想像力で補ってもらう。完全な世界は余人の立ち入りを許さないが、私の世界は割と許す。浸食された世界。ずぶずぶにされて変容していく私の世界を喜ぶ。でもこのトンカツはそのような意図のもとで作られたものではないだろう。むしろ人の想像力に頼らねば自身がトンカツであるということすら忘れかねない脆弱な存在だ。それを食べる。血肉にする。食べ終えたら同僚から貰った京都土産を食べる。みんな、結構遠くに行く。私はあまり遠くに行かない。東京都23区から出ることは滅多にない。目黒から離れれば離れるほど心元なくなり、私が私でなくなっていく。それがしかし「旅」というものなのだろう。次の休みは少し遠くに行ってみたい。ディズニーランドへ行ってみるのもいいかもしれない。その際は一人で行こう。キャメラを持って行こう。ディズニーランドvs飯島。ここでどこまで私の写真を貫けるのか。ひと勝負するのも面白い。
  1. 2010/09/27(月) 12:56:30|
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マンとい

  故あって知り合いが選挙に出ることになった。そこで例のあの写真を撮りにスタジオに行った。知り合いが、である。私も行ったけど。(余談ですがこの知り合いは私のことをいつも「カメラマン」と呼ぶのですが、私は写真家であって「カメラマン」では無いのです。カメラマンというのは基本的に誰かの指示で撮影をする人です。写真家は絵作りから始める「作家」です。両方の間を行ったり来たりする人も多いのですが、私は完全に「写真家」で、カメラマン要素がゼロのタイプなのです。だから言われる度に釈然としないのです。)で、その写真家飯島が一緒に行くということは飯島さんが例の選挙ポスターを撮るのかい?と言われそうだがそうではない。私の知り合いということは私を知っているということだ。私を知っているということは私の得意な美意識を知っているということだ。そうなると私に頼むととんでもないことになるということを知っている。選挙ポスターなのに鼻だけしか写っていないとか、単なる白い紙に折り目がついているとか、左上に「404 Not Found」と一言書いてあるだけとか、とにかく当たり前のポスターにはならない。だから別の人が撮る。私はそれを見学に行ったのだ。ちょこちょこと横から撮ってこの選挙のドキュメンタリーを撮れたらどうかと思っているのだ。私としては最後に落選して「完」となるのが物語として一番美しいのだが、選挙の結果については私がどうこうできるものではない。私の写真のために落ちろ、とも言えない。というかきっとこの知り合いは私のこのブログを見ているので「私の写真のために落ちろ」という前段の文章は既に目に入っているはずだ。私はひどい奴かい?そうだろうそうだろう。私は「写真家」なのだ。よくもわるくもそういう存在なのだ。だから「カメラマン」ではない私に選挙用のポスター撮影の仕事は来ない。来ないのはよせつけないから。スタジオの端っこから私は知り合いが撮影されている様を撮影していた。そして夜になって帰る。「夕食でも…」と言われたけれども人が一杯くっついてきたので私は一人で帰る。人間がたくさんなのはイヤなのだ。コンビニによって握り飯を買う。そんなにうまそうじゃないと思ったけれど今日の昼飯よりも格段にうまかったので例えコンビエンスの握り飯でもやはり本社の人間が知恵をしぼって考え出して、精魂こめて機械が手作りしたものは素人崩れがふんにゃら感性でヘボペンネを茹でるよりもうまいものが出来るのだな、どこにいても人間次第なのだな。と思って飲むのは缶コーフィー。
  1. 2010/09/26(日) 20:06:53|
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ZUI」くて

  それはそれは大変なものでした。大変にまずいものなのでした。ペンネを、所望したわたくしは、ペンネが出てきたのでまずは満足とすべきだったのかもしれないのですが、わたくしには満足できない理由がございました。なぜなら、「MAZUI」だったのです。すっごい「MAZUI」くて、食べながら鬼も呪い殺せそうなしかめっ面になってしまった。まず味が、なかった。ほんのりと重低音のように漂う味らしきものはあったのだが、一般的な味覚では感じられない。「素材の味」と言う程素材にこだわりも感じられない。そして豆が色々入っていたのにもかかわらず豆の個性が一つも発揮されていない。ただ漫然とした「豆感」。何も引き出そうとしていない。食べるほどに眉間のしわが深くなる。しかもこんなにまずいのに量だけは物凄い。もしかしてまずいのを知っている、もしくはすごく自信のないメニューだったのに頼まれてしまったので量だけは気前良くしたのではないだろうか。だがきつい。まずいものが大量にあっても全く嬉しいことは無い。半分を過ぎたあたりで心が折れてしまった。ペンネが嫌いになりそうだ。しばらくはペンネもういい。見たくない。平日は社食で独創的なゴミを食べているので土日は良いものを食べたいと思っていたのにこんなゴミにゴミを乗せたゴージャスなゴミを食べることになろうとは思わなかった。都会の罠は目に見えない。口に入れてみてようやくそれとわかる。
  1. 2010/09/26(日) 13:24:55|
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類の焼

  お婆様の家に行った。二種類の焼き菓子を持って行った。クッキーのようなクッキーで無いようなそういうお菓子だったのだが全部置いてきてしまったので名前はもうわからない。ただ、喜んでいたので良いものだったのだろうと思う。そこで晩飯に、と焼いた秋刀魚とキュウリと肉のよくわからない料理をご相伴になった。焼いた秋刀魚は良い。よくわかる。旬だし。おいしい。ただ、キュウリと肉をいためてあんかけにしてある料理が私にはいささかよくわからなかった。一口食べてみたものの、食感を失ったキュウリに何の味かわからないあんかけ。方向が、わからない。食べて迫るもが来なかったので食べずに放っておいたら私の人生を絡めて「どうして私が偏食なのか」を語りだした。いや、違う。むしろ好き嫌いは無い方で今回食べなかったのはこれこれこういう理由で食べないのです。と説明しようかと思ったがどう考えてもお婆様を傷つける方向にしかならない。「まずいから」というところを避けて説明できないのだ。だから私は偏食ということにしておいた。母が変な色の服を着てうろうろしていた。明日はそれを着て撮影するらしい。「変だよ」と言いたかったけれどやっぱり言えなかった。でも母はこの日記を読んでいるのできっと私の「変だよ」という思いは受け取るだろう。しかし、母は受け取ったところで私の倒錯した美意識を知っているので別に意にも介さないだろう。私は私の明日が今日の夜中から始まる。考え事をしながら撮った写真は私のどの部分の写真なのだろうか。私のいない世界でも私のことを体現しているように思う。私が生まれる前から存在しているこの世界が、なんで今更私を必要とするのか。ケーキは甘い。人間のために甘くある。私は人間のために生きていないので甘くない。私の写真は、誰のためのものでもない。神様が降りて来て私の写真を好きだって言ってくれるといいなって思ってる。
  1. 2010/09/25(土) 20:21:37|
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キ、ハ

  奥沢でケーキを買う。そのお店には3度挑んで3度とも玉砕した店である。地図で言えばどうしてもここだ、というところにやってきても何も無い。なぜ無いのだ。まるでわからなかったのだが今日、私がいつも迷う場所でアイフィヨーンを起動。その場で地図を展開してようやく理解した。私は毎度毎度地図を逆さまに見ていたのだ。意中のケーキ屋さんは駅を起点とした正反対のところに位置していた。いやー、文明ってすげぇ。というわけで私は行こうとした場所に来れたわけです。そこで三つのケーキを買ったのです。スイートポテト、スフレチーズケーキ、ハニームースケーキ。どれも優しい雰囲気のケーキである。スイートポテトが一番独創的で、表面がぐるりとキャラメリゼされていた。だから食感が面白い。パリパリとしっとりと芋の香りと。うんうん、素材が生きている。続いて食べたスフレチーズケーキは手堅い技術で素材のうまみを引き出している。飾らないシンプルなケーキに力を発揮するお店なのだな。最後のハニームースはだから、少し技巧に走り過ぎてハニーを生かし切れていなかったのは少し残念。むしろハニーにこだわらない方が良かったかもしれない。ハニーは難しいのよ。ケーキとの相性も実はさほど良いわけではないし。それから私は別のケーキ屋で焼き菓子を買った。これは自分用ではない。お婆様に持って行く。先週末からのとびとびの連休で一度も顔を出していないからね。少しくらい「飯島健在」というポーズくらいとらないと死んだと思われる。思われても別に構わないが、死んだと思った人がいきなりやってきたはお婆様の命が危ないからね。とりあえず生きていると思われているうちに生きている顔を持って行く。
  1. 2010/09/25(土) 16:00:19|
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ぞ。アイ

  知り合いにオススメの店を教えてもらったのでそこへ行ってみた。しかも手ぶらで行ってみた。これは凄いことですよ。方向音痴の私が何も持たずに家を出たのだ。いつものことでもあるのだけれど。でも今回は一つ試したいことがあったのだ。この間買ったアイフィヨーンの実力を測りたかったのだ。飯島の方向音痴と言えば音に聞こえた相当のものでちょっと奥まったところにあるケーキ屋に行くのに2回、3回トライするのはいつものこと。ひどいところだと7回迷ってようやく、というケースもある。だが見てくれ。今日の私は違うぞ。アイフィヨーンが共にある。迷ったら地図のボタンをぺっぺっと押せばいい。で、まずは教えてもらった店に行くのだが、まるで迷わずにたどり着いてしまった。拍子が抜けた。で、ちょっと私は批判的な態度でオススメのイタリア料理の店に来たのです。なぜなら私はとてもおいしいパスタ屋さんを知っているのです。なるほどパスタだけがイタリア料理ではないけれど、大概のイタリア料理のランチメニューはパスタが主役である。それこの店もそうだった。ふふ!おいしいパスタ屋と比べるとどうなのかな!そこで私はカルボナーラを頼む。パスタというといつもトマトベースを頼むのだけれど(なぜならトマトが好きだから!)、トマトベースのパスタはこの店は全て日替わりっぽかったのだ。日によって味が変わるということはまだ完成に至っていないのだな?そう判断した私はレギュラーメニューの中からカルボナーラを選んだのです。そして出てきたパスタを見て私は仰天しました。白いのです。ええ、カルボナーラは普通白いのです。ですが、その普通の白いのの上に更に白いふわふわしたものが乗っていたのです。あなや!驚いていたら店員さんがやってきて説明してくれた。「牛乳を泡立てたものです。よく麺にからめてご賞味ください。」おお。牛乳が?まぜこんなところに。とりあえず言われた通り混ぜてから食べてみるとほわー。ふわふわー。パスタなのに食感がふわふわになっとるー。カルボナーラって結構重い印象があるのにこの牛乳のせいでグッと軽い印象になっている。牛乳って、香りも強いしどうなの?って思ったけれど、いいじゃないの。これはオススメしてくれた方にお礼を言わなくては。そして私のオススメを教えなくては。おいしいスフレの店でいいかしらね?
  1. 2010/09/25(土) 13:46:39|
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で、し

  昼にご飯と呼ぶにはあまりに粗末なご飯を食べたので夜は何か良いご飯が食べたい。良い白米が食べたい。と、思っていたのに食べたのは豪華なラメーンだった。私は割と思っていることと行動が噛み合わない。なんとなく歩いていたら食べたいと思わせる店が無く、ラメーン屋に至ってしまったのだ。そしてなんとなく一番豪華そうな麺を選んでいた。それで食べたのだが上に乗っているのがあまりに豪華で、大量で、しかし麺の量は普通だったのですぐに麺だけ食べ終えて後は上に乗っていたものをただそれだけで食べていた。麺から隔離されたチャーシューはなんだかパサついていて粉っぽく、シナチクはただただ食物繊維の部分を主張し、煮卵はあまり印象が変わらなかった。食べ終えたら普通に帰る。今日は無駄にイライラしてしまったような気がする。私はもっとヘラヘラしていたのだがこの社会はヘラヘラした人をあまりヘラヘラしない人に強制しようとする。ヘラついたって、いいじゃない。人間だもの。みつおだもの。
  1. 2010/09/24(金) 21:10:22|
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な。と

  私の好みの小鉢が充実しておるな。と思いながらも社員食堂である。そこで三品と白飯をとる。まずはアジフライ。小さな魚が好きな私としては外せない一品である。それから焼きビーフン。そうさ、キャリフォルニアで住まいがヴィエトナム人街の隣町だったのでよく出かけて行ってヴィエトナム麺を食べていた。向こうの麺はほとんどビーフンなのだ。だから好きよ、ビーフン。ちゅっちゅっ。最後はベーコンとポテトのサラダ。私はジャーマンポテトを好物の一つとしているのです。なんと言ってもドイツですよ、なんというか「俺がうまいものを一緒にしてみた!」という強引さが良い。それらだけでも良かったのだけれど、三品取ってもお盆の上がすかすかでちょっぴり物足りなげな雰囲気があったのでご飯も足してみたのです。で、席について食べてみるのですけれども、ああ、なぜだろう。うまいとはちっとも思えないのでした。アジフライはアジフライの癖になんだか臭みがある。臭いアジフライだなんて、そう滅多にあるものではない。けれどあるのだから困ってしまった。そしてビーフン。ビーフンだけは良かった。そう、評価できたのはビーフンだけだった。ちょっと濃い目の味つけでまさかのアジフライの失敗によっておかず不足に陥った飯島を助けてくれた。彼は炭水化物でありながらおかずとしてふるまってもらおう。そしてジャーパンポテト。ひどくじっとりしていた。湿っていた。ドイツのカラッとした空気は絶無である。期待していた私がバカだった。更に付けくわえるなら正直ご飯もひどい炊きあがりでべちょべちょなのでした。まずい。まずすぎる。それもリアルなまずさだ。愛が暴走したゆえのまずさではない。心が死ぬまずさ。どんどん目から力が無くなってオヒスにもどる。今日はリアルに忙しい。腕が上がらなくなり、声が枯れてくる。明日が土曜日で無かったら死んでいるところだ。でも土曜なので死なない。死ぬとしたら月曜日である。
  1. 2010/09/24(金) 14:53:06|
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日がこ

  今日はあまり外に出なかった。休日がこうポコポコ続くと休日を無為に使うようになってしまうな。というかまぁ、何もしていなかったわけではないけれど。午前中は撮影と荷物の到着待ち、しかし指定時刻に荷物が届かないので外に出て昼食とiPhone、それからケーキを食べに行くつもりが豪雨に負けて家に戻ってそれからずっとiPhoneをいじっていたのだ。こうやって列挙してみるとやっぱり「何もしていない」ようだ。いけないね。今年の頭から私は「飯島五ヵ年計画」が動きだしているので一日だって無駄にしている暇は無いのだ。こういった時はそうだ。「何もしない」を自覚的にすればよいのだ。私は誇りを持って「何もしない」を堂々と遂行すればいいのだ。と、そうなると今度はiPhoneをいじくる作業は「何もしない」の範疇に入らないのではないかと悩みだす。おお、人間の悩み多いことよ。そして外はまだ雨なのでこんな時のための買っておいたスーパーの惣菜を食べてさっき届いた本を読む。午前中に来なかった本は夜になったら来たのである。雨に濡れて箱がべこべこになっていたが中身は無事だったし配達の人があんまり深々とお辞儀をするので濡れてないことにして受け取って中身の本を読んだのだ。千利休の本。現代に至るまでで最高の現代芸術家だと私が信じる一人である。やっぱり新しい。熱心に読む。何もしない。
  1. 2010/09/23(木) 19:45:01|
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ーションツー

  家を出る時は曇ってこそいたものの雨は降っておらなんだ。だから私は傘を持たずに。いつもの飯島なら手ぶらで出てしまうところだが私は家を出る前に大雨なんたら注意報を目にしてしまったのだ。雨に対して興味が薄い私は一体東京のどこにどんな程度の大雨が予想されているのかは全く見なかったのだけれどとりあえず「傘を持って行く」以上の防衛策を私は知らない。だから持って出た。そして駅前の中華料理屋で餃子定食を食べた。普段はぷりぷりのエビが特徴的な餃子を出す店なのだけれど、今日のエビはあまりプリっとしていなかった。だがまぁ、時代はシルバーウィークの真ん中なのだ。仕入れが難しいのだと考えられる。そう自分に納得するよう強要して私は目黒のソフトバンクに行くのです。予約しておいたアイフィヨーンがついにようやく届いたというのです。はぁ、長かった。もうすでに「時代の流れに乗って」というには遅すぎるきらいはあるけれどモバイルインターネットは次世代のコミニュケーションツールとして有望視されているし、私のような芸術稼業の人間は過去を振り返ってスキルの積み重ねは当然のこと、新技術のとりこみも図らなければ作品が成長しないのだ。日本ではいまだに印象派が幅を利かせているようだがね、100年以上前に死んだ連中の絵がそんなにありがたいのかね?私は馬鹿馬鹿しくて見ていられない。ただ単に教科書で見たことあるものの本物があるから興奮しているだけじゃないのか?このような発言を繰り返すと「お文化マダム」たちに嫌われるのでこのくらいにしておいて私は到着したばかりのアイフィヨーンをいじった。いいね。ぐりぐり。気がつくと一時間、気がつくと二時間、勝手にどんどん休日が消化されていくので無暗と焦った。
  1. 2010/09/23(木) 16:37:23|
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島さん

  スタミナ丼を買って来て食べた。明日は秋分の日で休日だが、職場の人々はすぐ体調を崩す私を心配して「ゆっくりお休み。」「飯島さんのことだから無理はしないと思うけど、身体に気をつけて。」「暴飲暴食はするんじゃありませんよ。休みがあけてからも人生です。」などと言われてようやく祝日に突入したわけだが、とりあえずスタミナくらいはつけておこう。というわけで買って帰って食べました。正直なところ、あまり感動もせずに食べてしまった。割と何十回も食べているし、食べているので、慣れてしまっていた。それにつけても暑い。今日が最後の夏日だとか天気予報は言っているが、名残惜しさなんて微塵もない。私は夏ほど嫌いな季節は無いのである。私の理想の生活としては日本が春に入ったら南半球へ行って秋冬を過ごし、南半球が春に入ったら日本で秋冬を過ごす生活なのである。ずっと秋冬がいい。だから明日から冷えると思うと心が躍る。これで!ようやく!そして日本に次の春が来る前は今度こそ南半球に逃げるのだ!今後ずっと、春と夏から逃げ切ってやる!
  1. 2010/09/22(水) 21:27:14|
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目を口

  社員食堂が動いた。久しぶりに気合いを入れた新メニューの投入だ。やたら社員食堂のメニューを気にする同僚は今週休みを多くとって連休にしてしまっているのだが、今日の新メニューが食べられないことだけは悔やんでいた。そんな同僚のためにも、私は食べねばならない。というわけで社食で食べる「すき焼き重」。すき焼きと言えば私は最近大手牛丼チェンーですき焼き丼を食べて、おお、これが280円!?と感動したばかりである。値段だけで比べると社員食堂のものは「お重」とはいえ480円。倍とまではいかないがその差は歴然である。はてさてどうなるものか。まずはお重の真ん中に鎮座している春菊を一口口に。入れた瞬間猛烈は吐き気。これは!鉄臭く、噛めば噛むほど苦味が口の中に広がる。食べ物では無い。幼稚園の頃、私はそういえば春菊が大嫌いだった。食べた瞬間にあまりの臭気に嘔吐しかこともあった。なぜなら普通に、まずかったからだ。長ずるに従って「新鮮な春菊はまずくない。」ということを学んでいったのだが、あのころを思い出すほどの強烈なまずさである。好き嫌いが無いと思っていた私だが、実は春菊が大嫌いだったんじゃないかと考えるほどだ。だが私は大人だ。酸いも甘いもそれなりに知っている。まずいとわかっていながら二口目を口に投ずるがひどいものだ。口の中でくちゃくちゃくにゃくにゃと形を変えるが変な硬さがあって口の中で丸まってしまってちっとも飲み下せない。幼稚園児の頃から相当の時を得たが、また吐いた。無理だ。食べ物じゃない。嘔吐こそしなかったが口から出してしまった。行儀が悪いのはわかっている。だが、あれ以上口の中に置いておいたらまた嘔吐していた。めまいがするほどのまずさだった。もうこの春菊二口で意気消沈。あとはスジっぽい肉とやたら大量のしらたきを死んだ目で口元に運んでいた。しかし、豆腐だけはうまかった。もう豆腐丼にしてくれよと心底思った。豆腐というのは馬鹿にならないもので味をしみ込ませれば肉とも魚とも違った素晴らしい味わいのおかずになる。おかずなのに、ああ、この牛の足の裏みたいな肉のスジよ。馬鹿みたいに表面に臭いだけ残していった春菊よ。総合点は豆腐の頑張りを鑑みても零点である。280円の牛丼屋のすき焼きの完勝である。たった一口で数十年前の思い出を眼前によみがえらせるとは、「すき焼き重」、恐ろしい子!
  1. 2010/09/22(水) 13:13:14|
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ずとし

  酢豚をぎゅっぎゅっ。音がするまで噛んでいた。元々は酢豚ではなく、秋刀魚と夏野菜の炒め物を食べようかと思っていたのだけれど目黒駅から坂を降りていると「なんとしても酢豚!」という気持ちになってしまい、豚は秋刀魚に似てるし夏野菜は酢豚にだって入っているだろうということで「酢豚でも良い」ということになった。脳内で。だから食べてきた。近所の中華料理屋の酢豚はおかずとして大変優れている。ご飯を「わしわし」と食べる喜びを教えてくれる。大人になっても子供でいられる。子供の時からあまり子供らしくなかった私には喜ぶべきことだ。わーいわーい。そして酢豚は気がつくと食べ終えられていたので自宅へと私はそう、私は帰ることにしたのです。缶コーフィーをたずさえて。さっき買った。全く今日は暑いので動くのをやめると汗がぽたりぽたりと落ちる。動いていると汗が垂れないので部屋の中で変な踊りを踊っている。
  1. 2010/09/21(火) 21:06:15|
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…。悩

  「竜田揚げ」だ。竜田揚げを昼に食べたんだ。実はこの「竜田揚げ」という言葉を忘れてしまい、日記を書くのに10分ほど使って検索サイトで私が昼に何を食べたのか調べていた。確か「から揚げ」じゃあなかったし、もう少し味が和風だったような気がする。しかし検索サイトに「鶏肉 揚げ 片栗粉」と入力しても出てくるのは「から揚げ」ばかり違うんだ。から揚げじゃあないんだ。とはいえ2010年9月の検索サイトは2100年のものよりは劣っており、「から揚げ以外の」と入力してもパソポンやウェブサイトの方が判断して「ははぁ、こいつひょっとして『竜田揚げ』をド忘れしてるんじゃないか?」と気を利かしてくれることもない。ただバカみたいに検索結果として「から揚げ」がずらずら並ぶばかりである。私は頭を抱えてしまった。ああ、なんで。私は一体何を食べたというんだ!昼に食べたものすら思い出せないバカ者だったのか、私は!?ううむ、それをネットの力で補填しようとしたがうまくいかなかった。はてさてどうすべきか…。悩んだ挙句、私はシンプルに「鶏肉 揚げ」と検索窓に入力して出てきた結果を上から順々に調べて行った。その結果、24軒目でついに「竜田揚げ」に到達。私はほぅ、大きく息をついてこの日記の頭の文章が始まったわけである。それはまぁ、から揚げに毛が生えたような味でささっと食べてこのシルバーウィークに同僚らが旅行してきた先で買ってきた土産物の甘いものを次から次へと食べたのです。私はこの連休は寝込んでいたり頭痛に唸っていただけなのでどこにも行かなかったので当然土産も無い。ただ食べるだけの飯島である。ボスは北海道に行って一日六食ぐらい食べていたらしい。いいな。私ももう少し大食漢ならあるいは「竜田揚げ」を忘れることなく生きていけたかもしれないのに。
  1. 2010/09/21(火) 12:53:22|
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概アル

  買ってきた焼き鳥を夕飯として食べた。私は焼き鳥が好きだ。好きだけど、あんまり食べる機会が無い。そうというのも焼き鳥というのは大概アルコールと関連付けられて語られるものだが私はあんまりアルコールをたしなまない。たしなむ時は誰か人が飲みたがる時くらいなものだが、あんまり私は人とつるんで動いたりしない。元々そういう風習が無い。だから好きな焼き鳥とはいつも距離がある。でもそれで良いと思うんだ。何せ私は「好物はなるべく食べたくない派」なのだ。だから私の真の好物である「うなぎ」は正直もう一生食べなくても良いくらいだ。だから私は世間用の好物である「食べたことが無いもの」を前面に押し出してなるべく好物に触れないようにしている。「じゃあ、飯島さん、ケーキは?」と聞かれるとそれはな。私が好きなのは「食べたことが無いケーキ」なのであって二度と同じケーキを食べていないところに着目していただきたい。それにケーキはあくまで「趣味」なのだ。「好物」ではない。そういう屁理屈みたいな理論で自分を固めておいてあらためて焼き鳥を食べる。そんなにおいしくない焼き鳥だった。おいしい焼き鳥が食べたいな…。と思うのでした。でもそれは「好物」を食べることになるんじゃないかと思って少し心配にもなる。哲学を複雑化した末の崩壊は目の前だ。シンプルに行こう。近いうちにおいしい焼き鳥を食べよう。そうしよう。
  1. 2010/09/20(月) 20:27:26|
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い焼き

  連休三日目と聞いている。昨日は前後不覚の状態で動いていたので連休二日目みたいな気分であり、なんだか損をした。それはいつもの週末であり錦の御旗を突き立てて連休連休と騒ぎ立てるようなものではない。ああ、失われた私の二日目よ!とりあえず外に出て二日目の埋め合わせをしよう。というわけで外に出た。そしてカレーを食べた。知らない間に近所のバーが祝日でもランチを始めていたのだ。入った見たらカレーしかなかったのでカレーを食べた。最近、ちょくちょく食べているね、カレー。なんだかそこの一押しっぽい焼きカレーを食べた。平たい皿に平たく盛られたご飯、その上にまん丸く水気の無いカレーとまん丸くチーズが乗っている。いいじゃないの。おいしそうじゃないの。カレーでも普通のカレーじゃないものがいいな、と漠然と考えていたのでこれはなるほど私の「漠然」をキチンと形にしてくれていて助かった。安心だ。というわけで食べた。食べた味もまた私が求めていた感じだったのでむしろ食べながら既視感に苦しんでいた。「今、初めて食べているのにさっき食べたような気がする!!」うう…。決してまずくはないのに私の脳が勝手に味をシュミレートするのでどんどん味が頭の中でコピーされて重層化していく…。食べ終えてコーフィにいたる。コーフィはしかし、まずかった。まずいまずいと思いながら半分くらい飲んで店を出て電車に乗ってたい焼き屋のある駅で降りて普通のたい焼きと冷やしたい焼きを買った。両方とも初めて買う。その場ですぐ食べてみると普通のたい焼きは普通の味、冷やしたい焼きはなぜか雪見大福そっくりな印象を受けた。冷やしたい焼きの皮は餅ではないし、入っているのもバニラアイスではないのに。なぜだろう。不思議だな。私の脳、壊れて来ているのかな。全然違うものを同一視しはじめたぞ。すごい。世界が。世界が私に開けてくる。見えないものが見えるようになるのかもしれない。
  1. 2010/09/20(月) 14:50:43|
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気ない

  食欲が沸かぬ。夜になれば湯が沸くが如く食欲が雲のように湧いてくると思っていたのだけれど全然何も食べたくない。しかしそれでは身体が消耗してしまうかもしれないので、こんな時用のゼリー状の飲食物や糖分の低いスポーツ飲料などで最低限の栄養だけを確保した。なんとも味気ないものだな。おいしいものが大好きな私なのに、おいしさとは無縁のものを夕飯としている。皮肉だねぇ。世間じゃよくあることなんだろうけど、飯島に当たってはあまりないことだ。ないと信じていることだ。いやそれでも静かになったのはすくわれる。昼間はうるさかった。夜は暗くて静かなのが素晴らしい。ゆっくりと手足を伸ばして、あ。ベットのシーツを洗濯したまま洗濯機に入れっぱなしだ。ああ。今夜の睡眠はシーツなし。横たわってみるとなんだろう、この不安な感じ。今日は強い睡眠薬が無いと眠れそうにないなぁ。
  1. 2010/09/19(日) 20:44:49|
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てのタル

  連休二日目ではございますが、私は体調不良で息も絶え絶えだった。長引く不調をなんとか打破するために昨日病院で検査の結果を受け取ったのだが、耳鼻咽喉科では原因がはっきりしないため「神経内科」への受診を勧められた。なんともはや、である。そしてその翌日はやっぱり体調不良でグロッキー。朝はそうでもなかったのに昼になるとふらふらになった。頭痛やら吐き気やらも遠雷のようにとどろいている。これは寝ていた方がいいのかな、と思ったけれど実際寝ているほどではない。食欲はあんまりないが、ええい、ままよ、外に出てみれば元気になるんじゃないか。と思って外に出たけれど全然元気にならなかった。目的も無く外に出るのもなんなので気になっていた四谷のタルト屋へ行く。食欲はやっぱり皆無なので昼飯を喰ってから、などという殊勝なことは考えずに昼飯としてのタルトである。まるで深窓の令嬢みたいね。で、話題のタルト屋は客が一人もいなくって私一人がタルト二個とコーフィー一杯を食べたり飲んだりしていたのだけれど、「当店のタルトは手でお召し上がりください」という一種独特なスタイルでの食事を勧めていた。そうか。手で。あんまり深窓の令嬢っぽくなくなった。少しガラっぱちで悪いことに憧れているのだけれど何が「悪いこと」なのかよくわからなくてとりあえずドキドキしながら手でタルトを食べてみるお嬢様、みたいな雰囲気になってしまった。いや、ならないけど。食べているのは変な顔色で頭痛に苦しむパッとしない男性なのだから。でもおいしいタルトなのでした。ここのタルト屋さんは京都で伝説的な名声を誇るロールケーキ、焼き菓子の専門店のシェフが東京に出した期待のお店なのだ。これはとんでもないタルトを出すに違いない。と臨んでみたら、そうさね、東京第二位タルトの地位を与えましょう。決して悪くは無いのだけれど、私を感動させてくれるほどでもない。そもそも頭が痛いんだ!もうふらふらする。なんでこんな時に外に出てしまったのだろうか。家に帰ろう。自宅はしかし、マンシオンの改修工事が佳境に入っているせいで窓の外を作業服姿の男たちが大声を出して歩きまわっており、近所の高校が文化祭を始めたせいでどうでもいいようなことをずっとスピーカーでがなり立てている。休むに休めずただゆっくりと頭痛を味わう。
  1. 2010/09/19(日) 15:41:54|
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初はフレ

  三軒茶屋で夕飯を食べる。最初はフレンチ・ビストロに行く予定だったのだが、何回電話をしても誰も出ないので直接行ってみると「予約してない?満席だよ!」とすげなく追い返された。えー。じゃあ電話に出てよ。と。そして前から気になっていた「メニューはあるけど、メニューにないものでもオーダーすればなんでも作ってくれるキャッフェ」に行ってみると「本日、親友の結婚式」と汚い字で書かれた紙がシャッターに貼られていてお休みだった。むぅ。私はプランBまでしか考えていなかったぞ。だが三軒茶屋である。食べ物屋ならそこいら中にある。というわけで何件か店を見て、ここは良さそうだ。というダイニング・キャッフェみたいなところに入ってご飯を食べるのでした。そこは初めてでしたのですが飲み物はおいしいし食べ物もおいしいし値段も控え目でなんだか良いお店。私は知らなかった。三軒茶屋にこのような店が出来ていたとは。私が足しげく通っていた頃とは少し変わっているのですな。変化もたまには良いのですな。というか変化はいつも良いものですな。「いつも」というのは言い過ぎですな。しばらく飲み食いしてからバスの最終が近づいたので帰ることにした。コーフィーを飲もうかな、と思ったけれど結局飲まなかった。
  1. 2010/09/18(土) 23:26:27|
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こうナ

  TokyoPhoto2010に行ってきた。あまり一般には知られていないが、アート写真では日本最大の見本市であり規模は大きく劣るがParisPhotoの日本版なのである。私のように芸術写真を専門とする写真家は写真を購入しないまでも、まず行って勉強しなくてはならない。というわけで行ってきた。朝一で行ってきた。見本市に朝一、業者っぽい。行ってみると知った顔の人などがおり、これはこうこうナニですな。アレはそれそれでふんなりですな。などとしたり顔。どっちが。私がである。とりあえず一周りして会場を出る。なるほど見本市だった。確かに個々の写真の力の強さは世界から(日本人作家が大半を占めるが)有数である。だが、やっぱり見本市なのだ。展覧会ではない。個々人の言いたいことがぼやけてしまっていたり「売れ線並べてるだけだろ、これ」というギャラリーも多く見受けられる。特に中国と韓国のレベルの低さに驚いた。良い作家を多数有していて日本の作家よりも注目されているというのになんだいこのぼんくら写真は。TokyoPhotoを舐めているのかい。というポンコツぶり。招待国のアメリカのギャラリーも変に落ち着きぶっていて、背筋が寒くなるような冒険心を見せてくれなかった。やっぱり見本市なのだ。実験場ではないのだ。わかってはいたはずなのになんだか悲しかった。そして私は悲しみを引きずったまま焼き肉屋に入った。白飯をもりもり食べたいと思ったのだ。だがその焼き肉屋は「おサービスでございます!ご飯にかけてお召し上がりください!」と言って生卵をよこしたのだ。ああ、ああ!白飯でいいのに!だったらそんなものは無視して肉と飯で食べればいいじゃないかと世間の人は思うでしょう?思ったでしょう?しかしそれでは卵が浮かばれない。彼にもメンツというものがあろう。というかもったいない。私の貧乏根性がそれを許さない。だからたまごかけご飯にしておかずの焼き肉を食べたのだけれど以前、たまごかけご飯の専門書を読んだ折りに「たまごかけご飯の寿命は約1分ほどであり、1分を過ぎるとたまごが凝固を始め極端に食感が悪くなる。」という記載を思い出し、凄まじい勢いでご飯を食べることになった。肉も一気に全部焼かなければ間に合わない。凝固してしまう!もうあまりにあわただしくて味も何もわかったものではなかった。そしてなぜかよそのテーブルの幼児が私の真後ろに立って私の食べる様を凝視していた。振り向くと逃げるのだがまたすぐ寄ってくる。私に用があるのだろうが言葉を発しないのでよくわからない。そうこうしていると食べ終えて、食べ終えるとやることが無いので勘定を払う。もやもやした気分をかかえて電車に乗って目黒に戻る。一旦戻って三軒茶屋へ出る。気がつくと携帯電話にメールが入っていて「飯島さんにご紹介いただいた中華料理、すごくおいしかったです!」という文面に勇気づけられてバスに乗った。
  1. 2010/09/18(土) 14:18:23|
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かなオー

  コロッケがひたすら食べたかった。コロッケとご飯が食べたかった。そこでコロッケとご飯を売っている弁当屋に行ってコロッケとご飯、それだけのセットが無かったのでコロッケとハムカツとご飯、のセットを頼んだ。だがしかし、「むいまへーん。マムカムはたまいま、売り切めておめましてー。」と言われてしまった。なるほど、ハムカツは無い。でもコロッケある。いいよ、コロッケとハムカツのご飯セットをハムカツ抜きで。と言おうと思ったけれどこの店は普通のチェンー形式の弁当屋さんなのでそのようなきめ細やかなオーダーには対応できないかもしれない。じゃあ、コロッケとメンチとご飯のお弁当をお願いいたしましょう。それならある?よろしい。お願いいたしましょう。というわけで買って帰って食べた。白米がおいしかった。白米ばかりが異常においしかった。だからおかずに気が散るのでコロッケとメンチを捨てて白米だけを食べていたかった。でも白米だけだと飽きるので白米と塩味のきついお漬物とかが欲しかった。でも何も無い。漬物は持ってない。だからコロッケとメンチで夕飯を終えて一杯のお茶を飲みました。飲み終えたら散らかり放題の部屋を片付けようと思います。今週末はマンシオンの地デジ工事の人が部屋に入ってくるらしいのですが、今の私の部屋はゴミとゴミのように見えるアートワークとアートワークになりつつあるゴミが散乱していてとても工事なんかできないのです。だから掃除をするのです。
  1. 2010/09/17(金) 21:28:48|
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って頭

  昨日の体調悪いのが治った。きっとお好み焼きをたんと食べたせいかもしれない。もしかして睡眠時間が思い切って削れたせいなのかもしれない。普段「不眠不眠」と言って頭が痛いの吐き気がひどいの言っているけれど、なるほど眠らなければ不眠に悩むこともない。しかしどうにも疲れやすいような気がする。ともあれ気分は上々だ。社員食堂でカレーを食べる。本当は納豆飯を食べようかとも思ったのだけれど納豆飯だけでは栄養が偏るため、+αで小鉢を、と思ったら小鉢が全然無いのでカレーにした。カレーなら小鉢はいらぬ。というわけで食べたカレー、社員食堂のカレーはカレーの癖に不味いという離れ業を成し遂げており、流石は社員食堂、と泣きながら完食した。そして健康になった身体を喜んでバク転したり飛び跳ねていたりしたら足が脱臼したのですが、それはウソなので私はただ歩いて歩いてオヒスに戻りました。
  1. 2010/09/17(金) 13:17:25|
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前の日

  お好み焼きを食べる人々。そのうちの一人が私だった。まず、待ち合わせがアキハバーラタだったのです。私は正直アキハバーラタは全然詳しくなく、なんとなくイメージとしてメイドがいてオタクがいてフィギュアがあって女子の半分はAKBに属している。そんなようなところを想像していた。だからお好み焼きのイメージはまるで無かったのだけれど元関西人のボスが「うまいお好み焼き屋があるんだ!」というのでアキハバーラタにやってきた。だが私は待ち合わせよりもずっと早く着いてしまったので、そうだ、日記を書こう。この一つ前の日記を書こう。とネットが出来るインターネットカフェを探したのだけれど見つからないので諦めた。本屋で中東関係の本を立ち読みして二冊ほど中東情勢の本を買っていたら良い時間になったのです。お好み焼き屋に行くとボスとその仲間たちがいたので私も仲間たちの中に入ってお好み焼き屋に入ってたらふくお好み焼きを食べるのでした。それはそれは、おいしいものでした。とてもとても、おいしいものでした。ですが私は朝からの不調がぐわんぐわんになっていて懸命に隠しながら「おいしいですな。わっははは。」みたいなことをしていたけれど徐々に白色に近づく私の顔色はごまかせない。おいしかったのに最高に楽しむというか同席の人々を楽しませることが出来ないことが悔やみである。私はもっとできるはずだった!健康のせいでそれが発揮できなかった!なんという悔しみ!悔しさ!涙を飲んで電車に乗る。帰る。山手線を半周して目黒に戻ってきた。歩いて帰る。歩いて帰る。今日は涼しいのが救いです。
  1. 2010/09/16(木) 23:22:48|
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写真家で着物デザイナーで何かそんなようなものです。

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